見出し画像

アイアンワーム 第四話 囚われ

バスは窓から見える景色を飲み込みながら、ゆっくりと進行を続けていた。
海沿いの道では、遠くには広大な青い海原が広がっていた。
その先には、漁港の名残が見受けられ、散乱する破損した漁船や錆びついたクレーンが時の流れを物語っていた。
川沿いに移ると、丸いガスタンクの上部が無残にも裂かれ、静寂に包まれた土地に散らばっていた。
対岸には、高層マンンションが倒壊し、コンクリートの瓦礫が階段のように連なっていた。
そんな情景を静かに眺めながら、バスは進んだ。


日も沈もうという時、前方に車止めが現れ、進行を妨げた。
 
「今度は何なんだ」とゴンさんがうんざりするように声を上げた。
 
バスは静かに停止し、レイジ、ゴンさん、そして数人の男性たちは慎重に車から降りた。
目を凝らし、周囲をじっくりと見渡した。
だが、目立った異変は見当たらなかった。
ゴンさんが車止めに手を向けようとしたその瞬間、何かが彼の手を止めさせた。
彼はゆっくりと森の方を見つめ、レイジも彼の視線に従って視界を移した。
 
ほんの一瞬、動きがあった。
草木の間から、弓や槍をこちらに向けた人々が静かに姿を現した。
ゴンさんは即座に銃を取り出し、構えた。
レイジも急いで伸縮式の棒を取り出し、伸ばした。
 
しかし、彼らの目の前に立っていたのは、自分たちの数を圧倒するほどの人々だった。
約五十人、あるいはそれ以上かもしれない。
 
「武器を捨てろ」と弓を構えた女性が一歩前に出てきた。
「大人しくすれば悪いようにはしない」
ゴンさんもレイジも人間同士で殺し合うつもりはなかった。
彼らは素直に武器を地面に置いた。
「バスの中に入れ」とその女性は言った。
ゴンさんやレイジ達が中に入ると彼らも中に押し入った。
そして、乗客一人ひとりに手錠をかけた。
リーダー格らしいその女性は、運転席に乗り込むとバスをゆっくりと発進させ、横道に入った。
しばらくすると、大きなコンクリートの門が見えてきた。
門の上には有刺鉄線があり、見張りの人が立っていた。
突然、バスの中が明るく照らされる。強烈なサーチライトだった。
「ここはなんなんだ?」とレイジがつぶやいた。
そのとき、門がゆっくりと開き、バスは吸い込まれるように中へと進んでいった。
 


レイジたちはバスから降ろされた。
彼は周囲を見渡した。
 
高さを競うかのように天へと突き刺さる巨大な塀の奥に、堂々とした建物が存在感を放っていた。
この塀はかつては厳格な管理と抑圧の象徴であったが、今では外界からの脅威から人々を守る、信頼できる防壁となっていた。
塀の下には、見張りのためのテントが勢揃いし、武装した人々が警戒の眼差しを放っていた。
広場には、大量のソーラーパネルが整然と並び、その電気は塀の中を明るく照らしている。
建物の外側には、難民キャンプを思わせるような景色が広がっていた。テントが並び立ち、その間を縫うように人々の生活が営まれていた。
各テントには独自の特徴があり、布地やビニール、トタンなど様々な素材で構築されていた。
テントの間には共有の食事スペースが設けられ、一部では火を囲む人々がドラム缶で料理を作っていた。
その火の周りでは、会話や笑い声が聞こえてきた。また、牛や山羊などの家畜を手懐け、それらを大切な生存資源として扱っていた。
人々の生活で賑わい、老若男女が日々を共有していた。
ドラム缶を囲む火の輝き、山羊や牛を引く鈍い音、すべてが彼らの生命力を物語っていた
 
手錠をされたまま、レイジたちは中心にある建物の中へと連れてこられた。
重々しく閉ざされる鉄の扉を何度も通過し、やがて彼らの視界に鉄格子で覆われた一連の部屋が広がった。
「これが牢屋か…」とレイジは内心でつぶやいた。
「入れ」と一言言われ、彼らは手錠を外され、四人ずつ牢屋に収容された。
レイジの入った牢屋は、おおよそ8畳ほどの広さの部屋だった。
畳の上には薄いカーペットがひいてあり、その奥には簡易的な流し台が設置されていた。
流し台の向こうには、驚くほど広々とした鉄格子付きの窓があり、そこから向かいの建物の灯りが瞬く夜景を照らし出していた。
窓の脇には簡易的な仕切りで囲まれた和式トイレがあり、その隣にはトイレットペーパーに代わる見慣れぬ四角い紙が丁寧に置かれていた。
牢屋に彼らを連れてきた初老の男が外から言った。
「それはちり紙というんだ、ここではそれを使うのが伝統だ」男性は笑いながら続けた。
「まあ、しばらくの辛抱だ、初めは皆んなここに入れられるんだよ」
「ここは一体なんなんですか?」レイジが問いかけると、男性は淡々と答えた。
「ここは元刑務所さ。今は、元囚人と地域住民が共に暮らす街だけどな」
「刑務所…」
「そう、支配しているのは元囚人たちとその子孫だ、それらを束ねているのは、囚人のリーダーだった男の娘だよ。アリサっていうんだ、名前だけは可愛いだろう?」男は、笑いながら言った。
 
男は、足りない物資や女を地域の街や旅人を襲って手に入れていると語った。
「特に燃料は貴重だからな、バスが来てくれて嬉しいよ」
それを聞いて、レイジは焦ったように言った「ミナ、一緒にいた少女は無事なのか?」
 
男は、少しニヤつきながら言った「安心しな、女には手を出さねえよ。アリサがリーダになってから、すっかり厳しくなっちまってな」
男は続けた、「おっと、喜べよ。風呂の時間だ」
レイジは男性の導きに従い、巨大な風呂場へと連れて行かれた。
視界に広がるのは、数十もの洗い場と、細長い湯船が二つ並んだ壮大な風呂場だった。
そのうちの一つにはぬるめのお湯が張られており、その存在だけで彼の心は躍り立つような期待に包まれた。
 
しかし、湯船の表面には厚みのある垢が浮かび上がっていた。
それでも、風呂に浸かれるという事実だけを思い、自分を励ました。
「まだまだ、ここは楽園だ」、彼はそう自分に言い聞かせ、その垢浮かびの湯船に足を踏み入れた
その夜、レイジは久々に布団で寝ることができた。
牢屋の中だが、不思議とレイジの心は落ち着いていた。
 
次の日、朝日がまだ昇る前に、レイジたちは叩き起こされた。
「朝だ、起きろ!」初老の男性が唐突に部屋に飛び込んできた。
「お前らも生きていきたいなら働くんだな、こっちに来い」と彼は言った。
何枚ものドアを開き外に出ると、そこには鍬が置かれていた。
「畑を増やさなければいかん」と言った。
「俺の名前はカズマサだ、今からここでの畑作業のやり方を説明する、あんたらは、この作業を覚えなければならんよ。よく見て、よく聞け」と彼は言い、説明を始めた。
 
まずは鍬を手に取り、カズマサは土を掘り起こし始めた。
「土を鍬で掘り起こすんだ、柔らかくなるまでしっかりと掘り返せ」彼は深さは種の二、三倍ほどになるように深く掘り、隣の溝まで一定の間隔を保つように手本を見せた。
 
次に、カズマサは溝に肥料を均一に散布した。
「次に肥料だ。これは生物の排泄物や枯葉などを集めて作った有機肥料だ」彼は溝に肥料を散布し、それを鍬で土と混ぜ込んだ。
「これを種を蒔く前にしっかりと土に混ぜ込むんだ、肥料が土になじむことで、作物はしっかりと根を張り、栄養を吸収できる」
 
そして最後に、種を蒔く作業だ。
「各溝に一定の間隔をあけて種を蒔き、その上を土で覆う、わかったか?」彼は教えるように種を蒔き、その上を土で覆った。
「これが基本だ。これを覚えて、ちゃんとやれば、作物はちゃんと育つ」
カズマサの言葉は厳しさの中にも親切さが込められていた。
 
農作業しながら、数日が経った。
夕方、作業の終わる頃、リーダーがみんなを集めた。
「いいか、貴様らに選択肢はない。ここの住民として生きろ。我々と共に働け、戦え、その代わり、自由と食糧、生活を保障する」と言った。
その日から、牢屋の鍵は外され、荷物も返された。
もう、彼らの行動を阻むものはない。
 


夜になると、レイジは久々に外に出た。
空を見上げると、満天の星々、その中心に明るく輝く月が浮かんでいた。
そんな星空の下で彼は少女と再会した。
 
「レイジ」
「ミナ」
「無事だったか?」
「うん、無事だよ」
「よかった、本当に…」彼女の声は微かに震え、その目は言葉以上の何かを伝えていた。
「ミナ、僕も同じだよ」
 
ミナは優しく、しかし確かにレイジへと寄り添った。
その温もりは彼女の安堵と喜びが交錯する心情を静かに伝えていた。
それぞれの思いを胸に秘め、二人は無言のまま座っていた。
静寂と共に流れゆく時間は、それぞれの心をゆっくりと癒やしていった。
その日は、星々が天空できらめき、地上のすべてを静かに包み込む。
美しく遠い天体の光は、未知なる明日への期待と不安、そして希望を二人にささやきかける。
そう、新たな日々が、ここから始まる。


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?