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妊娠前期〜つわりと東洋医学


つわり、来たる

妊娠がわかった5週目、翌6週目は体になんの変化もなかった。実感ないなあ、それも不安だなあ、と思いながら中華料理を食べに行き、食べ切れなかった焼豚をお持ち帰り。脂っこくて胃にもたれたのでその日は夕飯を抜く。胃は元来丈夫な方で、翌朝にはお腹が空くかと思いきや、まだスッキリとしない。焼豚は見るのも嫌になって、そのまま肉全般を受け付けなくなった。食欲はわかず、なんとなく胃がむかつく。7週に入り、これはつわりだと確信する。

つわり、それを経験した妊婦にとってほとんど妊娠中で一番辛い経験だと思う。まったくないラッキーな人もけっこういるみたいだけど、わたしは過去二回、壮絶なつわりを経験している。一度目のときは食べては吐きを繰り返し、病院で半日入院、点滴を受けたくらい。
ではこのまったくない人、ひどい人の差はどこからくるのか。そもそもつわりってなんなのか。

つわりってなに

つわりの原因に関しては実ははっきりとは分かっていないものの、胎盤から分泌される妊娠ホルモンであるhCGの値が高いほどつわりの症状が重いという相関関係が見られる。
東洋医学では五臓六腑以外に、妊娠に深い関わりを持つ任脈と衝脈を以前紹介した。特に妊娠初期における衝脈を通る気血のバランスが乱れるとつわりの症状が現れると考えられていて、これは母親の妊娠前からの体質と深い関連がある。

妊娠が起こって最初の3ヶ月、任脈と衝脈を通り母親の血、精、腎の気が子宮に届き、胎児に送られる。その結果、母親の衝脈で気のアンカーである血が不足し、気が逆流しやすい状態になる(気は血のような重みがなく、上にのぼりやすい性質を持つ)。これ自体は自然な現象で病気ではないのだけど、実は衝脈は気衝という下腹部にあるツボで胃の経路とクロスしており、衝脈を通る上向きの気の流れが本来下向きに流れる胃の気の流れに影響を与えやすくなる。胃の気が逆流してしまうと結果として吐き気・嘔吐が起こることになる。
衝脈内の気の流れは肝の気の流れにも影響されるとされ、ストレスで肝の気が乱れると結果、胃の気逆が起きる。特につわりが3ヶ月以上続く場合は妊娠前から肝の気のめぐりが悪いケースが多い。

つわりの鍼治療

つわりのツボとしてもっとも有名なのは内関という手首の内側にあるツボだろうと思う。東洋医学の文脈抜きにこのツボはカナダやアメリカでもつわりを軽減するアキュプレッシャーポイントとして紹介されていて、かなりポピュラー。わたしもこの最強のツボの効果を実はかなり期待していた。ついに我が身で試すときが来たのだわ。
皮内鍼という小さな鍼がついたステッカーがあり、ツボに貼っておくと鍼と同様の効果が得られるので、自宅でもツボに刺激が必要な患者さんに貼って渡すことがある。これを内関のツボに貼る。吐き気がひどくなったら押して刺激をして症状を軽くする、というのが狙い。これで楽になったら本当にいいわ。

が。効かない。全然効かない。気持ち悪いものは悪い。やはり皮内鍼では甘かったか、シールを剥がしてから内関のツボに鍼を打つ。こっちの方がまだいいか。
コンビネーションとして

足三里 胃の気を補う
上かん 逆流している胃の気の流れを正す。妊娠3ヶ月まで施鍼できる。

この組み合わせでうつと、スッと楽になった。特に上かんはローカルなツボだけに効き目が実感しやすい。即効性にはけっこう感動するものがある。
このほかに実際つわりの患者さんには裏内庭という足の裏のツボにお灸、中かんにお灸ボックスを組み合わせた治療をしているのだけど、お灸まで自分でする余力がない。
そう、効くと分かっていても何もできない。鍼を刺せば、お灸をすれば楽になるのに、その行動が起こせない。吐き気もそうだけど倦怠感というか、寝る以外は何もできない状態が深刻だった。さらに効き目が続くのもそう長くはない。現実的にずっと鍼刺しっぱなし、というわけにいかないので気持ち悪くなるたびに、あるいは最低1日1回鍼を受けないといけない。つわりに鍼が効きますよ!と患者さんにうたっても、本当につわりに苦しんでたら鍼灸院に足を運ぶことなんて不可能だわ、それも毎日とか非現実的。

口にするもの

妊娠がわかってからディカフやノンアルに切り替えてまでやめられなかったコーヒーやお酒は匂いもダメ。肉は見るだけで吐き気。そんな中せっかくサンクスギビングだからとターキー丸一羽を買ってきて張り切ってローストするDD。生肉にわずかに残る毛、見るだけで身の毛がよだった。オーブンから匂い立つ香ばしい香りもひたすら苦痛。もちろん一口も口にせず。この先トラウマになりそうだ。
食べられないものばかり、食欲はまったく起きないのに、皮肉なことに四六時中食べ物のことばかり考えて過ごす。胃が空になるとますます気持ち悪くなるので、いつも何か口にしている。だから何を食べるか、何なら食べられるかが重要で、あれか、いやこれなら、ということを常に考えていた。

つわりに効く漢方食材といえば生姜。生姜湯やジンジャーキャンディーが胃を落ち着けてくれるはず。が。特に効き目は実感できないし、こちらも味と風味に食べる気が、飲む気がしなかった。あまりに打つ手がなく、結局ミッドワイフからもらった処方箋で抗ヒスタミン剤とビタミンB6であるドキシラミン・ピリドキシンにすがることに。薬剤師さんもこれは一般的な薬で、自身もつわりのときに飲んで効いたと話していくれたけど、個人差があるらしい。服用後は眠くなるので運転は避けろと。もうすでに眠いのに…。
大丈夫、とは言われても日本では薬はNGだったのが気になって、念のため薬剤師の資格を持つ日本在住の友人に確認。ビタミンB6はいいとして、なんで抗ヒスタミン?つわりってアレルギー反応なの?
彼女いわく、アレルギー対策として処方されているというよりは睡眠誘発作用があるので、眠らせることで症状を緩和させる目的なんじゃないかと。妊婦でも問題はないとのことだったけど日本では処方されないみたい。

もうこれしかない、とすがるようにミッドワイフの指示通り、朝と寝る前に2回服用。効き目が出るまでに時間がかかるらしく、うまく計算しないといけないらしい。次の朝目覚めると、あれ、なんか気分が軽い。久しぶりに割とまともな朝ご飯を食べることができた。確かに午前中またもコロナワクチンの次の日みたいな倦怠感に襲われたけど、吐き気がないだけ全然いい。やった、これでもう苦しみから解放されるんじゃないの。
と、喜んだのもつかの間。すぐに体が慣れてしまったのか、初日に感じた胃のスッキリ感は二日目にはなくなり、相変わらずのもたれ感に苦しめられた。それでも確かに飲まないでいるとますます悪くなったのでいくぶんかの効果はあったよう。何より無味無臭、錠剤飲むだけという手軽さに救われた。日本でも処方されるようになればいいと思う。

夜明けはある日突然に

一般的に言われる通り、わたしのつわりのピークは8〜9週ごろだったよう。胃のむかつきも苦しかったけど、いっときも立っていられない猛烈な倦怠感は日常生活を送る上でそれ以上のダメージだった。それが10週目を過ぎた頃。よく晴れた朝、目覚めると突然散歩に行こうか、という気分になった。何かにやる気を起こすということがこの数週間ありえなかったのに、頭がクリアになってる。それから早起きして、外に出ると冬の空気が清々しい。思いがけずローカルなクリスマス市まで散策して、自分のスタミナに驚く。これはこれは、ついにつわりが終わったんだわ。

結局しばらくは肉を受けつけず、すぐに食欲旺盛とはならなかったけど、気分と体力は徐々に回復していった。やっぱりいつかは終わりがくる。休息をとる、こまめに少量の、何でもいいから食べられるものを口にする、といったことをする以外に粛々と待つしか基本的にはできない。いつかは終わりが、と思ってもなんだかんだ1ヶ月とかそれ以上続いたりして、その間は本当に本当にしんどい。それでもずっと横になっていることができればだいぶマシだけど、この時期ほとんどの妊婦は職場にも報告できず、普通に仕事をこなさなければいけないし、胃薬飲んで楽になることも、眠い頭をカフェインでスッキリさせることもできない。パートナーも頑張ってサポートしてくれるけど、やっぱり未知のものに対する戸惑いとか持て余し気味な気配も伝わってくる。そういういろんなことがただただしんどかった。

そういうしんどさを少しでも東洋医学の力で軽くすることができればいいのだけど。自分で経験するまでは西洋医学でどうにもならないからこそ、東洋医学の力が発揮できるとむしろ自信があった。だけど現実的にはなんとかやり過ごすしかないのだなあ。
鍼は確かに効果があるけど、毎日、しかも一日二回くらいしないと本当に楽にはならない。生姜含め漢方薬は匂いがあるから、受けつけない場合は苦痛。東洋医学を推進する人には自然でないと、という意識がある人も多いかもしれないけど、少しでも楽になるなら処方された薬を飲むこともいいと思う。
なにより妊娠する前に長い目で体調を整えることが大事なんだと実感。わたしはそもそも長らく脾が弱い体質で、脾が弱いとそのペアである胃の不調が起きやすいのはあらかじめわかっていたこと。そういう体質の場合、実際に吐き戻すことはなくてもそこはかとない胃の不快感に苦しめられるのだけど、ストレスで気の流れが悪くなっている場合は猛烈な吐き気に襲われる。会社員をしていたころに経験した最初のつわりはまさにこのコンビネーションでもっと辛かった。今回はその頃と比べてストレスがない分はいくぶんマシだった。

自分自身で経験することになってセオリーがちがちから解放されたし、鍼灸院に通えない妊婦さんのためにたとえば出張サービスとか、少しでも役にたてる道がないか手探り中。


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