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#美の来歴

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古今の美術作品と歴史のかかわりをたどるエッセイ。図版と資料をたくさん使って過去から未来へ向かう、美の旅へようこそ。
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#文芸評論

三島由紀夫という迷宮⑧  「この庭には何もない」       柴崎信三

三島由紀夫という迷宮⑧  「この庭には何もない」 柴崎信三

〈英雄〉になりたかった人➑

 最後の長編小説『豊饒の海』の第一部『春の雪』の雑誌連載は、脚色、演出、主演まで担って自作の『憂国』を映画化した1965(昭和40)年に始まっている。ノーベル文学賞の有力候補に名前が挙がり、日本を代表する作家として前途は洋々とみえた。自身が生きてきた時代を舞台装置に選んで、〈伝統〉と〈行動〉、〈時間〉と〈輪廻〉という主題をつないで描いてゆくたくらみは、戦後の三島のなか

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美の来歴㉔
失われた〈風景〉を探して  柴崎信三

美の来歴㉔ 失われた〈風景〉を探して  柴崎信三

〈故郷喪失者〉東山魁夷と川端康成 その魂の邂逅

 〈国破れてこのかた一入(ひとしお)木枯(こがらし)にさらされる僕の骨は、君という支えさえ奪われて、寒天に砕けるようである。君の骨もまた国破れて砕けたものである〉

 敗戦から二年余りの冬、畏友横光利一の突然の死を悼んで、川端康成は遺影にそう語りかけた。未完に終わった長編小説『旅愁』で〈西欧〉と向き合いながらついに和解を果たせなかった「同志」の死は

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