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苦い体験思い出す-皆野アルプスを行く破風山ハイキング①

大丈夫、大丈夫、大丈夫。

天気はいいし、家の中にいてもちゃんと平凡な幸せに囲まれているよ。制限はあっても私は大丈夫、我慢できる。今は我慢するとき。

4月からコロナによる外出規制がかかった。自粛という名のある意味強制。外に出ない時期、出られない時期。ずっと続くわけじゃないし、いつかは終わる。大丈夫、それまで私は出来る子だから。

のんは毎日のように心で呟いていた。自分の中に溜まるウズウズ、自由に動けないストレスに気づいて気づかぬふり。それに引き換え、夫のたぁはダメージが少なく、日々の幸せをしっかりと感じて生きている。家好きたぁは外に出られなくても十分、楽しむことが出来るのだ。

5月に入り多くの県で規制が解除された。しかし二人が住む東京都の自粛規制は延長、がっくり首を落とすのん。

「仕方ないよ。家が安全だよ。」

たぁはなんら問題がない様子。でものんは違う。困る、もう無理さぁ。心の中でインナーチャイルドは膝から砕け落ちヘロヘロに座り込んでいた。

「出かけたい。」

我慢ならんと散歩にでかけるのんにたぁの目は厳しい。たぁはニュージーランド人、日本にいながら英語圏からたくさんの情報が届く。さらにのんは軽度ながらも喘息持ちときたものだ。乾燥した季節になれば夜中、咳に悩まされ続け最近やっと軽くなったばかりだというのに。彼の心配はありがたいが、それがまたのんの行動を妨げる。

5月も下旬になり東京の自粛規制もやっと緩和された。まだまだ他県への移動は控えるよう要請がある。のんが一番求めていることはただただ緑に囲まれたい。人混みとは縁遠い森の中で癒されたいのだ。

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「山行きたいよぉ。」

たぁも長らく我慢してきたのんに同情を覚え始めている。規制も緩和された今、場所によっては行っても良いかもと気が動く。

このチャンス、逃してなるものかっ!

友人によれば有名なハイキングコースには人が集まりいつも以上に混雑しているらしい。そのような状況はのんも望んでいないし、たぁから賛成を得られるわけがあい。人が少ないマイナーなコースならたぁも許してくれるはず。元々たぁは田舎暮らしの山男、自然と遊ぶために出向くのは苦にならない。ただ自らスケジュールを組むのが嫌なだけ。ならばとそそくさと予定を組むのがのんのお仕事。次に行くコースとして既にこれという候補がある。

「ねぇ、たぁ、破風山再チャレンジしない?」

「あぁ、あそこからいいかもね。」

昨年夏、入山すぐに断念した破風山。今でものんの頭にしがみついている記憶。

その日の天気予報は曇り、朝起きて空を見上げると雲合間から光が差し込んでいた。「これならOKねっ」と出発したものはいいものの、乗り換えで西武秩父駅に到着した時にはまさかの雨。ポツポツ小雨だけど歩く人は傘をさしている。

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ハイキングコース出発駅である皆野駅に到着しても雨は止まらない。お天気アプリで再確認すれば、曇り予報は12時まで雨へと変わっていた。まぁ森に入ってしまえば木々が雨を避けてくるわと能天気な二人組は大渕登山口へと到着。ワクワクし入山したものの、道は細くて登り傾斜はきつく、雨の影響で滑りやすい。災難は続き、道にはばかる蜘蛛の巣。顔にかかったり、足に引っかかったり、三歩ごとに巣を払っていた。さらに蚊の応酬、ちょっとで止まると数匹の蚊が肩に足にと止まってくる。登り始めて15分くらいで既に楽しさより不安が顔を出す。こんな状況でも楽しむのが山男たぁ。

「ここをクリアして、前に進もう。戦わなくちゃ。」

彼の頭の中はなぜだがロールプレイイングゲームの世界。しかしこれをきっかけにのんの心が大きく動く。

「戦わないよ。私は自然とは戦わない。自然とは一緒に生きていくの。」

瞬時に言い放たれた言葉。のんはたくさんのハイキングや旅を通し自然は敵う相手ではないと学んできた。自然の手のひらで安全に平和に癒され、転がされていたいのだ。そして自らが作り上げていた強行ハイキングという無理強いから解放される。

「ねぇ、今日、止めよう。なんだかいろんなことが行っちゃだめって言っている気がする。止めてもいい?」

どちらかが危険を察知し、コース序盤で断念するのは初めてではない。今ならまだ間に合う。

「うんっ、いいよ。」

無念を胸に二人は西武秩父駅まで戻り、祭りの湯で癒されて帰って来たのだ。苦いようでいろいろと学んだあの日。


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