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【虐殺兵器】

 ぬるい雨だった 南風のせいだろう 降っ
たり止んだりを繰り返すうち 雨の成分は変
化していて 微妙な粘り気があることに気づ
いたときには手遅れだった 雨に濡れると皮
膚が溶けてゆくのを理解したのは靴下に浸透
してきた雨水を感じ はじめは厳冬の時期に
寒さで足のつま先の感覚がなくなるのと一緒
だろう と男は思っていたのだが 穴のあい
ていた靴下を脱ぐと 五本指がそっくりなく
なっていたのだ 指のあったところは蝋燭の
蝋が溶けたみたいに いびつな形をしたまま
残った足だけがある 不思議と痛みはない 
痛みはなかったせいか あるいは起こってる
現象がすぐには受け入れられなかったからか
しばらくして 声に出そうとすると息が漏れ
る音しか発することができなかったという 

 と放課後の屋上で話していたN子が三日後
に事故で亡くなったのだ 話の最後に彼女は
こんな言葉を付け加えていたのを覚えている

「ある国の戦時中の話でね 雨に死の成分を
紛らす兵器を開発した科学者が 命を絶って
しまったの この話をした人も聞いた人も必
ず死ぬ」

 あれから数十年 兵器が使用されたかは解
らないが 私は聞いた話を誰にもしなかった
ことで生きているのだと思う


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     写真、お借りいたしました
      ありがとうございます

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(あとがき)

 篠井らしい普段通りの詩を見たかった人が
いらしたならごめんなさい。今回は、ショー
トショートっぽいものを載せました。申し訳
ないので、私が最近読んで良かった本を紹介
します。昨年の10月に出版され、読まれた方
はいらっしゃると思いますが、夏川草介さん
の「スピノザの診察室」です。京都を舞台と
した病院の物語でして、夏川さん自身が現役
の医師であることから、患者さんの死に対す
る思いにも触れ、泣けます。何より、主人公
がかっこいい! 読書好きでまだの方はぜひ
触れていただきたい物語のひとつです。


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