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つきたての餅を手で丸めたことはありますか?

16:08

餅がうまい。

私は餅が好きである。
幼い頃、おじいちゃんの家(父の実家)に餅つき機があり、年末に遊びに行って餅を丸めるのを手伝った。外はしんしんと雪が降り、室内で吐く息も白く滞る北陸の冬に、つきたての餅のあたたかさと柔らかさは幸せのかたまりみたいに思えた。
正月に食べる分を丸め終えると、今日食べる分だけを伯母さんが小さくちぎって、大根おろしとしょうゆを絡めて出してくれた。これが本当においしくて、餅だということが信じられないくらいの量を、いくらでも食べてしまうのだった。

その記憶があるせいか、私は餅をめったに食べられないごちそうだと思っている節があり、正月はおせちよりも、なんならすき焼きよりも餅が楽しみである。
楽しみにしすぎて、この冬は12月のうちから「餅が食べたい」「正月はまだか」と騒いでいたら、夫に「ならもう食べちゃえば?」と言われた。正月準備にもまだ早い、12月半ば頃にサトウの切り餅を買い、しょうゆ餅やぜんざいにしてちょくちょく食べていた。

さて、冒頭のうまい餅というのは正月早々に食べきったサトウの切り餅のことではなく(もちろん切り餅もうまいのだが)、田舎にいる姉が送ってくれた餅である。
杵つき餅と袋に書いてあるが、まさかぺったんぺったんとついているわけではあるまい。製造方法は謎だが、おじいちゃんの餅を思い出させる白い丸餅と、黒大豆の入ったかき餅(ひらべったい楕円形の餅を端からトントンと切ってある)の二種類があり、どちらもとにかくおいしい。

丸餅は、もっぱらぜんざいにして食べている。
私は子どもの頃、ぜんざいが苦手だった。つぶあんのざらざらした皮がいやだったからだ。しかし、いつのまにかつぶあんが食べられるようになり、数年前、自分はぜんざいという食べ物がかなり好きらしいと気がついた。
去年は実家と同じように、缶のあずきをお湯で溶いて作っていたが、夫がぜんざい嫌いで私しか食べないので、今年はレトルトパウチのぜんざいを買っている。ひとつ百円程度だし、レンチンすれば食べられるので簡単だ。

かき餅は、焼いてしょうゆをかけて食べる。表面がぱりぱりとして、中はとろりとしておいしい。黒大豆の歯ごたえもいい。

夫は私ほど餅に対する情熱がないようで、私がいくら「おいしいよ、なくなっちゃう前に食べてね」と言っても、このおいしい餅を食べている気配がない。きっと、つきたての餅を手で丸めたことがないからだと思う。

私を私たらしめている記憶のひとつである、「おじいちゃんの家」に夫を連れて行けたらいいと思うけれど、百歳になったおじいちゃんは少し前から施設に入っている。餅つきは何年も前にやめたと聞いた。おじいちゃんの家には、夫婦仲の悪い伯父さんと伯母さんだけが住んでいる。私はいまの「おじいちゃんの家」に、夫を連れて行きたいとは思えない。
きっと遠からず、あの戦後まもなく建てられた、トトロのおばけやしきみたいな家は取り壊されてしまうのだろう。母の実家である「おばあちゃんの家」が、もう存在しないのと同じように。

それでも。それでも何かの機会に、夫の手に、つきたてのお餅をそっとのせてあげたいと思う。夫は器用だから、きっと私よりも上手に餅を丸めるだろう。目を輝かせて、「こんなに柔らかいんだねえ」と言うだろう。子どもの頃の私の感動を、きっとわかってくれるだろう。

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