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師走の奇跡

年末、Suicaをチャージしようと駅の券売機に向かうと、券売機の前の床にビリビリに破かれた大量の馬券が散乱していた。

以前、競馬をやっている人が「ハズレ馬券をビリビリに破くのは儀式だ」と言っていたので「年末だし、有馬記念に大負けした人の儀式か。でも、こんな場所で儀式はしない方が良いな、儀式は聖地でやるものだから、中山競馬場で、、、」と、くだらないことを頭の中でブツブツ呟いていると、急に「叔父の言葉」に関するいくつかの思い出が蘇ってきた。


小学校低学年の頃のある年末、北海道に住んでいた叔父が東京に住む僕の家にやってきた。
叔父は人をもてなすことが好きな性格で、親戚と会う時などは必ずといって良いほど皆を食事に連れて行ってくれる人だった。
だが、なぜかその年、叔父は家族ではなく小学生の僕だけを連れ、電車を乗り継いで銀座にあるシチュー屋に連れて行ってくれた。

銀座からの帰り道、駅へ歩いていると叔父が急に「浅草に寄ろう」と言った。
「花やしき?」と聞いた僕に叔父が「大人の花やしき」と答えた。

浅草に着き、大人の花やしきに行ってみると、そこは本物の花やしきのすぐ目と鼻の先にある場外馬券場だった。

場外馬券場に入ると叔父は僕の手を握り「絶対に離れちゃだめだぞ」と言った。
床に散乱するハズレ馬券。
歓喜の興奮と絶望の唸り声が混ざり合う独特な気配。
階段に座り、新聞紙を雑巾の水を絞るように捻り続ける爺さん。
人生で初めて見たその光景は小学生の自分にとって「異空間」そのものだった。

馬券を記入する台にたどり着くと、叔父が馬券を買うための用紙と鉛筆を僕に差し出し「好きな数字を2つ塗りつぶして」と言った。
僕が初めて買った馬券は誕生日の数字の馬連だった。

場外馬券場から出た後、玩具屋で叔父からのクリスマスプレゼントにガンダムアレックスのプラモデルを買ってもらい、競馬のことなど忘れ、鼻息荒く「アレックスはやっぱりカッコいいな!惚れちゃうね!」と心ここにあらずの状態で歩いている僕に叔父が言った。

叔父「競馬、当たるといいな」
僕「当たったら奇跡だね」
叔父「まぁ、当たらないよ」
僕「じゃあ、なんで買うの?」
叔父「みんな、ワクワクを買っているんだよ」
そして、叔父は少し間を開けて、僕にこう言った。

「でも、、、当たる可能性はあるよ、日常でも毎日、気づかないけど奇跡は起こっているんだから」

叔父は特に意識して言った言葉ではないだろうが、その言葉が子供心にすごく印象に残った。

翌日、叔父と一緒に有馬記念をテレビで見た。
僕も叔父もハズレていたが、叔父はなぜか悔しそうではなかった。
「ワクワク」を買っていたからだろう。


それから数十年後の師走、駅のホームで一人で電車を待っていた際、「叔父の言葉」を思い出す出来事に遭遇した。

ホームで電車待っていると自分の右隣にゆっくりとした歩みで人が近寄ってくる気配を感じた。
チラッと右隣を見ると、そこには紺色の浴衣を着た巨体の幕内力士が立っていた。
その駅は両国に近いという場所柄、力士を見かけることも多い。
「力士のヘアワックス『びんつけ油』の香りはとても落ち着くんだよなぁ」と、右隣の力士にバレないように息を大きく吸い込んで、鼻をフガフガさせていると、自分の左隣に別の人がやってきた気配を感じた。
「力士にフガフガ」していることがバレたかもしれないと思い、慌てて冷静を装い、何食わぬ顔で左隣の人を見て、驚いた。

そこには、黄色の法衣を着た細身のタイ人風の僧侶が立っていた。

力士、自分、僧侶。
力士と僧侶に挟まれ、まるで、格闘ゲームのストリートファイターの世界観に入り込んだような不思議な感覚だ。
しばらくすると電車がやってきたので、力士、僧侶、自分という順で電車に乗り込んだ。
乗客の中には驚きの表情を浮かべる人もいて、車内には「特別な車両」という空気が漂っていた。

電車が動き出した後、「力士と僧侶と一緒に電車に乗り込むなんて、もう一生ないよなぁ」と窓の外を見ながら感慨にふけっていると、なぜか、ふと、あの時の叔父の言葉が頭をよぎった。

「日常でも毎日、気づかないけど奇跡は起こっているんだから」

奇跡に気づいた師走だった。

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