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【小説】風呂とコーヒー

僕は、風呂が嫌いだ。

僕は外に出ない、なぜならこのインターネット社会において外に出ることとはすなわち無意味だからだ。そしてそんな外に出ない僕は汗をかかない。なぜならエアコンで常に部屋はちょうどいい温度が保たれているからだ。そんな僕に「風呂」という存在は無意味である。汗もかかないのに、汚れてもないのに、人と会うわけでもないのになぜシャワーを浴びなければならないのか、なぜ体の在りもしない汚れを落とさなければならないのか、まったくわからない。風呂に30分入るなら僕はその時間をもっと有意義に使っている。僕は風呂に毎日入る馬鹿とは違うのだ。

そんな僕に会いたいという青年がいた。名は明智。彼はわざわざ僕に会う場所にカフェを指定してきた。オンライン上じゃダメなのかと聞いたのだが、感染対策はしているカフェだからと答えられてしまった。仕方なく僕は久しぶりに風呂に入って明智に会いにカフェまで歩いた。僕だって、人に会う前日くらいは風呂に入る常識はある。

「久しぶりだね、中学の卒業式以来だから5年も経つのか」

明智はそう言って慣れた様子でコーヒーを頼んだ。僕はコーヒーも嫌いだ。嫌いと言っても飲んだことないのだが、苦い飲み物なんて飲む気もしない。コーヒーが好きな人の気が知れない。僕はオレンジジュースを頼んだ。

「どうしたんだ? 急に会いたいなんて」

「いやここの近くの会社にはインターンで来ていてね、だからついでに会いたくなったのさ。」

明智はコーヒーを一口飲んだ。

「君は最近どうしてるの?」

「僕? 僕も明智と似たようなものだよ。これからインターンを申し込もうとしているところ」

僕もオレンジジュースを少し飲む。カランカランと氷の音がした。

「そうなんだ! インターンはいいよ。僕、まだ自己分析が全然できてなくて、いろんな業種を見て回ってるんだけど、すごく勉強になるんだ。」

明智はコーヒーカップを置いてさらに言葉を続ける。

「今日は銀行のインターンだったんだけど、社員さんの考え方にすごく共感できてね。ぼくは案外銀行が向いているのかもなぁ」

別に明智にインターンを勧められなくても行くつもりだ。しかもいろんな業種だと? 僕も業種は決まっていないが、業種なんて地元の適当な会社に行けばそれで事足りるだろう。明智の誇らしげな話し方に少しイラっとしたが、それ以上に気になったことがあった。

「ちょっと待て、明智。お前まさか、自己分析なんてしてるのか?」

「え、君はしてないの?」

明智はポカンと僕を見た。僕はその態度にさらにイラっとして、椅子の背もたれにドカッと寄りかかる。

「自己分析なんてエントリーシートを書くときに考えればいいだろう。あれをする人の意味が分からない。だって、分析してもしなくてもどうせ書くことは同じなんだからね。そんなこと、時間の無駄でしかないだろう」

僕は言い終わるとオレンジジュースを飲みほした。明智はやはり馬鹿だ。コーヒーを飲む時点でどうかと思ったが、自己分析なんて最近できたブームにのかって時間を無駄に浪費しているなんて就活の負け組がすることだ。明智は残念ながら就活が失敗するだろう。

「たしかにそうだ、君の言うとおりだ」と落ち込む明智を想像していたのだが、なぜか明智はにやりと笑って僕を見ていた。

「安堂くん、きみ、自己分析したことないだろう? したことない人に意義なんてそりゃわからないよ」

「なっ!?」 

明智は味わうようにゆっくりとコーヒーを飲んだ。

「安堂くんの自己分析なんてしてもエントリーシートに書くことは一緒って意見、それ誰かの受け売りだろう? 自己分析をやってみて、本質的な意味を理解して、それでも必要ないという意見ならわかるけど、君はその意味を見いだせてないと見た。」

「なっ…!?」

なんだこいつ!! 僕はオレンジジュースを飲もうとしたが、もう空になっていることに気づいた。なんて失礼な奴なんだ明智は。久しぶりに会った僕にそんなこと言うか? 普通。しかも自己分析をしたことないということが当たっているのもさらにいらついた。

「なんだよ明智、お前こそ本当の意味とやらを分かって自己分析してんのか? 時間を無駄に浪費しているだけじゃないのか? どうせブームに乗っかているだけなんだろう。」 

思わず思ってたことを言ってしまった。怒るだろうなと明智を見ると、明智は少し表情を和らげながらコーヒーを飲んでいた。

「僕も昔、そう思ってたんだよ」

コーヒーを飲み終わると明智は僕のほうを見た。

「でも先輩に言われたんだ。やってもないのに知った気になったらダメだって。井の中の蛙になってしまうって。それがいいといわれるのにはそれなりに理由があるはずなんだ。その理由を、やる意味を、逆にやらない意味を、自分で見つけて判断してからじゃないと、やる意味もやらない意味も何も見いだせない、ってね。」

明智はそこで一度言葉を切った。

「先輩にそういわれたとき、正直説教臭いなと思ったよ。でも半信半疑に自己分析すると、僕にとって自己分析は必要不可欠だって感じたよ。自分を客観的に見るのがへたくそだったからね。逆に必要ない人は必要ないだろうということも分かった。僕はそれから、自分のイメージや人の話だけ聞いて判断することを辞めたんだ」

明智は僕の目を見つめる。

「安堂くんは、自分のイメージや偏見、人の話だけで判断することってないかい?」

明智に見つめられて、僕は、何も言えなかった。のどがカラカラと乾いてきて、とりあえず僕はコーヒーを注文した。


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思いついたお題を使って小説を書いてみる、ということをやってみました。お題は「お風呂」と「コーヒー」です。ですがうまく繋げられなかったし、書きたいことをうまくまとめられなかった…

ごりっごりの就活話ですみません。もっと小説練習しよう…。


椎名ゆず。

いただいたサポートでおいしいごはんを食べたり本を読んだりしようと思います。明日への生きる活力をつけたい