なぜウエストランドだったのか/正統派が勝ちきれないM-1グランプリ2022
今年もM-1グランプリ、めちゃくちゃ面白かったですね。優勝したウエストランド、最高に面白かったです!ネタもさることながら、終わったあとのコメント「観てる人が奇跡的に怒ってないことを祈ります」がキレキレでした。
これからウエストランドがテレビでたくさん見られると思うと2023年のバラエティが楽しみです。ただ、想像していたよりウエストランドへのアンチが生まれなかったのが少しだけ心配です。もっとマヂカルラブリーの時のような論争になってくれれば、と願っています。
そして惜しかったさや香。1本目のネタは個人的に100点満点の面白さでした。これまでのM-1グランプリの優勝ネタと比べても上位10本に入るネタだと思います。
二本ともネタの完成度の高かったさや香が負ける、今年も正統派の漫才が勝ちきれない大会でした。今日はウエストランドの勝因を考えながら、今後のM-1のトレンドについて考えてみます。
・トレンドの漫才の形
ここ4年間の優勝コンビを振り返ってみれば、ミルクボーイ、マヂカルラブリー、錦鯉、ウエストランドと声量やセリフ量、運動量などが片方に傾いているネタの優勝が続いています。
ミルクボーイより前の大会では、霜降り明星、とろサーモン、銀シャリ、トレンディエンジェル・・・と掛け合いやボケツッコミの一まとまりで笑いを作っていく、両者のバランスが取れているネタが優勝してきました。その方がフリ→オチを短時間で繰り返しやすく、笑いの手数を増やしやすかったのだと思います。
それから時代の流れとともに、一撃の衝撃が大きなネタが評価されやすい時代に変わってきました。より突き抜けた印象を出すために、片方の個性を炸裂させ、片方は存在感を薄める形がトレンドになってきたのかなと思います。
ボケをほどほどにツッコミつつも、完全には制止せずに走らせたマヂカルラブリーと錦鯉。短い言葉でネタ振りに徹した相方とツッコミで笑いを取りきったミルクボーイとウエストランド。
どちらも王道の漫才をフリにしている部分もあるので、今後も同様のトレンドが続くかは分かりませんが、予測には使えそうかなと思っています。
片方が突出したコンビと言えば、シシガシラ、たくろう、チェリー大作戦、滝音、セルライトスパ、デルマパンゲ、きしたかの、オドるキネマ、パンプキンポテトフライあたりが思いつきます。来年も要注目のコンビです。
・下手だから伝わる
喋りの技術がえげつないさや香と、技術面で劣るのに特大ホームランを打つウエストランドの両者を見た後に、ラーメンズの傑作「器用で不器用な男と不器用で器用な男の話」を思い出しました。
言語表現が不器用な男を演じる小林賢太郎が、ストレートに気持ちを吐露するシーンで感情が揺さぶられました。言葉が不器用だったからこそ、とても伝わるシーンになったんだと思います。
さや香の漫才はテーマ、ネタの展開、構成、そして喋りの技術に全く隙がない、本当に完璧なネタでした。何度もこのネタを繰り返し、磨いてきた自信作なんだなと感じました。
それに対してウエストランドのネタは、技術面で優れた漫才とは言えませんでした。聞きにくく、テンポも悪いところがありました。後々のラジオでは、大会まで四回ぐらいしか舞台にかけていなかった、という話をしていました。
なぜM-1にかける大事なネタを何度も練習しなかったのか。井口は「あんまり練習しすぎると苛立ちが薄れてしまう」と話していました。ネタを繰り返すことで完成度を高めるよりも、感情の爆発を優先したようです。
両者のネタを見終わった後で、ウエストランドは漫才の技術が低かったからこそ、より感情が乗って見えたのでは、と感じました。
・M-1が欲するドラマ性
最近は準々決勝以上に進出したコンビは全組とも面白い、異常な状態になってきました。近年ずっと言われていることですが、敗者復活戦のメンバーだけでもう一つのM-1グランプリが開催できるほどのレベルになっています。
もはやネタの良し悪しで評価しきれないほどに漫才のレベルが上がりきったのだと思います。
そうなった時に最終決戦で重視されるのは、どちらが勝った方がドラマ性があるのか。
ミルクボーイは無名からの優勝、マヂカルラブリーは最下位からの逆転劇、錦鯉は高齢者の逆襲と、後々語りたくなるドラマ性がありました。
今年は、技術が優れている正統派の漫才師と、どう見ても人生で良い目を見てこなかったウエストランド井口の負のパワーを比べた時に、井口が勝った方が面白いというお笑いの構造があったように感じます。
井口は虐げられてきた人生への復讐がお笑いをやるモチベーションだとよく話します。負け続きの人生を送ってきた男が、漫才の日本一を決める大会で、エリート漫才師を倒したらドラマとして面白いですよね。
「人を傷つけない笑い」というここ数年テレビが頭を悩ませてきた風潮も、ウエストランドの勝利をドラマチックにするフリになりました。
・だからウエストランドだった
実はミルクボーイに近い、ネタ振りとツッコミというトレンドの漫才の形をつくりあげ、あえて勝負ネタを舞台で磨かず、感情とキャラクターがストレートに伝わるように温めた戦略のウエストランドが、漫才のうまいさや香に打ち勝ち、さらには「傷つけない笑い」という風潮さえひっくり返すドラマ性を提げてきたからこその優勝だったと言えるのかなと思います。
全部後付けの話でしかないのですが、M-1グランプリ2022を見て感じたことをまとめました。
最後のまとめをひっくり返してみれば、今のM-1グランプリは正統派漫才師にとって優勝がとても難しい大会になっていると思います。
掛け合いから生まれる笑いでは、個人の突出した個性、人間性を提示できない。技術が高まり、隙間のない完璧なネタに磨くほど練習や台本が透けて見えて冷めてしまう。そして勝って当たり前の正統派漫才師が勝つことにドラマ性が生まれにくい。
フリに使われる正統派漫才師はとても苦しいと思います。今の状況が続けば、逆に正統派漫才を改めて再評価する流れも来るかもしれません。個人的には博多華丸大吉のさや香への一票が一筋の光だったように感じます。
最後に、ドラマ性といえば、オズワルドは負け顔を十分に晒し、逆転劇としての舞台はすでに整っています。2023年、仕事も忙しい中ではありますが、オズワルドの優勝が見たいです。応援しています!
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