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アイアンワーム 第三話 出会い

暗闇から、小さな光がぼんやりと現れ、次第に姿を形成し始めた。
裸の鋼と長い棚が垂直に交錯する、無機質でシンプルな天井だった。
 
背中から伝わる不規則な揺れが、彼の意識を徐々に引き戻した。
それは時にガタっと跳ねるように揺れた。
彼がいる部屋全体が揺れているようだった。
 
床下から、低く鳴り響く音が這い上がり、その音と振動はレイジの肉体を揺り動かした。
キシキシという金属が擦れる音が頭上から響き渡り、それに合わせて天井が微妙に揺れる。
 
一瞬の間、レイジは自分がどこにいるのかを理解しようとした。
 
視界がクリアになっていくにつれて、ガラス窓の向こうに動き続ける風景があることに彼は気付いた。
緑豊かな木々、遠くに続く山々。
全てが外を過ぎ去る風景の一部として、彼の視野を駆け抜けていった。
それはレイジが初めて乗る古びたバスの中だった。
 
彼の視線が周囲を巡ると、バスには様々な旅人が乗車していた。
その一人、17から18歳くらいの少女がレイジへと視線を投げかけ、話しかけた。
 
「目が覚めたの?」
その言葉は、久しぶりに人から聞いた言葉だった。レイジは彼女に尋ねた。
「ここは?」
「私たちのバスの中よ」
「君たちは誰?」
「私たちは、襲撃されたシェルターから逃げ出したの、人々が集まる街へ向かっている途中なの、それで、あなたは?」
「父と二人で暮らしていたけど、父が亡くなった。だから人がいるところを目指していたんだ」
その時、一人の中年の男性が「飲め」と言って、携帯用のパックに入ったスープを持ってきた。
スープを一気に飲み干し、少女に向かって声を掛けた。
 
「僕は、なんでここにいるんだ?」
少女は目を丸くして彼を見つめた。
「道端で倒れていたからよ」
「そうか…空飛ぶワームに刺されたんだ」
「危なかったね」少女は思慮深く首を傾げて言った。
「大抵、その後で肉食のワームが来ちゃうんだ」
 
重い沈黙が二人の間を流れた。
感謝の言葉を編み出すため、レイジは再び口を開いた。
「本当に、ありがとう」
 
「ええと、」少女は頬を染めながら返答した。
「見つけたのはうちの大将だったの」
「大将?」
「そう、さっきスープを運んでくれた人、ゴンさんと呼んでるんだ」
 
「ゴンさんか」レイジは思わず笑ってしまった。
そして、突然気になったことが一つあった。
「君の名前は?」
「私はミナ」彼女は明るく答えた。
「僕はレイジ、ミナは家族はいるの?」
ミナの笑顔は一瞬で消えた。「みんな…死んじゃった」
 
「ごめんな、」レイジは無意識に頭を下げた。
「無神経な質問をしたね」
「ううん、大丈夫、今はここにいるみんなが私の家族だから」ミナは再び微笑みを見せた。
 
会話が終わるとレイジは、窓の外へと視線を移した。
廃墟と化した街が流れていった。
倒れた電柱。空洞と化した家々。
バスは地面の穴を避けながら、ゆっくりと進んでいった。
レイジはバスの車内で揺れるリズムに身を任せ、再び静かな眠りに落ちた。
 


レイジが次に目覚めたとき、何もかもが静かだった。
目の前に広がるのは、見慣れない椅子の背もたれだった。
ああ、そうだ、そう思い出した。彼はバスに拾われ、ここで一夜を過ごしたのだ。
しかし、バスはもはや動いていなかった。
レイジはぼんやりと頭を上げて周囲を見回した。車内には彼以外に誰もいなかった。
 
彼は窓の外に目をやると、そこにはバスの乗客たちが集まっているのが見えた。
レイジもバスから素早く降り、みんなの元へと足を運んだ
 
「おはよう、レイジ」ミナの言葉が朝日に照らされた彼女の顔と共に飛び込んできた。
彼女の手にはカップが握られ、その中には奇妙な香りが漂うスープがたっぷりと注がれていた。
それをレイジに手渡す彼女の笑顔は、疲れた彼の心を癒してくれた。
 
周囲を眺めると、大人たちが大きな鍋を囲み、何かを共同で煮込んでいた。
斧を手に薪を割る者、集まった食材を鍋へと投入する者。
4、5十代と見受けられる人々が多かった。
 
ミナから手渡されたカップを受け取ったレイジは、その中のスープを一口飲むと、思わずその味わいに目を丸くした。
人参やジャガイモ、根菜の味が広がり、その上には香り高い野草やハーブが絡み合っていた。
しかし、その風味には彼の舌が認識できない何か独特な風味が混じっていた。
そんな時、メーという声が聞こえてきた。
レイジがその声のする方向を見ると、一頭のヤギが居た。
ミナが彼の驚きの顔を見て、微笑みながら語った。
「ヤギを連れてきたんだよ。その子のミルクで作ったスープだよ」
「へー、これがヤギか」レイジは驚いた顔でヤギを見つめ続けた。
 
その時、どこか頼もしさを湛えた男性がレイジに近づいてきた。
「やあ、レイジ君…でよかったかな?」と低い声で問いかけてきたのは、ミナが以前「ゴンさん」と呼んでいた男性だった。
 
「こんにちは、えっと…ゴンさん?」とレイジが少し戸惑いつつも尋ねると、ゴンさんは温かく頷いた。
「ああ、そうだ。ミナから話は聞いてるよ。君が一緒に行きたければ、我々も歓迎する」
 
レイジは少しだけ驚きながらも「本当にいいんですか?」と投げかけた。
ゴンさんはにっこりと笑って「ああ、若者は貴重だからな」とゆったりと語った。
 


再びバスが走り始めた。
エンジンの唸り声が心地よく響き、途切れることなく道路を進んでいった。
しかし、その静寂を破るように、突如、運転席からゴンさんの大声が響いた。「ワームでいっぱいだ!」
 
レイジがすぐさま前方を見ると、目の前の道路上にはフナムシのような形状をしたワームが大量に湧いていた。
バスはその上を容赦なく踏みつけながら突き進む。
バスはガンガンと揺れ、その度に身体が浮かされる感覚に襲われた。
そして、飛びかかってくるワームを、バスはスピードを上げ、跳ね飛ばした。
 
ワームの群れが次第に途切れると、窓の外に飛行型のワームが現れた。
しかし、スピードを上げたバスは、その飛行型のワームも容易く跳ね飛ばした。
 
「どんなもんだ!」ゴンさんが運転席から叫んだ。
その声が車内に響き渡る。
しかし、道路の先の方に視線を向けると、ブルドーザーのような巨大なワームが道路を塞いでいた。
 
「やばい! みんなつかまれ!」と叫び、ブレーキを強く踏み込んだ。
みんなが前方につんのめる。
バスは道路脇の小さな木を薙ぎ倒しながら、ようやく止まった。
 
しかし、猪のように大型ワームが突進してくる。
「みんな、外に出ろ!」とゴンさんが叫ぶ。
乗客たちはすぐにドアや窓から飛び出し、バスの外に逃げ出した。
 
「バン!」と、大型ワームがバスに衝突した音が響いた。
人々は近くの森に逃げ込んだ。
高い木々に覆われた森の中には大型ワームは侵入できない。
 
しかし、安心したのもつかの間だった。
空からブーンという音が聞こえ、見上げると例の飛行型ワームが追いついてきていた。
ひとつのワームが人々の前に迫った。
 
「伏せろ!」とゴンさんが叫んだ。
その直後、パーンと甲高い音と共にワームが砕け散った。
見ると、ゴンさんが散弾銃を手にしている。
パーン、パーンと次々と引き金を引くと、ワームを撃ち落としていった。
みんなは頭を下げ、その光景を見守っていた。
 
そのとき、森深くから異様なキーキーという声が響き渡った。
その甲高い鳴き声は、人々の心を凍り付かせた。
 
森の奥に目を凝らすと、体長に匹敵する巨大な鎌をもつ、人くらいの大きさのカマキリのような姿をしたアイアンワームが数匹、素早く向かってくる。
 
ゴンさんは即座に銃を向けて引き金を引く。
しかし、その弾丸はアイアンワームの丈夫な金属製の体にほんのわずかな傷をつけるだけだった。
ゴンさんが再度引き金を引いたが、やはり効果はない。
アイアンワームが素早く近づいてきた。
 
誰もが絶望的な状況に覚悟を決めたその瞬間、バリ!という音とともに眩しい光がボール状の何かから放出された。
ビリビリと電気がスパークし、ブブブという重低音が響いた。
そして同時に、カマキリ型のアイアンワームが突然足を止め、そのまま土にスライドするように倒れ込んだ。
飛行型のワームもそのまま下へ落ちてきた。大型ワームも動きを止めた。
 
レイジが何かを投げたのだ。
「みんな急いでバスへ!」と彼が叫ぶと、一同はハッとした表情でバスになだれ込んだ。
 
ゴンさんがバスをバックさせ、一気にアクセルを踏み込んだ。
後ろのミラーに映るワームたちの姿は次第に小さくなっていった。
 
「すごいな、ありゃ何だ?」とゴンさんがレイジに尋ねると、レイジは「あれは特製のプラズマ弾です」と答えた。
「プラズマ弾?」とゴンさん。
「そう、電気のスパークです、ただ、主な機能はその後の妨害電波です、ワームはお互いの通信が途切れると、何をしていいかわからなくなり動きが止まるんです」
一息ついて、「まあ、しばらく経つと自立行動に切り替わったり、周波数を変えたりして効果がなくなるんですけどね」とレイジが説明した。
 
「しかし、すごいもんだな」とゴンさんがバスを運転しながら感嘆の声を上げる。
レイジは「父が作り方を教えてくれたんです」と答えた。
その瞬間、レイジの表情が曇った。
彼の父はかつてアイアンワームの開発者の一人だったのだ。
その事実を考えると、申し訳なさと悲しみが彼の心を交互に襲った。
 



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