noteを連続投稿して気づいたこと
先日で、noteの連続投稿が30日になりました!
ちょうど一ヶ月というキリがいい数字なので、気持ちよかったです。
継続力のない僕は『継続のトレーニング』の意味もあって連続投稿をスタートしたのですが、それによって得られた思わぬことを書いてみたいと思います。
◆気になったことをネタにすると得られる副産物。
毎日なにかを書こうと思うと、書くことがないと困るので、自分がふと気になったり意識したことをnoteに書けるかな・・・?という視点で自動的に考えるようになりました。
単純作業をしているときなどは、いくつかの候補の中からネタに出来ることを少しだけ頭で組み立ててみて、その上で書けそうだったら書くような方式をとっています。
書こうとしてから考えるとなかなか指が進まないので笑
その中で気がついたのですが、人間は自分に興味がないことはあまり書きたくないものですから、興味のあることを書きたくなるわけです。
そして、記事を書くときには念の為いくつかの情報をみて大きな間違いがないかを確認したり、自分の認識と正確な情報にズレがないかを確認したりするわけですが、実はこの作業に大きな価値があると思うようになりました。
★興味を持つ→更に情報を調べる→自分の頭で組み立てる→noteに書く。
この一連の流れの中でインプットとアウトプットの組み合わせが完成しているのです。
結果として、興味を持ったことを一段階深く知ることが出来て、記憶にも定着しやすくなるので、何となく本を読んでいたりするよりも頭の中に入ってくる感覚があります。
例えるならば、食べ物を胃に詰め込むのではなくて、しっかりと咀嚼するような効果があり、結果的に栄養になるような事です。
◆発信するものが一番得られる。
自分がなにかを書くことで、その文章を一番見ているのは誰か?
当然自分自身です。
文章のつながりや、漢字のミスがないか、おかしな表現がないかなど推敲をしながら記事を書き上げるわけですから1000文字程度の文章であっても労力を注いでいるわけです。
そして、その分だけ記事の内容自分の脳に刻まれていきます。
自分が発信するということで、自分が一番学ぶことが出来るということがわかると、記事を書くときに意識が変わってきます。
自分自身がこんなことに興味があったんだな・・・と自分自身を知るための備忘録のような役割も果たしてくれるわけですから。
◆まとめ
毎日の発信を31日してみて思ったのは、自分の興味があることを調べて、精査して書き出すという行為そのものが、自分自身の一番の学びになると気が付きました。
インプットばかりではパンク状態になり、アウトプットばかりでは同じ話になる・・・それをバランスよく保ってくれるのが自己発信なんだと思います。
もしこの記事を見て、なにか発信したいと思った方はnoteオススメですよ★
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