写真の向こう側へ ~イスタンブール旅行記②~

着陸したがイスタンブールに来た実感は不思議とない。なんだかんだ空港のゲートをくぐり、街へ向かう何らかの公共交通機関に乗るまではなかなか実感はわかないものだ。バゲッジコレクションで自分の荷物が出てくるか不安だし、閑散としたバスプールに点在する無数のバス停のうちどれを利用すればいのか、またそもそもバスに乗れるくらいの現地通貨を持ち合わせているのかすら分からない。結局の所、そこらへんにいる人に話しかけて教えてもらうのだが、目隠し手探りの状況ではどうしても不安なもので異国情緒に浸る余裕はあまりない。バスに乗って一安心かと思いきや、私はそのバスが正しいバスかを確認するために定期的にGooglemapで現在位置をトラッキングしてしまうタチなので心休まらず、興奮とは裏腹に宿についたらまず寝ようかなとすら思っていた。しかしそんな悠長なことは言っていられない。なにせ今バスを降りた私は、かのアヤソフィア大聖堂と思われる建物を前にしているのだ。何度も教科書やテレビで見てきた。脳内で「トルコ」と検索をかければ、金角湾と並んで浮かんでくる情景を、今肉眼で目視している。爆音で街に響くコーランはこの寺院の尖塔から流れているようだ。ユーラシア大陸を東西に二分する街のシンボルとして、情勢によってその役割を変えながらある意味世界の中心に君臨してきた巨大建造物はその荘厳な風格を遺憾なく漂わせている。ヨーロッパで多く見られるゴシック系のキリスト教寺院は高い鐘楼を携えていて、その縦に長いスラッとした出で立ちと鐘の甲高い響きが貴婦人のような美しさを醸し出しているとしたら、ビザンティン様式のアヤソフィア大聖堂はどちらかというと横に長くどっしりとした出で立ち、兜のような半円ドーム、そして鋭い尖塔が重装歩兵のような重厚な雰囲気がある。中身が気になるが、もう夕方なので、中に入るのは明日にしようと思う。有り余る異世界感に四日間浸れる喜びを噛み締めながら宿に向かった。

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宿はアヤソフィアから徒歩五分くらいの観光にはうってつけの場所だ。(URL of applehostel) 今回滞在するのは一部屋ベッド8つのドミトリーで半分が埋まっていた。私のベットはトイレ&シャワーのすぐとなりでこんなに嬉しいことはない。なんだかテンションが上がってきて、外に繰り出したくなった。運良くロビーで偶然に合わせた同室のオーストラリア人女性とSIMカードを買いに出かけることになり、街を歩きながら数日前から滞在している彼女から駅の位置やトラムの乗り方、おすすめのケバブ屋を教えてもらった。彼女は半分働いて半分旅するという生き方を意識しているらしく、当然それに憧れる自分がいた。アルバイトではないが、数ヶ月の休みを普通にくれる夢のような会社に勤めているらしく、そんな世界もあるのだなと感心する。確かクロアチアに行ったときも釣り船の船長が「半分働いて半分休む。そんなもんだよな、がははー」っと言っていたな。いいなーそういうの。
結局simカードは買わなかった。宿のロビーにはwifiがあるし、たまには自分の外からのディストラクションを減らして直感的に観光するのもいいだろう。

宿に戻って翌日の計画を立てていると、宿の利用者が上の階に続々と上がっていく様子が伺えた。レセプションで聞いてみると、屋上にはテラスがあって、今日はパーティをするそうだ。騒がしいのが得意ではないので行くか迷ったが、セレンディピティを求めるような気持ちで顔を出してみることにした。テラスでは宿泊客が五人ほどテーブルを囲んでいた。内訳は、さっきのオーストラリア人女性、カナダ人の男性、ネパール人の男性、トルコ人の男性二人だ。トルコ茶を片手に、ゆったりとした会話のキャッチボールに混ざった。いつからイスタンブールにいるのか、次はどこに行くのか、なんの仕事をしているのか。どんな人が何の話題をどれほどの深度で話すのかはそれぞれ違うこのような場面では、手探りなコミュニケーションが時々煩わしくなる。空気を読みおのおのが自身の一部を削りエンターテインメントとして提供する、あるいは自身の余剰をエンターテインメントの名目で押し付ける。それはキャッチボールというよりかは、雪合戦である。言い換えればマスターベーションのようなものかもしれない。「トルコは海が綺麗だよね!」だなんて見ればわかるし、「おお日本から来たのか!侍!アニメ!」みたいなやり取りは飽き飽きだ。純粋に私の英語力が低いだけかもしれないが、仮に日本語だとしても儀礼的で表面的なやり取りは楽しいものではない。私は他の宿泊者の話を聞きながら、どうせならサシでもっと深く突っ込みたいなと思い始めた。

するとネパール人のヒマラヤという男性がギターを持ち出し、歌い始めた。

Today is gonna be the day that they’re gonna throw it back to you…

周囲も徐々に加わる。私は一際大きな声が図らずとも出てしまった。

Because maybe… you’re gonna be the one that saves me… and after all… you are my wondrewall…

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一本のアコギと疲れでしぼんだ声によって奏でられる我々の歌声は、儚くも凸凹の多いイスタンブールの街に飲み込まれてしまう。しかし私の中では不思議とこだましていた。その残響がしばらく続いたのは、固く閉ざした扉のせいだろうか。


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