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「真の栄誉に値する人物」「手柄がある」「大いに称賛したい」 慌てず騒がず偉業を成す日本人研究者 HIV発見者問題 番外編

ジョン・クルードソン著「エイズ疑惑」(小野克彦訳、1991年紀伊國屋書店)から、意外なHIV発見のいきさつをこれまで3回紹介してきましたが、日本人研究者がレトロウイルス研究に果たした役割について最後に紹介します。
レトロウイルスとは、RNA(リボ核酸)上の遺伝情報を逆転写酵素でDNAに作り替え、感染細胞の染色体に組込むことで生きた細胞に入り込むウイルス。ウイルスRNAやメッセンジャーRNAが次々と合成します。エイズウイルスもこの一種です。
 
「HIVがエイズの原因である」と証明したというギャロ博士がレトロウイルスの父となった業績が
1980年ギャロ研究室で成功した最初のヒトがんウイルスの分離です。ポイエスとルセッティの若い研究者二人が、ギャロの2か月の長期海外旅行中に寝食忘れた研究で成し遂げました。これによって、1982年、「次期ノーベル賞」と言われるラスカー賞の一回目をギャロは「ヒト白血病・リンパ腫の原因となるRNA腫瘍ウイルスの発見を導いた先駆的研究」を理由に受賞します。
 
しかし、ヒトでは見つかったものの菌状息肉腫というきわめてまれなリンパ腫患者から見つかったウイルスでした。ギャロは強引に「ヒトT細胞リンパ腫ウイルス」と命名しましたが、ほかの菌状息肉腫患者からウイルスは見つかりませんでした。
<「私たちは三振アウトでした」とポイエスが言う。「あの時点では、世界の他のどこかで流行病があるだろうなんて私たちには思いもよらなかったんです」
ところが、その流行病が実際にあったのだ。>
<1977年の秋、バーニー・ポイエスがギャロの研究室に来る一年前、熊本の日本人医学研究者のチームが、成人T細胞白血病(ATL)という新しい病気の存在を記載した最初の論文を米国の専門誌「血液」に発表していたのである。>
 
その後の日本側の実績は
▽ATL患者から採取したT細胞増殖に成功(岡山大がん研究所 三好勇夫)
▽HTLVという新しいウイルスがATLと何か関係があると疑い、日本人ATL患者の血液試料をギャロ研究室に送る(京都大 伊藤洋平)
▽三好の細胞から電子顕微鏡でレトロウイルス発見、成人T細胞白血病ウイルス(ATLV)と命名(京都大 日沼頼夫)
<「日本人たちの仕事は病態の研究で推進されました。ギャロの仕事は、ATLについては知らぬまま、このウイルスに出っくわして進められたものです」とロビン・ワイスが言う。彼はロンドンのがん研究所の有名なレトロウイルス学者であり、ヒトレトロウイルス学に関する定評ある教科書の共著者のひとりである。
「日沼があの見事な研究をやったんです」とワイスが言う。「私の考えでは、日沼こそがこの研究で真の栄誉に値する人物だと思います。伊藤についても、ギャロのこの新しいウイルスがATLと何らかの関連があるのでは、と言い出した手柄があると思います。三好に関しても私は大いに称賛したいと思います。三好は控え目で物静かな人物です。彼はこの分野で素晴らしい仕事をやってきました」>
ギャロのウイルスとATLVが同じものかどうかは遺伝暗号を比べることが必要でしたが、これも先着したのは日本側でした。
<1983年の夏、東京の科学者たちがATLVの遺伝子配列を発表、…二種類のウイルスが「きわめて酷似している」ことを決定的にしていた。>
そして、最後に残る疑問は、日本の成人T細胞白血病の原因ウイルスが日本の近辺にも行ったことのない菌状息肉腫の患者であるチャールズ・ロビンソンでどうして見つかったのか。
その答えを出したのも
<日沼頼夫が英国のケンブリッジ大学のレトロウイルス学者エイブラハム・カルパスと組んで、彼らの調べた菌状息肉腫患者のすべてがATLV抗体陰性であったことを発表…ロビンソンが菌状息肉腫ではなく成人T細胞白血病にきわめて類似した新しい型のT細胞がんで死亡したのだ、との結論を下した。>
 
一方、ギャロはと言えば、旅行中に部下が見つけたHTLVについての論文の中で、
「菌状息肉腫」の<チャールズ・ロビンソンの例を「白血病―リンパ腫」として扱い始め、やがて、成人T細胞白血病で死亡した一例と簡略化するようになった。それに伴って、ウイルスの頭文字に変更はなかったものの、ギャロのウイルスの名前はヒトT細胞リンパ腫ウイルスからヒトT細胞白血病―リンパ腫ウイルスへ、そしてついには、ヒトT細胞白血病ウイルスへと変化した。>
 
ギャロはそもそもヒトレトロウイルスの父と呼べる人物なのでしょうか。
権威は実績ではなく政治力でつくられるのですね。

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