甘いこじつけ

百貨店のデパ地下、休憩所のベンチに60代後半の女性が座ってまい泉のカツサンドを食べていた。
分厚いカツが挟まれたサンドイッチを、そろえた両手でつまみ、ゆっくりと食べ進んでいる。
女性の隣には、ラミネート加工された丸い注意書きの紙(空間を空けてお座りください)が座っている。
私は3人がけベンチの右端に座り、買ったばかりの温かい肉まんをプラスチックの折詰から取り出した。バッグの中にはあると思っていた除菌シートが見当たらない。ビニール袋ごしに肉まんを掴めば大丈夫、一口食べた。

「あなた、これ使う?」
ラミネートの隣に座っていた女性が、除菌シートのパッケージのフタをめくって私に差し出していた。

ありがとうございますと頭を下げ、引き出したシートで手を拭いた。
肉まんを袋から出して食べる。ふたくち食べて食欲がそれほどなかったことに気づく。もう一口、半月にえぐられた肉まんの先端をかじって食べかけの湾曲線を均してから、半分以上残った肉まんを折詰に戻してフタをした。
ふと横の女性に意識を向ける。


受信します、みたいな空気はソーシャルディスタンスを越えて相手に届くらしい。
女性は私の方を向いて、明日が病院なのだと話してくれた。何かの数値を検査するという。
薬をこの時間帯に飲まなければならないのでねぇ、食べてるの、と。そうなんですね、と答える私。

女性はカツサンドの空っぽになった折詰を袋に入れてから、ふうと息をついてデパ地下の食品売り場に貼られたワカメのポスターを眺めている。
湯呑み茶碗に入った温かいお茶を渡せたらいいのに、きっとカツサンドの余韻に合うだろうに。
そう思いながら膝に置いた私のバッグの中をもう一度見下ろす。除菌シートも温かいお茶が注がれた湯呑み茶碗もない。
黄色の長方形が見えた。森永キャラメルだった。
親指と中指でスライドしたら銀紙に包まれたキャラメルが4、5個、するっと滑り姿をあらわした。
よかったらどうぞ、と女性に見せる。
あらありがとう、と女性はキャラメルを一つつまみ上げて、もう一度、あら、という顔になった。

「今朝のね、ほら、朝の占いの、目覚まし時計ってテレビあるでしょ、あれで今日のラッキーな食べ物がキャラメルだったわ」

そうなんですか。そんなことがあるですね。
ラッキーフードなら、もう少しいかがですか。ラッキーが続きますよ。
私より小さく私より皺の深い、清潔そうな手のひらにキャラメルを2個さらに載せると、あらら、ありがとう、と女性が笑った。


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