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『一人の哀れな女性のための回想』7話目(完)

私は久しぶりに佐川さんと暮らした家に帰ってきた。
あのあと、石橋社長は私を脅して利用したことにし、庇ってくれた。
この豪邸にはもう、私しか住んでいない。

久しぶりに帰ると、土地の権利書と建物の所有権が記された書類が置いてあった。
書類には私の名前。そして、書類を持ち上げるとメモがひらりと落ちた。

『私の遺産だと思ってほしい。私のすべてをお前に譲る。』

メモにはそう記されてあった。
私はあの時、佐川さんは自分だけ助かろうとしていたのかと思った。
今までのことを考えたら、そんなわけないのにね。

私の人生は間違いばかりだ。
大切な妹にも、もう嫌われただろう。
私は一人になってしまった。

メモを眺めていると、裏にも何か書いてあることに気づいた。

『○月○日、○○時、バーオリオンへ。夏木秋菜がいる。私の最後の願いだ。』


日付は…今日…?
私はすぐに支度を整え、バーオリオンへ向かった。


…なんて声を掛けたらいいだろう。
どんな顔をして会えばいいだろう。
秋菜は許してくれるのだろうか。
私は人殺しの片棒を担いだ犯罪者。
そしてランディアの敵。

でも、佐川さんの最後の願いを私は叶えたい。
そして、私は心と人生を取り戻したい。

タクシーはオリオンの目の前に停まった。
中から栗林繊維でプレゼンをした二人が出てきた。
このバーには本当にランディアの人たち、そして秋菜がいる。
私は覚悟を決め、扉を開けた。

扉を開けた瞬間頭の中は真っ白になり、何も考えられなくなった。
目の前には、きょとんとした顔の秋菜。
ふと、小さいころ秋菜を探し苦労の末見つけて声をかけた時のことを思い出した。

なんて言ったのかは覚えていない。
でも秋菜は泣きながら笑って、抱き着いてきてくれた。

ありがとう秋菜。ありがとう佐川さん。
私はもう一度、ここからやり直してみます。

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麗美は仲直りできただろうか。
私は刑務所に収監されたが、誰も面会には来ない。
私は面会を拒絶し、誰も来ることができないようにしたのだ。

理由は単純だ。
私は麗美に隠していることが二つある。
もし今麗美が面会に来たら、私は話してしまいそうなのだ。

ひとつめは、私は麗美に対し好意を抱いていたこと。
私は麗美の成長を見守るうち、自分の手で幸せにしたいと思うようになっていた。
だが、こんなに年の離れた私だ。妻に見捨てられ一人になり周りに邪険にされてきた嫌われ者の私が、麗美に見合うはずもないのだ。ずっと心の内に秘めていた。麗美は今さらこのような死にゆく者の心情を知っても、困り果てるだけだろう。だから、よいのだ。知らない方が幸せなこともあるだろう。

ふたつめは、山崎は生きているということ。
あのとき、私は麗美の母と口裏を合わせ、彼を殺したと思い込ませた。
麗美は山崎のことを心から信頼し、愛していた。
そんな麗美が山崎の本性を知ったとき、もう誰のことも信用できなくなると感じた。
だから私は精肉店で廃棄する肉を大量にもらい、それを袋に詰めた。
私が洗っていたのは、血糊の付いたシャツだ。
麗美は私が人殺しになることで私を恨み、山崎のことを忘れてくれると思った。
だが麗美は心を壊しても私のことを信用し続け、私を頼ってくれた。

ありがとう。

…人の記憶というものは案外凄いものだ。
こんなにも鮮明に麗美と過ごした日々が蘇る。

さて、そろそろ行かねばならない。
看守が私のことを呼んでいる。

私が今日死ぬことを知ったのは、たった一時間前だ。
最後に麗美、お前のことを思い出せてよかった。
私の首を吊るこの輪は、私の罪を洗い流してくれるのだろうか。

もう一度だけ謝らせてほしい。
麗美、最後まで一緒に居られず申し訳ない。
去っていった妻よ、大切なことに気づくのが遅すぎてすまなかった。
そして、大切なことを何も教えることがすまなかった。息子よ。

さようなら。

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