3日間だけ付き合った男の子のこと
3月からついこの間まで、GravityというSNSにハマっていた。
Twitterのような投稿とDM機能に加え、音声配信ができるのが特徴だ。ラジオのように一人で喋ってコメントをもらうこともできるし、聞きに来た人にマイクを渡して複数人で喋ることもできる。
結婚してから昼間中一人で家にいて、人との交流に飢えていた私は、取り憑かれたように毎日配信を開いていた。
いい人もいたし、変な人もいたし、最初はいい人だったのに変な人に変貌してしまった人もいた。
まぁ、平日の昼間に女の声を聞きに来る男はたいてい変な人だろう。来るのは8割方が男だった。それでもかまわないと思うほど私は暇だったし、それ以上に寂しかったのだろう。
ほんの4ヶ月以内のことなので、仲良くなった人たちのことは名前も含めてみんな覚えている。すぐに縁が切れた人のことも。
特に面白エピソードとして覚えているのは、3日間だけ付き合った男の子のことだ。付き合ったといっても、会ったこともないし、顔すら知らない。好きだと言われて、拒まなかった。ただそれだけ。
彼は、5月頃だろうか、ある日私の配信にやってきた。真っ昼間だったので、たしか他には誰も来ず、二人で少しだけ話をした。
なんの話をしたかは覚えていないが、当たり障りなく楽しい雑談だったのだと思う。配信の後で相互フォローになり、私はまた配信に来てくれるといいなぁと思っていた。
次の日気づくと、彼がアカウントを消していた。
残念だけれどよくあることだ。私のせいじゃないといいなぁ、とぼんやり思った。
その次の日、彼と同じ名前のアカウントからDMがきた。手違いでアカウントを消してしまい、IDもわからない私のことを丸一日探していたのだと言った。
私はごくありふれた名前で登録していたので、よく見つけたものだと思った。インターネットの海で、同じ名前の人がわんさかいるような相手を再び探し出すのは至難の業だ。
彼は私のことが好きだと言った。好きでもない相手を一日かけて探したりしない、と。
いつの間に好きになったのだろう。
私は彼のことを、口数が多くも少なくもなく、話しやすい人だとは思ったが、好きというにはまだ早すぎる気がした。
じきに、同い年だということがわかった。私が年齢を告げた途端、1998年?と尋ねてきたので、嘘ではないと思った。
年が上でも下でもないと思うと、急に話しやすく感じた。喋り方がふわふわ甘ったるいのと、選ぶ言葉が単純なので、てっきり年下かと思っていた。なので未だに彼のことを、あの男の子、と思ってしまう。
彼は働いていなくて、たまに配信で稼いでいるらしい。私も働いていなかったので、平日の昼間に話せる相手ができて嬉しかった。仲間ができたみたいで。
配信ではこういう声の出し方が受けるんだろうな、と思うような喋り方だった。声優さんとはまた違う、インターネット特有の「イケボ」。私は中学のとき好きだった、ニコニコ動画の歌い手を思い出した。ニコニコ生放送で、人気の歌い手はみんなこんな喋り方をしていたような気がする。
なぜ3日で別れたかというと、相手の趣味を押しつけられたからだった。
彼は、一日のうち暇な時間はずっと通話を繋いで、一緒に過ごしたいようだった。最初は雑談してくれていたが、それだけだとつまらないからアニメを見ようと言われた。彼の好きな、異世界転生ものを同時視聴することになった。
私はその作品にはまったく興味がなかったが、相手の好きなものを知ることは基本的に好きなので、合わせることにした。
そのアニメは、壊滅的に私の好みに合わなかった。作者はあまり頭が良くなさそうだなと思った。中学生が書いたネット小説を読まされているみたいだった。(なろう系なので、実際そういうことだろう)それでも付き合いで4,5話見た私を誰か褒めてほしい。
その頃の私はあまり体調が良くなく、集中してアニメを何話も見るのはしんどかった。そう伝えても、彼は聞く耳を持たなかった。
私は無理して性に合わないアニメを見続けたし、彼の好きなモンハンも一緒にやった。ゲームは好きだが、モンハンは私の苦手なゲーム代表格だ。
そんな日が3日続いて、私は限界だと思った。もう付き合いきれない。
あなたはもっとネット恋愛に慣れた人と付き合った方がいい、と私は言い、お別れした。相手は、ありがとう、ごめんね、と言った気がする。
24歳まで、彼は出会ったばかりの他人にいつも、自分の趣味を押しつけてきたのだろうか。それで問題はなかったのだろうか。これを書きながら今更、考えてしまった。
私の場合、人を好きになったら、その人の好きなものを知りたくなる。同じ本を読みたいし、同じ音楽を聴きたい。自分の世界にはない、その人の世界を知って、自分の世界を広げようとする。
でも彼は、私を彼の世界に入れようとした。強引に。
それは、私のことが好きなわけではなかったと思う。自分の暇つぶしに付き合ってくれる相手が欲しかっただけなのだろう。
寂しかったんだろうな。私と同じで。
いまどこで何をしているかも知らない彼のいびつなコミュニケーションが、少しでも変化していてくれたらいいなと、傲慢にも願ったりする。
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