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お金を儲けることに対する罪悪感

お金を儲けることは悪いことではない。

お金を頂くというのは「信用」や「ありがとう」を頂くこととニアリーイコールだし、「お役に立てた」ことの証左でもあるし、実際にお金と商品・サービスの交換によって世界が保有する価値は増えたわけで、素敵なことだと思う。

そう頭では、理屈では理解しているつもりなのだけど、無意識のレベルでどうしても「悪いこと」と思ってしまう自分がいる。

例えば、 note の有料コンテンツ化。note は記事を売ることができるけれど、これをやってみることは私にとってはたぶん物凄くストレスになる。勇気がいるし、なんだかものすごい記事を書かないといけないような気になるし、色んな批判を甘んじて受けなくてはならないような気になる。

例えば、クラウドファンディング。個人的な夢や目標に対してフットワーク軽く Try してみることは想像するだけできつい。単に「お金が欲しいです。協力してください」とは言えない。何か立派で、社会に良い影響があって、自分ごとだけではない、みたいな免罪符をどうしても求めてしまう。

例えば、働くこと。生活のために働くことを肯定せず、何か社会貢献だとか、夢だとか目標だとか、立派そうな理由がないと落ち着かない。

つまり、私はお金を儲ける時に「何かもっともらしい、耳触りのいい理由」を常に欲し、他者に対するエクスキューズ(言い訳)を常に欲している。言い訳してから儲ける、という構造に嵌りこんでいて、いきなり初手から儲けるというアクションに出られない。

「お金を儲けることは悪いことだ」という無意識レベルの思い込み、そして他者からの評価に対する恐れ、すべてはこの二つから私のお金に対する非積極的な態度は形作られているのだろう。

怖いけど、少しづつ商売を自分で行ってみて、「悪いことではない」という「実感」を刷り込んでいくしかないのかもしれない。

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