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詩|短篇小説

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ひさしぶりに詩を書きたくなりました。昔はよく詩で表現していたのに、しばらく散文ばかりで。これからはまた、自然にことばを紡いでいけたらと思います。散文詩的なごく短い読み切り小説も、… もっと読む
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#生き方

時を追いかけて

子供の頃―― 時に追われて 一生懸命生きていた いつしか時に流されて 気づいた時には 時を追いかけていた 時は行く手を 駆けてゆく 立ち止まることも 許さずに まだ間に合ううちに 気づきたい 無限の可能性と 夢―― ◇いまから35年ほど前、高校生のときに書いた詩です。まだ10代後半なのに、こんなふうに焦っていました。当時は、時を追いかけている感覚だったのだなあ、と、あらためて思います。では、50代になったいまはどうでしょう。仕事の〆切前など、時を追いかけている気分になるこ

洗足の木曜日

あの人はひざまずき 私の足を洗ってくださる 荒野や泥の中を歩いて 汚れきった私の足を ほこりや泥 気づかないふりをして 踏みしめた罪 それらにまみれた 私の足を あの人は この世のもっとも低い者のように ひざまずき その手が汚れることも厭わずに 私の足を洗ってくださる 私は悔い もう決して汚れません 美しく生きていきます、と あの人に誓う しかし一歩、野に出れば 私の足は、ふたたび 土とほこりと泥にまみれ 罪を踏みしめてしまうのだ けれども、この足は あの人が洗ってく

あなたがわたしを支えてくれたように

あなたの悩みを 半分でも ひきとることができるなら この胸の重みが 少しは軽くなるかもしれない でも、今の私には あなたの心がわからない ひとりで苦しまないで あなたが私を支えてくれたように 私もあなたの 支えになりたい ◇35年ほど前、高校生のころに書いた詩です。大切な人が、悩んだり苦しんだりしている姿を見て、書いたものだと思います。実際には、誰かの悩みを半分ひきとるなんて、そうそうできることではありません。でも、話してくれさえすれば、悩みに答えは出せなくても、その人の

影のなかで美しく

影の長い季節になった 日は空に低く 光の足が長いせいか 窓のそと 葉の落ちた樹木の枝が いっそうひょろりと 繊細な影を伸ばしている 秋の終わりの光は透明だ せいいっぱい生きた すべてのものを しずかに清め いたわって その影に 命の輝きを映し出す 人生にも季節がある 光あふれるときがあれば 影のなかを歩む日々も 人がほんとうに輝くのは 影のなかにいるときかもしれない 悩んで 泣いて おそれて 勇気をふりしぼって 生きる 人の美しさが磨かれるのは 影のなかにいるときかもし

昔、死ぬのがとても怖かったころ

それは、いまでも怖いです でも、怖さの質が変わりました 子どものころ〝死〟がとても怖かった 〝私〟がいなくなるって、どういうこと? いまここにいて、世界を感じて ものを考えている私 それがなくなるって、どういうこと? 想像したら できなかった どうしても想像できなくて とても怖くなりました 私の気持ち 私の考え 私の存在 〝私〟は消えてなくなるの? 大人になり、いつか 私が死んだあとも世界は続くと理解した 理解だけはしたけれど、むしろ 消えてなくなってしまいたい、いっそ

泉はきっと涸れないから

北海道にいたころ 秋がいちばん好きだった 木や、草や、花や、虫が 命を燃やし尽くして 輝いていた いまも秋は好き そして、春も夏も冬も好き すべての季節に 意味があると知ったから 命はめぐっていると 感じるから 春に生まれ 夏は駆け 秋には輝き 冬に眠る ときがくれば、ふたたび春が 疲れたら休んでいい わたしは自分に言い聞かせる 泉の水を、わたしの言葉を 使い果たして、疲れました わたしの泉はからからです すべて出し切ってしまいました あの人はきっと言うだろう 休ませ

あいつ

いつだってマイペースで 他人(ひと)には なげやりで 冷淡(クール)な人と思われていても 私には わかるの あなたのやさしさ 相手からの報いを求めない なにげない思いやりが 何よりうれしくて お互いに 川の向こう岸を歩きながら お互いの夢を かたすみにおいて 橋はいらない あいつは いいやつだから 大切な人だから それだけでいい ◇35年ほど前、高校生のときに書いた詩です。当時、不思議な距離感の異性の友人がいました。ふだんはたいしておしゃべりもしないのに、ふとした機会に言

昔の恋のしまい方

あなたの夢が あなたの香りが 胸いっぱいに ふくらむにつれ 私の中のあの人は いつしか動くのをやめ 語りかけるのをやめ 一枚の写真(スナップ)のように 奥の部屋 またひとつ 奥の部屋へと しまい込まれて…… 一番愛した 時のままで ◇35年ほど前、高校生のときに書いた詩です。中学から高校にかけて、私は何年もひとりの人に片想いをしていました。告白もできないまま、その人がほかの女の子と交際を始めて、私は失恋(笑)。そのときは悲しくてつらくて、もう恋なんてできないと思ったけれど、

明と暗と迷子

人はそれを暗いと言います なぜ いつも笑顔でいられるのですか まわりのものすべてを 信じているわけでもないくせに みんな器用につきあっていく みんな器用に使い分ける 二つの顔を できないんです私には 暗闇を見つめるのは暗いことですか 太陽だけみつめていれば明るいのですか 本当の私 誰も知らない私 私も知らない私 探しています――私は一体誰ですか ◇35年ほど前、高校生の時に書いた詩です。青春の悩みのまっただ中という感じですね。当時はまだクリスチャンではありませんでした

この世界は良いと信じられたら

まどろみから醒めると 新緑のけなげさに胸を打たれた 風は世界じゅうの優しさをのせて 目に入らない小さなものへ 消えてしまいそうな弱いものへ 分け隔てなくとどけている この世界は良い、と かつて神さまがおつくりになったとき それは極めて良かったのだ そして、いまも、きっと わたしにできるのは信じること この世界は良く、あなたの愛は深い わたしの身体は この世界をめぐる炭素のひとかたまり ほんの一片に過ぎないのに あなたは息をふきこんで 愛を与えてくださった だからわたしは

疲れたときは

疲れました 気を使わなくてもいい人と ずっと一緒にいたくなる どこか遠くへ行きたくなる 誰か助けて どこかで休みたい 安心して眠りたい 気を使わなくてすむ場所は やっぱりひとりですか ◇35年ほど前、高校生のときに書いた詩です。今日の私もすこし疲れていて、「疲れた~」と思って昔の詩集ノートをめくっていたら、見つけました。そして、「あなたは自由なんだから、気を使わずにすむ相手とずっと一緒にいたっていいし、どこか遠くへ出かけたっていいんだよ。でも、それができないから詩に書いてい

進んでいったその先で

あなたはあなたの好きな道 最高の道を選び そして進んでいって下さい 迷わずに ふりむかずに どこかできっと出会えるはず 今は別々でも 進まなければ 出会うことすら できないのだから ◇35年ほど前、高校生のときに書いた詩です。臆病だった私には珍しく、ずいぶんたくましい言葉をつづっているなあ、と、大人になったいま、読み返して感じました。人間関係には繊細でよく悩んでいた私も、こと創作に関しては、力強く信じているもの=イメージとか感性とか、があったのだと思います。その信念は、どん

心に風を

晴れていたから 窓を開けた 豊満な春の風が 部屋になだれこんでくる すこし肌に冷たいけれど 光がいっぱい含まれている 人影のまばらな街 からっぽの商品棚 見えないリスク 正体のない不安 だけど 春の風は心地よいよ さくらはことしも咲くだろう 花ふぶきはけんらんだ 幽玄ないのちの気配 光がいっぱい含まれている こわがるものを誤らないよう 心にも風を通そう ◇横浜は今日は晴れ。窓を開けて換気をしました。不安には2種類あると思います。正体のある不安と、ない不安。正体のない不

地に落ちる花からも

四月のある日 散歩に出た 陽はおだやかで 風はやさしかった 近所の小さな公園に 桜の木が はらはら 花を散らせていた 宙を舞う ひとひら ふたひら 足もとにも桜色 見上げると ツートーン 空の半分は桜色 もう半分は若葉の色 二本の木が 右と左から 手をつないでいた 花は自分が散ったあと 若葉が萌え出るのを知っているのか 十字架の上で散り 三日のうちに復活した あの人のように わたしたちは 地に落ちる花からも 物語を紡ぎ出せる ◇ある年のイースターのころに、夫と