見出し画像

【超短編】馬鹿

ヒーローになりたかった。
子供の頃から好きだったヒーローマンのように
弱い人間を助ける立場になりたかった。

しかし、こころざしは確かに有ったが
行動には移らなかった。

ヒーローになりたかったという夢は
子供ながらに、弱い立場を救って
周りからあがめられたいという
人間らしい承認欲求なのだろう。

大した努力もせずに、その時の能力だけで
都合良く、そうなるタイミングをただ待って
気が付いたら成人をした。

ごく普通の、大人の仲間入りだ。

そうして
かつて見ていた、自分の夢さえ否定する様に
自分より下の人間を見て安心する。

たまに、気分でゴミを拾ったり
席を譲ったりと、少しだけいい事をすると
自分はやはり素晴らしい人間だと
自己陶酔とうすいする。

ただの馬鹿である。


休日、暇で街をぶらぶらしていると
何やら人混みがあった。

全員が全員、ちゅうを見つめている。
そこは異常な緊迫感を帯びていた。

自分も、前にならうように見上げる。

刹那、一斉に悲鳴が発される。

それは女子校生が飛び降りる瞬間であった。

上を向く途中、逆に、上から下へ落ちてゆく
女子校生と目が合った。

その瞬間、時が止まったのだ。
叫声が一気に止み、重力に身を任せ
自然落下している筈の女子校生ですら

空中で静止している。

これは一体…?


力が欲しいか


背後から突然の声。
あまりの驚きに脊髄反射的に振り向く。

なんと、そこには悪魔と認識せざるを得ない者が
こちらを見つめていた。

明らかに人智を超越した存在であると
雰囲気だけで、其れはわからせた。

「え…なん…」

もうぐちゃぐちゃであった。
ただ街を歩いていただけだったのに
何故こんな、不可思議な出来事に
巻き込まれてしまったのだろう。 

すると

「貴様、あの子を救いたくはないか?」
悪魔、の様な者から、驚きの提案をされた。

「あの子を、救えるのか?」

「容易い。貴様に人智を超えた能力を貸そう」

「本当か!?」

「重力を反転させる能力だ、女は落ちずに済む」

そいつの指から光が放射される。

その光を受けると、一瞬
身体の中が燃えたぎる様に熱くなった。

何かが身体の内側に入り込んで来ている感覚。

其れは、他の何物にも形容し難く
物理法則を無視した"異能力"を発動出来る
自覚があった。

「そろそろ、時間が動き出すぞ。」

「ああ!」

数秒後、止まっていた時が動き出した。

一時停止から突然再生されたかの様に
周囲は、けたたましい叫声が発されていた。

通常であれば、自分も動揺していただろう。

しかし、悪魔から力を得た男は
妙な自信に満ち溢れていた。

かつて待ち望んでいた状況と重なる。

努力、才能とは一切の乖離かいりを持つ"特別"。

この能力を使って、救おう。彼女を。

そして叫んだ。

「重力反転ッ!!」

意のままに、重力は反転した…!

大地に向かって急降下していた筈の女子校生は
急上昇した。

否、その表現はあくまで
"地球の中心に引力があった反転前の話"だ。

異能力によって重力が"反転"させられたことにより
地球の外側に向けて"引力"が作用する。

そもそも重力とは
地球の引力から、自転による遠心力が
引かれた引力の事を指す。

重力が反転する事は、引力が反転する事と
ほとんど同義なのである。

実質的に、"重力"という概念を破壊した。

そして、地球の外側に向けて
引力が発生してしまったのだが
これはつまり、地球の崩壊を示す。

長い歴史を掛けて、
それこそ重力の様に積み重ねてきた
この世のことわり
一瞬にして瓦解させてしまった。

そんな事を思う間も無く
男は宇宙空間まで"落下"し
酸素が、人体という器から解放される。

誰も生き残る筈も無く、人類は滅亡した。

地球の生命体全てが、同じく破裂した。

そして地球自体も、宇宙空間を爆散して

無惨に、およそ46億年の歴史に幕を閉じた…。


あ〜あ、と気色の悪い顔で
ニヤニヤしながら、悪魔つぶやく。

「馬鹿だなあ、アイツ。」

すくすくうって
 お前が足元すくわれてんじゃん笑」

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?