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ワークプレイス,どんな主体を時代の先端として捉えるか?─『新建築』2018年7月号月評

「月評」は『新建築』の掲載プロジェクト・論文(時には編集のあり方)をさまざまな評者がさまざまな視点から批評する名物企画です.「月評出張版」では,本誌記事をnoteをご覧の皆様にお届けします!
(本記事の写真は特記なき場合は「新建築社写真部」によるものです)



評者:連勇太朗(モクチン企画)×中村真広(ツクルバ)

「そもそも『オフィス』的な機能や空間がなくても働けるじゃん」

  今,「働き方」があらゆる領域で変化しています.

働くことの概念の変容が,社会を変えていくことに直結するという感覚がありますが,そういう意味で,今月号は興味深い内容でした.
対談相手は,ご自身でツクルバをはじめとしたスタートアップを経営し,状況の最前線にいる中村真広さんにお願いしました.

さて,阿部仁史さんの論考:ワークプレイスの現在が示すものにある「ポスト・タイプ・アーキテクチャー」という概念が端的に示すように,仕事場が変容している背景には,「そもそも『オフィス』的な機能や空間がなくても働けるじゃん」という態度がテクノロジーの発達と共に芽生えたことにあると思います.

そういった要因もあり,近年,デスクが整然と並んだモノトーンなワークプレイスに,家やカフェのような設えが導入される傾向にあるわけです.
そうした中,ひとつ注目したいのは,それがいわゆるオフィスビルの中での出来事なのか,あるいは空き家,築古ビル,倉庫,工場など,非オフィス空間での出来事なのかということです.
最終結果としての表層(内装)のイメージやテンションは写真としては似るけれど,根底にある働き方に対する想像力は結構違うものだと思います.その点で,たとえば,MEC PARKUn.C. –Under Construction–はオフィスビルの内でのことなのか,外でのことなのかという違いで対照的なプロジェクトに思えました.


中村  MEC PARKはオフィスビルというビルディングタイプの中でいかに内装を崩していくかという取り組みですね.

MEC PARK|
メック・デザイン・インターナショナル 三菱地所設計

大手町パークビルディング(『新建築』2017年9月号掲載)の3〜6階に入る三菱地所の新本社.
「公園のようなオフィス」をコンセプトに,自然に人が集い役職や性別などに関わりなく意見交換が生まれる空間とすることが意図された.同社が自らのオフィスを実験・実践の場とすることで,時代と共に変化するワークスペースのショールームとしての役割を担うことが期待される.

比較的大きな企業であっても,オフィスを突破口に働き方をシフトさせていこうとしています.

大手門タワー・JXビル/大手町パークビルディング(大手町ホトリア)|
山極裕史+高田慎也/三菱地所設計(大手門タワー・JXビル)
宮地弘毅+小池秋彦/三菱地所設計(大手町パークビルディング)


オフィス,商業施設からなる「大手門タワー・JXビル」(右),オフィス,商業施設,サービスアパートメントからなる「大手町パークビル」(左).この2棟および東側の大手町センタービルの3棟で「大手町ホトリア街区」を構成する.
皇居側に約2,800㎡の緑豊かなホトリア広場を設けるほか,大手門タワー・JXビルの地下に濠の浄水施設を儲けるなど,皇居を中心とする都市生態系への配慮がなされている.

そのような時代の流れをうまく受け止めているのがG-BASE田町です.

G-BASE田町|設計施工 清水建設

2本の幹線道路をまたぐ不整形地に建つオフィスビル.
西側の三田通りに面する地上18階建ての高層棟と,東側の第一京浜に面する地上3階建ての低層棟からなる.東側のエントランスへと続く外構は多くの樹木を植え,周囲に密集する建物の圧迫感を和らげると共に,ベンチやハンモックを配置することでワーカーの憩いの場所となることが意図された.

建築的には内装はほぼ仕上げずにスケルトン状態で賃貸し,テナントに仕上げを委ねていますが,組織的な視点から見ると,働き方の変化と共にオフィスデザインへの意識が高まっているからこそ,賃貸オフィスのあり方としてとても合理的だと思いました.

一方で,デザインされたオフィス空間は,竣工後にちゃんと使われる場になるのかが,いちばん大切だと思っています.
たとえば大企業で,最近言われているような共創型の組織運営が本当にできているのかというのは疑問です.

オフィス空間から働き方が変わり,組織運営にも変化が起こるとよいと思いますが,クラシカルなツリー型の組織のままなのに共創を誘発するようなオフィスをつくるだけだと何も変わりません.
オフィス空間もしくは組織運営の変革の二者択一ではなくて,もう少し自然にその両者の関係性を紡いでいる事例として,馬場正尊さんたちのオフィスであるUn.C.があると思います.

Un.C. - Under Construction -|
馬場正尊+大橋一隆+平岩祐季+福井亜啓/Open A


ビル全体の改修設計者であるOpen Aのほか,約40名の個人・企業が働くシェアオフィス.オフィス内にはさまざまな廃棄物を再加工してつくられたプロダクトが散りばめられている.Open Aと産業廃棄物処理会社ナカダイの共同プロジェクト「THROWBACK」のプロトタイプ.

コワーキングで社内外を緩やかに繋いでいる彼らのワークスタイルが表出しているようで,オフィス空間と理念がリンクした「着慣れている」オフィスという印象を受けました. 




スケルトンとインフィル,「演出的な」オフィスデザインについて

  オフィスビルに限っていえば,G-BASEが象徴するように,今後スケルトンとインフィルの分離はますます進んでいくのだと思いました.
それは中村さんが指摘するように組織的視点から空間がより重視されるようになったからこそだと思います.

一方,オフィスビルはあらかじめスケルトンで規定されてしまう部分も多くあるわけで,オフィス空間が組織的問題を離れ,演出的なものとしてひとり歩きしてしまうのではないかとも危惧しました.


中村  確かにオフィスデザインはインテリアトレンドにも影響されやすく,演出的なものが多いのも事実です.しかし,建築的な見方をすると内装としてのオフィスデザインは表層的な設えに見えるけれど,実は組織のいちばん奥の企業文化などとリンクしている事例も生まれてきていると思います.

たとえばアメリカのgoogleのようなオフィスデザインは本質的で面白い.企業として顧客満足度と同じように従業員満足度も考え,オフィスにいる時間の豊かさをいかにつくるのかが重要になっています.
その視点で言うと,SUPPOSE DESIGN OFFICE 東京事務所 社食堂は,居心地のよさをつくるという社内向きのアプローチと地域に開くという外向きのアプローチの結節点として,オフィスが社食堂として立ち上がってきていて面白いと思いました.

SUPPOSE DESIGN OFFICE 東京事務所 社食堂|
谷尻誠・吉田愛/SUPPOSE DESIGN OFFICE


広島と東京の2拠点で活動するSUPPOSE DESGN OFFICEの東京事務所のリノベーション.オフィスと,外部の人も利用できる社食堂(カフェ)を同じ空間に同居させ,仕事と暮らしが混在する環境を生み出すことを目指した.中央にオープンキッチンを設えることで,緩やかに領域をつくり出している.


  企業や組織の持つ文化がいかに地域や社会と結び付くかということですよね.そういう意味で,UCLA テラサキ リサーチセンターは,身廊と側廊のような古典的な言語でタイポロジカルに解いていることが逆に新鮮に見えました.

UCLAテラサキリサーチセンター|
阿部仁史アトリエ House & Robertson Architect

ロサンゼルスにあるテラサキ研究所のための新しい研究施設.外部から連続する多目的廊下を囲むように,周囲に研究室を配置している.屋根はグラスファイバー補強のPTFE膜からなる.中央にはクローム仕上げによるファイバーグラスで成型したアキュラスを設け,内部と外部の世界を映し出す.

真ん中のアトリウムは,欧米社会が社会的コミュニケーションの基盤としてきた「パブリックスペース」を体現している空間です.だからこそ信頼感と安定感があり,実際に機能していくのだと思います.

文化や社会を創出していくためのコミュニケーションの基盤が共有されているからこそ,建築家は奇をてらう必要はなく,素直にそれを空間化すればよい.こういうことが実現可能な社会的条件に憧れすら感じます.


中村  東京大学柏の葉キャンパスでは,コーヒータイムになると専門の異なる研究者が中庭に集まって語らう仕組みがあると聞きますが,こちらでは仕組みではなく文化レベルで振る舞いが共有されてそうですね.


連  その点でいうと,さくまオフィすも自分たちの働き方の振る舞いそのものからジワジワと生み出された空間だなという感じがして面白かったです.
棚は,建築事務所として最適化されているシステムになっていますし,112〜113頁のものと人が積層する空間が一望できる見開き写真(下写真)は衝撃的です.

さくまオフィす|大建設計 なわけんジム

地方都市の中心地に位置する設計者・大建設計の自社オフィス.
資料などのモノをあえて露出させる「オープンシェルフ」などの建築化された家具「ファニテクチュア」によりメンバー間の情報共有を促進.また,空間構成をスキップフロアとし,チームを跨いだ座席配置とすることで,オフィス全体としての情報共有の誘導・展開を引き出すオフィス空間を実現.

働く人それぞれの居場所は分散的だけど,コミュニケーションの効率化は失われていない.インターネットの特性が空間化したような印象すら持ちました.




自社オフィスの変容

中村  他にコロプラの開発拠点であるCOLONY箱根は,ビルディングタイプとしてはオフィスとは言えない空間が,働く場所となっています.

COLONY箱根|
岡部憲明アーキテクチャーネットワーク+三井デザインテック(インテリアデザイン)


企業の研修や,チームでの合宿作業の場として計画された滞在型のコミュニケーションスペース.東側に広がる台ケ岳の裾野に建てられた円環状の建物に大小さまざまなミーティングスペース,客室30室,温泉施設が入る.

阿部さんの論考のように,現代のワークプレイスはいろんな所に散在していることを示している事例です.普段のオフィス空間にとどまらない働き方が,ビルディングタイプを変形させているとも言えそうです.


連  さくまオフィスCOLONY箱根をはじめ,信毎メディアガーデンワコール新京都ビルエイベックスビルは自社のオフィスですね.後者の3作品は,組織の外部や他者をいかに空間的に取り込んでいくかを模索していると感じました.

信濃毎日新聞松本本社 信毎メディアガーデン|
伊東豊雄建築設計事務所

地元新聞社の本社移転・新築に伴い,オフィス機能に加え,地域に開かれた商業施設とコミュニティゾーンを併設する計画.上層部は木製格子によってファサードを覆い,低層部はGRCとガラスによるルーバーを立て掛け,西日を遮りつつも中の賑わいのにじみ出しを意図した.街路に面した広場では,祭りやマルシェなどまちと連続したイベントが行われる.

ワコール新京都ビル|
総合監理・設計監修 ユウ・コーポレーション


社員の8割を女性が占める京都の老舗企業の新社屋.1,2階には「美」に関するスクールやライブラリー・コワーキングスペース・ギャラリーを備えた「ワコール・スタディホール」が入り,一般市民へ向けた「美」の知識・情報を発信する施設として機能する.波状のアルミダイキャストのフィンを反復させることで,風に揺らぐ絹をイメージしたファサードとしている.

エイベックスビル|
設計施工 大林組


エイベックス社の本社建て替え.
100m超の超高層ビルの基壇とアプローチとなる大きな広場空間を設えた.高さ9mの大庇がエントランスの構えを形成する.幅約5.5mの大階段越しに六本木方向へと視線が抜ける.外部とのコラボレーションを促すためのコワーキングスペースやスタジオを設け,また,社内のコミュニケーションを流動化させるためにフリーアドレス制を導入した.

こうして各作品を見比べると,冒頭の中村さんの指摘に繋がりますが, ユーザー自身のワークスタイルが変化しないと,空間も発明的なものにはしにくいのだなと感じます.


中村  実際にワークプレイスを手がけていて感じますが,クライアントの働き方まではなかなか介入しにくいのです.建築論壇でも触れられていますが,どういう主体を建築がエスタブリッシュしていったかという視点は重要だと思います.

丸の内開発から,霞が関ビルへ,そして高層オフィスビルが林立する東京へ.そこから六本木ヒルズができて,「ヒルズ族」という言葉が生まれていった.
つまりはブルーカラーからホワイトカラー,そしてTシャツへと新しい働き方を自然に実践している組織に向き合い,彼らのワークプレイスをデザインしていくことが,時代を前に進めていくように思います.
どんな主体を時代の先端として捉えるか,という嗅覚が大切ですね.


 この状況に対して,建築家自身がひとりのプレーヤーとしてどのように振る舞えるかということだと思います.クライントワークと合わせて,自らが新しいワークスタイル・ワークスペースの実践者として,私たち自身が変わっていくことも期待されているのではないでしょうか.
(2018年7月14日,青山ハウスにて 文責:本誌編集部)





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