【恐い話】角の花束
とある会社帰りの平日、最寄り駅から家までの道で無性に煙草が吸いたくなり、行儀の悪いことですが人目につかない路地に入り込んで紫煙をくゆらせながら歩いてみることにしました。
このご時世ではなかなか見ないであろう、歩き煙草です。場所によっては過料も取られるそうですからとんと目にしなくなりました。
すると、曲がり角にまだ草花も新鮮で目新しい花束を見つけました。
そうか、どなたか亡くなられたような事故があったのかな、と少し立ち止まり、心の中で数瞬黙祷を捧げました。
すると
「なんでしんだとおもうのかなあ」
と、右の耳朶を揺らしてへばりつくような吐息とともにスローモーション再生されたときのような、ボイスチェンジャーで変換されたような声が聞こえてきました。
脊髄反射でバッと右に振り向き、左に数歩後退りし、右耳を手で抑えました。
するとまた
「はなたばがあるだけなのに」
左の耳朶がぞわぞわっとしました。
左側から聞こえた声は先程と同じものでした。
火の付いた煙草を放り、両耳を塞ぎ左右をキョロキョロとしながら屈み縮こまる姿は傍から見ればさぞかし滑稽だったでしょう。
そしてまた
「だれもしんではいないよ」
今度はうなじが悍ましい気配に包まれました。
両の耳を塞いでいたのに、まるで頭蓋骨を振るわすことで鼓膜を直接揺らしたようにくっきりと聞こえました。
四方八方を見破るかの如く振りかざす視線には誰も何も映りませんでした。
「死んでは、いないよ」
スーツと革靴であることも顧みず脱兎の如く逃げ果せようとした矢先に両耳に飛び込んできた台詞は、これまでと打って変わった、深く暗い湖の水面のような明瞭で貫禄のある声でした。
ふと、目に入った供えられた花束は、先程見つけたときとはまるで別物のように包装紙は色褪せ朽ち果て、花々は小汚いドライフラワーのように枯れ果て一滴の水々しさも残っていませんでした。
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