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後悔。_黒瀬海雨

お姉ちゃんが死んだ。

その話を耳にしたのはお姉ちゃんが姿を消した夜から4日後の夕方頃だった。
“ 黒瀬海雪 ” の妹である私、“ 黒瀬海雨 ” はその話を聞いた時は不思議と悲しみを感じられなかった。
聞いた当初は信じられない一心だった。
お姉ちゃんが自殺するような状況に置かれていたか、なんてわからなかったから。
悲しみより疑問が勝ってしまった。

( お姉ちゃんは、いつも胡桃先輩と楽しそうに
学校に行ってた…
お姉ちゃんを虐めるような人が居たなら、
胡桃ちゃんが黙ってなかったはず。
お母さんともお父さんとも、仲が良かった。
なら… 何が原因…? )

こうして振り返りながら考えてみると自分は姉のことを全然知らないんだという事に気付かされる。
両親共に、お姉ちゃんが出掛けてから帰ってこなくなったということもありここ数日はかなり慌ただしくしていた。
そして今は、お姉ちゃんが、海雪が居ないことに悲しみ、泣いている。
…なんで海雨は、泣いてないんだろう。
ただ部屋の片隅に蹲っているだけの現状。
なんの感情も持てなかった自分にゾッとしてベッドの上に置かれたスマホを手に取る。
アプリを開き “ かえで ” と記された連絡先に数件のメッセージを送る。
間もない間に静寂だけが残されていた質素な部屋にお姉ちゃんが好きだったユニットの音楽に設定された着信音が鳴り響いた。
画面も何も見ずに画面をスライドし着信を受けると 「 海雨ちゃん!? 」 と私の名前を呼ぶ大きな声が鼓膜を刺した。
そこからの会話は少し地獄だった。

「 …お久しぶりです、楓先輩… 」

「 大丈夫…?
海雪ちゃんのこと… 」

「 …お姉ちゃんが居なくなって、両親は泣いてるのに、海雨だけ泣けなくて… 」

敬語を使わなきゃ、と思っているのに口から出る言葉には敬語の欠片もない。
それでも楓先輩は優しく、私の話をしばらく聞いてくれた。
一通り話した後、沈黙だけの時を過ぎす。
楓先輩がん〜…と唸った後に、私が思いがけなかった提案をしてきた。

「 海雨ちゃんさ、この後の予定空いてる?
お兄ちゃ…一稀も会いたがってたし、会わない?
無理に、とは言わないから。 」

なんて答えよう、暇ではあるけれど、お母さんたちがなんと言うのか想像もできなかった。
“ 少し待って欲しい ” と告げミュートボタンを押し、部屋を出て母の元へ駆け寄った。

「 おかあさ、 」

「 海雨は寂しくないの?
お姉ちゃんが居なくなって。」

「 っ…、 」

喉元まででかかった言葉が止まる。
あ、えっと、と時間を稼ぐ言葉しか発せなくなる。
そこにピンポンと明るい音が重い空気を纏う家の中に鳴り響いた。
無言でインターホンを覗き込む母親。
ゆっくりとこちらへ目線を変え、私が玄関から出るように指示した。
誰なのかはわからない。
サンダルに足を通してガチャリとドアを開けるとそこには未だ通話の繋がったままの楓と一樹の姿。
明るいトーンで母親に挨拶をする楓ちゃん。
何やら色々なことを話している楓を遮り、「 海雨ちゃんを少しの間お借りします 」と単刀直入に申した一樹くんに母親は頷いた。

『 変なことしたら許さない 』

目線でそう訴えかけた母親に楓ちゃんは微笑み続ける。
必要そうなものだけを部屋から持ち出し2人の後を他愛無い話を交わしながらついて行く。
電車を乗り継ぎ着いた先は広い海。

「 あの…っ… 」

「 ここね、胡桃と海雪ちゃんが旅立った場所。 」

なぜ海に連れてきたのかを聞こうと思った直後、心を読まれたように欲しかった返答が返ってきた。
一樹くんが少し大きなショルダーバッグから封筒を取り出し、私に手渡した。
もう既に開封されていた封筒の中には6、7枚の白い紙が入っていた。
“ 読んでみて ” と言われ遠慮気味にその紙に触れた。

『 拝啓 私の大切な皆様へ ‪✕‬月‪✕‬‪✕‬日 』

整った綺麗な文字が綴られた手紙の内容は “ 消えることを選んでごめんなさい ” ということと “ 一緒に過ごせた日々が幸せでした ” ということ。
そんなことが5枚ほどの便箋に書かれていた。
その中で2枚、色がついていた。
1枚は私が好きな薄い紫色の便箋。
もう1枚は赤い薔薇が刻まれた便箋。
なんだろう、と手に取った瞬間、

「 その紫色のお手紙は海雨ちゃん宛。
もう片方はご両親宛だよ。
あ、内容は読んでないから安心して!! 」

緩やかに波打つ水平線の海の音に乗せられた楓ちゃんの透き通るような声。
風に吹かれてカサリと音を立てる便箋。
一樹くんに “ 早く読みなよ ” と急かされ目を通す。



『 私のたった1人の妹 海雨へ。

この手紙を読んでるっていうことは、私はもう居ないっていうことかな?泣いてない?大丈夫?
突然姿を消して、次お話するのが手紙でごめんね。
こんな自分勝手なお姉ちゃんでごめんなさい。
こんな紙切れじゃなくて、もっとちゃんと書いたお手紙あるから、このお手紙が入っていた封筒の中にある鍵で私の部屋にある鍵のかかった引き出し、開けてね。 』



読み終えた後、コンクリートの上でカチャンという音が鳴った。
逆さまになった封筒から落ちた1つの鍵。
一樹くんがサッと拾い上げ、私の目の前でそれを揺らした。

「 読んだ? 」

「 …読んだ。 」

手を差し出すとそこに鍵を置いてくれた。
楓ちゃんはいつになく大人びた表情で水平線の向こうを見つめていた。
じっと見詰める私の視線に気付いた楓ちゃんはにこりと笑顔を作った。

「 ごめんね、こんな所に連れてきちゃって。
お家、帰ろっか。 」

少し長い髪を耳にかけ、海に背を向けた。
見せないだけで胡桃ちゃんが居なくなったことが辛いはずだ。
膝丈のスカートが翻ってより一層彼女が綺麗に見える。

( …お姉ちゃんも、こんな感じだったな )

あくまで相手は先輩。
お姉ちゃんとは大きくかけ離れた存在。
行きと同様、どうでもいい話を3人でしながら家の方向へ向かう。

「 少しでも会えてよかった。
お手紙も無事渡せたし… 」

電車に揺られぼんやりと外の風景を眺めていると今にも涙が零れそうな瞳を揺らしながら言葉を続けた
楓ちゃん。
その横で自身の太腿の上でぎゅっ、と強く拳を握る一樹くん。
かなり苦しい状態だったはずなのに、私をお姉ちゃん達が去った場所に連れてきてくれた2人。
詳しいことを知らされなかった私は全てを知った気がしてしまった。

「 …連れてきてくれて、ありがとう、 」

少し昔に戻ったような口調でお礼の言葉を述べる。
その時私は漸く乾いた瞳から雫を零した。




家に帰ると母親が待ち構えていた。
どうやら無事に帰ってくるか心配してくれたらしい
先程一樹くんから預かった手紙を母にも渡す。
事前に抜き取っておいた私宛の小さな鍵と薄紫色の便箋だけを手に持って何も変わっていない、変えていない姉の部屋へ立ち入る。
そこは相変わらず綺麗に整備されていて、暑い夏に相応しい涼しげな部屋だった。
勉強机の横に設置された唯一鍵が掛かっている引き出しの穴に鍵を差し込み回す。
思ったより簡単に空いた引き出しの一番見やすいところに 『 海雨へ 』 と書かれた濃い紫色の封筒があった。
伸ばした手を出しては引っ込めて、を繰り返すこと数分。
謎の覚悟を決めその封筒を抱えて自部屋へ戻った。
予想以上に頑丈に貼り付けられたテープを剥がし、中身を覗く。
手紙は4枚ほど入っていた。
一通り目を通し、胸がきゅっと締まった。


( 手紙の内容は別小説内 )

ぽたぽたと溢れる涙。
くしゃりと音を立てた紙。
もっと姉と話せばよかったと今更する後悔。

「 っ…おね、えちゃっ… 」

ボールペンで書かれた文字は私の流した涙によって滲む。
更にくしゃくしゃになる紙と私の顔。

「 海雨が、もっと、お姉ちゃんとも、胡桃ちゃんとも、仲良くできてたらッ… お姉ちゃんは、生きててくれた…?変な一線を引かないで、ちゃんと話せてたら、多少は “ いい妹 ” になれてたッ…? 」

ひっくと音を立てながら嗚咽を繰り返す。
今更後悔したってもう遅いのに。
“ ごめんなさい ” という言葉を繰り返すうちに泣き疲れて眠ってしまった。
目を覚ました頃には深夜の1時10分で。

( 1時11分だったら、別れ、って意味になっちゃうな… )

と、いつか目にして覚えた知識が蘇る。
チクタクと鳴る時計の長い針が10から11へ移動した頃、また寂しさと後悔を覚える。








“ たった1人の姉が居なくなった ”








その後悔を背負いながら、
この先も私は生きていく。

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