宗教2世って ①
使命を持った子
最近、巷でよく耳にする「宗教2世」というワード。
安倍元首相が暗殺された日からよく聞くようになりました。
かくいう私もその「宗教2世」です。
両親共に熱心な「創価学会」の会員で私も生後間もなく入信しておりました。
学会員の間では、「福子(ふくし)」とも言われます。
私の名前も池田名誉会長につけて頂いたと両親から言われてます。
恐らく、他の学会員の家庭でも両親共に学会員であれば、その両親から生まれた子供は学会員になるでしょう。
そして、両親や住んでいる地域の同じ学会員から「使命をもった福運のある子」と言われていると思います。
周りとの違和感
小学校に通うようになると、月に一度、日曜日に地域の学会員の子供達が集まる会合(少年部員会)に参加するようになります。
これは、中学(中等部)、高校(高等部)、専門学校・短大・大学(学生部)と各世代で会合が開かれるようになります。
その時に「あっ、〇年✕組の△▢君も学会員なんだ…。」なんて事もありました。
友達の家に遊びに行く事があると、自分の家と友達の家の違いに気が付きました。
どの友達の家にも自分の家にあるような仏壇がない…
池田先生の写真もない…
同じ学会員の友達には、学校で自分が学会員だということは、周りに言ったらダメだよ。って言われました。
「あぁ、もしかしてウチは、みんなの家とは違うんだ。」「学会員っていうのは、なんかよくわからないけど、何か後ろめたい事なんだ。」と子供ながらに思いました。
小学生までは、親に言われるがまま会合に出ていましたが、中学生の頃には、全く出なくなりました。
心に植えつけられる信仰という支配
私の両親は、非常に熱心な信者ではありましたが、決して家庭を蔑ろにするような事はありませんでした。
父は高卒で上場企業に勤め、学会ではその地域の幹部でもありました。
母は中卒で率先してPTAの役員を務めるなどして毎日忙しい人でした。
先にも述べましたが、とても子供達を大事にしてくれて、休みの日には遊びに連れて行ってくれたり、勉強を教えてくれたり、時には厳しく怒られる事もありましたが、圧倒的な愛情を注いでくれたと今になってみれば思います。
他の宗教2世の方の話しを見聞きすると、クリスマスのイベントは全て不可。修学旅行で他宗の寺や神社の参拝はしない。地域の盆踊りには不参加等々…他宗に関するイベントや行動について制約があった風な事がありましたが、我が家では一切そのような事はありませんでした。
むしろ、信仰に固執するあまり社会性の欠ける事があってはいけないと考えていたようです。
当時、子供なりに感じていたことは、他の友達と何ら変わらないけど、ちょっとだけ違う程度。
違う事と言えば、
家に大きな仏壇がある事。
池田先生の写真が飾ってあること。
朝晩、仏壇に向かって勤行(読経と「南無妙法蓮華経」繰り返しと唱題する事)して願いが叶うようお祈りする事。
月に何度か会合に出る事。
家には、普通の新聞とは別に「聖教新聞」が届く事。
選挙になれば、「公明党」を応援する事。(もちろん当時は子供なので具体的に何もしてません)
自分には御本尊様がある。池田先生がついている。勤行をすれば必ず幸せになれる。
それ以外は、みんなと変わらない。
そう、ほんのちょっとだけしかみんなと変わらない。
その他は、全部「普通」。
いつしか自分にそう言い聞かせるようになりました。
※創価学会を批判、中傷するつもりは全くなく私の人生を振り返った時に「宗教2世」というワードに対しての私なりの純粋な思いを綴っております。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?