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我々の偉大な旅路 第3章 広州 ~中編~

↑ こちらのシリーズの続きです

↑広州前編はこちら



羊城之夜広州の夜


 さて、深センから広州にやってきたのは、この日の宿を広州に取っていたからであった。我々の宿はバスが着いた天河ティエンフーとは広州の都心を挟んでちょうど反対側のエリアにあった。地下鉄で二度ほど乗り換えをして移動する必要があるらしい。せっかく都心を通過するので、広州のシンボルでもある広州塔を観光してから宿へ向かうことにした。夜はだいぶ更けているが、広州塔を見てまわるくらいの時間はあるだろう。

 夜になって気温は下がったが、それでも華南の夜は暑い。ジメジメとした熱気から逃げるように、案内板が示す方向を辿り天河客運站バスターミナルの地下鉄駅へと入って行った。広州の地下鉄も上海や深圳の地下鉄とさほど変わりはない中国の一般的な地下鉄だが、Yの字を左右に分断したような二本の曲線のロゴがスタイリッシュでかっこいい。

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 天河から広州のシンボル「広州塔」のある場所までは地下鉄3号線で一本。天河客運站駅は3号線の始発駅だった。我々はここ広州でも深センと同じように券売機でトークンを購入し、手荷物検査のある改札を通りホームへと降りた。既に列車は入線しており、車内はほとんど席が埋まっていた。開いてる席を探すまでもない混雑状況に、次の列車を待ち座って移動するかこのままこの列車に乗るかで迷ったが、時刻も遅くなってることだし、早めに宿に着きたいとの思いから、この列車に乗ることにした。時刻はもう9時を回っていた。

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 列車は広州の核心へと向けて走り続ける。駅に止まるたびに大量の人民が乗ってくるのと同時に香ばしい羊肉のような匂いが漂ってくる。昼食は3時頃に食べたが、現在時刻は9時過ぎであり、さすがに腹が減ってくる。広州の人波と食欲をそそるアジアの匂いに揉まれて、列車は広州塔の駅へと到着した。広州塔駅は英語ではCanton Tower Station。広州塔のことを英語では広東タワーというようだ。駅名標を見てそんなことを思いながら降りた駅も、他の駅と変わらず大混雑であった。


愛上大楼摩天楼に恋して


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 地下鉄を降り、駅を脱出し外に出ると、夜空が明るかった。ライトアップされた広州塔の灯りや周りの出店のような屋台の灯りで空までも明るくなっていた。さっそく明るい夜空を見上げると、高さ600mを誇る広州のシンボルが聳え立っていた。真下近くから見ると、首を大きくもたげないと頂点は見えないほどに高かった。塔は我々日本人の感覚からすると奇抜なまでに七色に輝いており、上部には共産党のスローガンがくるくると回っていた。日本でこのようなライトアップがあれば悪趣味とまで言われてしまいそうだが、中国で見る分にはよく言えば異国情緒を感じ趣があった。

 広州塔の高さやライトアップにも感服したが、驚いたのはそれだけでなく、人出の多さである。9時を回っているはずだが広州塔のたもとは人通りが絶えないどころか、溢れるような人波で賑わっていた。それもそのはず。旅行中で忘れていたが今日は金曜日だ。週末の街は道理で賑やかなわけだった。

「いやあ、人多いなあ」

私は思ったことをそのまま口に出した。

「まさに中国にいると感じさせるな」

「どうする?登る?まだ登れるっぽいけど」

「時間も遅いしもういいんじゃない?」

「まあお金もかかるし、また今度来たときでいいか」

 初めて広州を訪れたにも関わらず、勝手に二度目の広州があると思い込み、私も今回は広州塔の上に登ることを諦めた。前回、私とワカナミの二人で上海を訪れた際も浦東プードン新区の上海タワーの展望台は諦めた記憶がある。あまり高い塔には縁がないのだろう。

「写真だけ撮ろう」

 そういうと私はiPhoneの内側のカメラを自分達に向け、広州塔を指でつまむような画で写真を撮り高校の同級生たちへと送りつけた。

 広州塔登頂を諦めても広州塔周辺のエリアは観光するのには十分に楽しい空間だった。土産物屋が怪しいライトを売っていたり、夜遅くだというのに子供たちが元気に走り回っている。活気があった。日本ではハレの日くらいしか見られないような賑やかさや元気が金曜夜の広州にはあった。

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 塔の周りを散策していると珠江のほとりの遊歩道に出た。珠江は中国奥地の雲南を発して華南を流れ広東でここ広州を経て海に出る。河口に位置するのが前世紀末に中国に返還された欧州列強の植民地である香港とマカオだ。広州周辺から香港を含めた河口のエリアは珠江デルタと呼ばれ、日本の首都圏にも匹敵する巨大都市圏を構成している。

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 広州塔は珠江の南岸に立っているが、対岸に林立するビル群も胸を打たれるほどに美しかった。川を挟んで向こう岸には海心沙ハイシンシャーという川中島があり、大きなスタジアムがある。さらにその向こう側、つまり川の北岸には広東省博物館と大劇院があり、その奥には二棟の超高層ビルがそびえ立つ。右側すなわち東側の角ばったビルがCTS金融センター、反対側の丸みを帯びたタワーが広州国際金融タワーというようだ。大河の畔に超高層ビルが整然と並んでいる様子は、香港の海峡沿いの狭小な土地に超高層ビルが乱立する様子とは対照的だ。見事な夜景を道ゆく大量の現地人たちとともに眺めた。

「面影 ゆらめいて...」

 私が口ずさむ。我々が一年前に発表した楽曲"摩天楼に恋して"の出だしである。私はこの楽曲の制作に一切携わっていないが、メロディを気に入っており、聳え立つ摩天楼を目にするたびに口ずさみたくなる。上海に行った時も浦東の摩天楼を見てこの曲を口ずさんでいた。


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 川沿いのエリアも多くの人で賑わっており、欄干のほとんどはすでに川の景色を楽しむ人々に占領されていた。私は女子大生風の中国人女性グループが欄干から離れた隙を見計らって珠江の畔へと出た。

「写真撮って」

 私は数時間前に尖沙咀チムサアチョイで頼んだのと同じようにワカナミに写真を撮ったもらった。

「あー、違う違う。もっと下から平行になるように撮って」

ワカナミの撮る写真にケチをつけながら何度かポーズを変えて広州の夜景をバックにした私の撮影会が始まった。

「もういい?」

半ギレ気味のワカナミが言う。

「ごめんごめん、そろそろ行くか。」

 そう言って我々は川沿いのエリアから地下鉄の駅へと戻ることにした。戻り際にもう一度、広州塔のたもとで写真を撮り、地下へと潜った。

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高中測験高校生クイズ


 駅は天河ティエンフーからここに来たときよりも混み合っていた。同じ服を着た大人数の集団が駅を埋め尽くしていた。広州恒大のユニフォームを着たサポーターたちだった。近くのスタジアムで広州恒大の試合があったようで、試合終わりのサポーターが駅へと押しかけているようだ。さほど並ぶこともなかった券売機にも十人くらいずつの列ができている。サポーターの列に混じり、きょう我々が泊まる宿のある燕崗イエンガン駅までのトークンを購入し地下鉄に乗った。

 広州塔から燕崗までは、まず広州塔から一駅の客村クーツンで乗り換えたあと、数駅先の沙園シャーユエン駅で乗り換えと2回の乗り換えが必要だった。サポーターでごった返した列車は座れるはずもなく、ずっと立ったまま混雑した列車に揺られて宿を目指した。

「高校生クイズやってるらしいね」

 私がiPhoneでTwitterを覗きながら言う。ちょうどその頃、日本では高校生クイズが放送されているらしかった。

「前出てたよね」

「予選の最後で敗退っていうね」

そんな会話をしているうちに我々は燕崗駅に到着した。

(続く)


旅程表

2018年9月14日 "我々の偉大な旅路" 1日目 広州

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午後8時50分 天河ティエンフー客運站バスターミナル に到着

午後9時00分 天河客運站駅 にて 広州地下鉄3号線 番禺広場パンユーグアンチャン 行きに乗車

午後9時19分 広州塔駅 に到着

午後9時20分〜 広州塔周辺を観光

午後10時10分頃 広州塔駅 にて 広州地下鉄3号線 番禺広場 行きに乗車

午後10時15分 客村クーツン駅 にて 広州地下鉄8号線 鳳凰新村フェンファンシンツン 行きに乗車

午後10時35分 沙園シャーユエン駅 にて 広佛線 燕崗イエンガン 行きに乗車

午後10時40分 燕崗駅 に到着

(時刻はすべて北京時間)

主な出費

電車賃

 天河客運站 → 広州塔 4元

 広州塔 → 燕崗 4元


↑第3章 広州 ~後編~ はこちらから

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