見出し画像

拝啓 こんな私を慕ってくれるあなたへ

拝啓 こんな私を慕ってくれるあなたへ。今しがた時候の挨拶を考えてはいたのですが、そういった事柄には滅法弱くてだらしないようで。だから手紙にするというのは却下しようとも考えたのだけれども、ここまで書き進めたのもあってもう少しだけ、私はあなたに手紙を書いてみようと思うのです。
 今年の夏は、中々外に出る機会に恵まれず、私は門外不出の身であって、それは何かを極めるとか、育児に励むとかでもなく、ただただ自堕落な日々の鬱憤、マンネリが夏の積雪のように溜まっていくだけで。退屈を凌ぐ方法に苦悩するという、なんともくだらない毎日を、それは有難がって頂戴していたのです。
 あなたは実に白く、自宅の庇護にあった私よりも白く、透き通っておりましたが、それでも夏が好きだと、そうよく口にしておりました。それが妙に浮遊感が棚引いてあって、私の退屈を退けるだけの興味に移ろいまして、時折声をかけては、失礼なもので尻尾振る犬のように愛らしさ全開の雰囲気を常々感じていたのでございます。
 いえ、嘘はよくありません。あなたは、あなただけはこの些細な私のいい恰好のハイカラに気が付いたでしょう。そうです、あなたは、最初は怯えた子猫のように私を疑っておりました。その恐怖と猜疑、興味と好奇心を塗布した仄かに薄い色の瞳は、私にあなたの背景を魅せて、その薄い瞳の最奥にある、あなたの琴線に俄然虜になってしまって、私はそれ以降煩悶を常とするのですが、あなたはお気づきでしょうか? 案外に鈍い人でしたから、気づいていないでしょう。主演女優に匹敵する美貌でも、その演技が伴ってはいませんでしたから。有り体で話せば、私はあなたに与えたかった。その薄い色、まだ染まらぬ新雪に初めての足跡を残してやりたいと、そう思っておりました。
 しかし厄介なことにあなたは重厚な思考を常々携帯しておりましたから、私の虚飾の仮面がいつ看破されるのか、不安で不安で。思考の最中、私の孕んだ矛盾を察知してしまうのではないか、それならいっそのこと全て知っておいてくれた方が。腹を探られるのは生憎苦手でございます。
 愛とは何か。性愛、親子愛、愛も様々に形容されておりますが、愛の法則についていつも悩んでいたあなたが私の頭には一番鮮明にあります。酒を飲んでもそれは変わりなく、むしろ拘泥が退いて、クリアな思考を齎し、愛はより鮮明になりました。
 帰り道に話したことを覚えていますか。私は殆ど忘れてしまって、いつか私が何を話していたのか、教えて下さい。私はへべれけになれば、無粋なロマンチストに生まれ変わるのです。さぞ耳をふさぎたくなるようなことを厚顔無恥で晒したのだと確信しておりまして、私は真実を知らない方が幸せでしょうが、あの帰り道以降にあなたの中に私の色が巣くったような気がして、それはもう随分と頭を悩ませております。
 さてさて、私には実に一つの妙案がございます。それは問題を解決するほどのものではなくてですね、本当に珍妙といのが正確な提案であります。愛に呈する、愛とはオムツを替えてやるということです。がっかりでしょう。あれほど高尚な語り口を好んでいた私のふとした思いつきが中々にみすぼらしいようで。ですが、愛とは存外にみすぼらしいといいますか、平身低頭にあるのかもしれません。だからこれくらいが丁度いいのです。オムツを替える、そこには邪も粋もなく、思考は除かれて、ただただ行為としての愛だけが無垢に織りなされているような気がします。いかがでしょうか。
 この度はそれだけが伝えたいがために、わざわざ手紙を拵えてみたのですが、難しいことこの上ない試みで、虚構に頼りたくなる胸の内でございます。しかし赤裸々を好んで、反骨精神を滾らせて何とかここまで書いて参りました。
 長々とちぐはぐな内面を殴り書いて、結果としてあなたの崇高なお目を汚してしまい、大変申し訳ございませんでした。ですが、あなたならきっと私のこの取るに足らない試みすら糧にしてしまうのでしょう。頼もしくもあり、悔しくもあり。つい、要らぬことを言いました。そろそろ捌けることにします。次にお会いできる日を楽しみにしております。お元気で。
                敬具


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?