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生徒会長になる方法 結ver

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 2022年11月22日、午後三時の東京渋谷スクランブル交差点で大勢の人が血を吐いて倒れた。被害は拡大して、東京各地で謎のウイルスによって死者が多数確認された。世間はこの事を「東京血の海事件」と呼んだ。

 大阪府立のとある高校に通う「豊田美羽とよたみう」には目標があった。その目標を達成する上で彼女にとって、この生徒会選挙はとても重要な意味を持つ。
 美羽が通う学校の生徒会長は代々、男子が選ばれる。しかし、今回の生徒会長立候補者に女子が一名いた。美羽にとっては好都合だった。というのも、選挙管理委員会が発足される前の段階から美羽は、女子の誰かを生徒会長に立候補させるつもりだった。そして、自分は推薦人として選挙に勝利させる。美羽は手当たり次第に女子に声をかけたが、誰も興味を示さなかった。それは男子が生徒会長をやるという風習もあっただろうが、「この学校を変えたい」とか「より良い学校生活に」という向上心のある女子はいなかったからだ。
 校内掲示板の張り紙には二名の生徒会長立候補者の名前があった。男子の「富岡勝とみおかまさる」と美羽が推薦する女子の「白井姫奈しらいひめな」。

「富岡は男女ともに人気がある。先輩からの評価もあるし、かなりの強敵か。でも、私が白井を勝たせる」

 生徒会選挙の相手となる富岡は爽やか系統のイケメン顔で女子から人気がある。明るくて誰とでも仲良くなれる人懐っこい性格は、先輩から後輩にも好かれている。対して、美羽の隣にいる白井は内気な性格で前に出るタイプではない。

「別に勝つとかそういうのじゃないから」
「は? 何言ってんの。白井はさ、生徒会長になりたいんでしょ?」
「いや、私は……」

 白井は自分が生徒会長に立候補した理由を話さなかったが、美羽は察していた。彼女はある女子グループの暇つぶしに利用されているだけ。生徒会長に立候補させ、落選して恥をかかせるのが目的。陰湿ないじめを続ける女子たち、ただ見ているだけの生徒たち、何も気づかない学校。美羽もその中の一人だ。白井が生徒会長に立候補するまで、こうして会話を交わすことはなかった。

「まあ、私が推薦人になったからには必ず生徒会長にさせてみせる」

 意志が固く、張り切る美羽を隣に、白井は極力目立ちたくなかった。このままおとなしく、選挙に落選すればいいと思っていた。

 作戦会議のために美羽は白井を家に招く。

「演説スピーチの文章考えないとだね」

 白井はかばんからノートを取り出したが、美羽は「必要ない」と告げる。

「えっ。でも、立会演説まであと一週間だよ」
「まともに聞いてる奴なんていない。公約並べても簡単に叶えられるわけでもない」
「そうかな?」
「なら、今の会長が選挙活動した時に言った公約覚えてる?」

 すぐに答えることができない白井に美羽はスラスラと告げた。

「それに誰もが、富岡が当選すると思っている。ほぼ出来レースにおいて白井がスピーチに力を入れても厳しいだけ」
「だったら、どうするの?」
「まずはその見た目から変えよう」

 美羽はただの髪の毛を伸ばしている長髪をポニーテールにする。かけている眼鏡を外して、コンタクトに変える。この二点を白井に提案する。

「ポニーテールもコンタクトもしたことがない。それにポニーテールって校則違反」
「校則はバレた時に対処したらいい。それに言いたくないけど、結局世の中見た目がすべてなの。そして、見た目を変えるこそが有利になる。この学校は女子よりも男子が多いから票を獲得しやすい」

 納得している様子を見せない白井に話を続ける美羽。

「生徒会選挙は人気投票でもある。だから、みんな富岡が当選すると思っているでしょ。もちろんそう思っている人は富岡に入れる」
「わかった。豊田さんのいう通りにしてみる」

 玄関で白井を見送る美羽。彼女の作戦が実行される。
 翌朝。待ち合わせ場所に到着する白井の姿は別人だったが、まだ何かが足りなかった。

「どうかな?」

 照れている白井は顔を下に向けている。美羽は気づいた。白井には生徒会長立候補者としての自信と堂々とした風格がない。覇気がないのだ。
 通学途中、周りから視線を浴びる白井はずっと顔を伏せている。第一印象として、見た目を変えたことは効果的だった。だが、見た目を変えたところで中身が変わらなければ意味がない。男子たちもバカではない。見た目だけ変えても大いなる票を獲得するのは至難。
 校門を通り抜け、下駄箱がある玄関に到着した。違うクラスの二人はここで別れる。遠目から、白井を暇つぶしの道具にしか思っていない女子グループが現れるのを目撃する美羽。

「もしかして、白井?」

 彼女たちの声は遠くにいた美羽のところまで届いた。すぐにフォローに向かう。

「朝から暇つぶし?」
「何? 別に挨拶だけど」

 美羽を鋭い目で睨みつけた女子はそのまま去っていった。

「あれがいつもの手口か」

 そう呟く美羽に白井は何も答えなかった。

[2]

 美羽はクラス内で白井のことが話題になっていることに気づく。思惑通りに注目されている。問題は白井に自信をどうつけるかである。いい案が思いつかない美羽は頭を悩ませていた。
 昼休みの廊下。黄色い声援が飛び交っている。富岡が選挙活動に励んでいた。彼は美羽を見つけると声をかけてきた。

「お互いに頑張ろう」

 富岡は手を差し出して握手を求めて来た。周りには多くの生徒。手を交わしたくはないが、ここで拒否すれば悪評が広がる。気づけば、富岡と握手をしていた。彼はその場を立ち去った。
 廊下を歩いていると他クラスの教室から怒号が聞こえてくる。生徒が校内でスマホを触っていたらしい。校則で校内での携帯電話の使用は禁止されている。使っていいのは緊急時のみ。それ以外は電源を切るようになっていた。美羽は緊急時のみ使用可能の校則に疑問を持っていた。いっそのこと、持ち込み自体を禁止にすればいいのにと。それでも校則を破るものは出てくる。
 注意を受けた生徒のスマホは没収された。廊下からその生徒の様子を眺めている美羽。なぜ不満げな顔ができるのかと不思議と思う。

「自業自得だな」

 美羽は歩き出した。
 翌朝。登校する生徒たちに挨拶する美羽と白井。これも選挙活動をする上で大切なことだ。相変わらず、注目されている白井はうつむいている。声も小さい。

「おはようございます!」

 美羽が大きな声で挨拶して、手本を見せたが何も変わらず。彼女は目立ちたくないとボソッと呟く。中身を変えるのはやはり難しいと痛感する美羽。このままだと負けてしまう。

「あのさ、あの連中らを見返したいとは思わないわけ?」
「見返したいとかない……」

 登校する生徒はチラチラと二人に視線を向けて、通り過ぎる。

「私は本気で白井を生徒会長にさせる」

 美羽は改めて自分の意志を伝えた。白井はおどおどとしており、ハッキリと答えない。
 遠くから白井を呼ぶ先生の声が聞こえた。生徒指導担当の先生だ。薄々来るのではないかと予測していた。むしろ昨日、注意を受けなかったのが不思議だ。しかし、このタイミングで来たのは美羽にとって好都合だった。
 女子の身だしなみに「ポニーテールは禁止」という校則がある。

「白井。お前は校則違反している。わかるな?」

 登校中の生徒たちは注意を受ける白井に注目している。その場で結んでいた髪を解く白井。艶のある黒髪が日光に照らされる。美羽が狙っていた第二段階。周りの生徒たちが見ている場所で校則違反を指摘される。校則というものが、如何に不平等なものなのかを示すことができる。白井の他にも校則違反をしている生徒はいる。昨日起きたスマホを没収された生徒のように。しかし、校則違反の注意から免れている生徒がいる。だからといって、校則を破っていい理由にはならない。美羽が訴えたいのはそこじゃない。
 美羽が伝えたいのは、先生たちの中で差別が起きているということだ。誰もその事実を訴えない。

「すみません」

 白井は頭を下げた。先生は「気をつけろ」とその場を去る。

 翌日。白井は学校に来なかった。廊下では富岡が選挙活動に励んでいる。今日も女子生徒の声が聞こえてくる。

「今日、白井さん休んでいるみたいだね。こんな大事な時に心配だね」

 富岡の言葉は嫌味っぽく聞こえた。あちこちと周りから「優しい」という言葉が飛んでくる。白井をただ生徒会長にさせるだけなら、彼を今すぐにでも地に落とせるほどの武器は持っている。でも、ここで使うべきではない。美羽にはしっかりとしたプロセスがある。

「じゃあ」

 大勢の生徒たちを引き連れて去る富岡。美羽は教室に戻る。
 教室。美羽の机に置かれたその用紙は生徒会役員立候補者に配られるものだった。その中に一つ、プロモーション動画の提出があった。美羽の通う学校で行われる立会演説会は立候補者の演説だけでなく、プロモーション動画の項目もあった。生徒たちにより立候補者のことを知ってもらうためである。動画は先生のチェックが入るため、事前に提出する必要がある。その後、編集が後からできないようにデータはずっと預けた状態になる。白井はまだその動画を撮っていない。
 学校が終わり、美羽はスマホの電源をオンにして着信がないかチェックする。白井からは何の連絡も来ていなかった。彼女の家は知らない。美羽はそのまま帰宅する。
 翌朝。就寝前に「一緒に登校しよう」とメールを入れたが返信なし。食事を済ました美羽は一人で登校する。
 学校の正門がもうすぐのところで一人の男子が美羽の前に現れる。

「豊田。話がある」

 彼は例のスマホを没収された生徒である。美羽とはあまり接点がなく、名前も知らない。選挙活動を行っているからか向こうは美羽の苗字を知っていた。

「話って何?」

 彼は物陰に美羽を連れていく。

「これだよ」

 スマホの画面を見せる男子。数人の女子たちが映っているが、顔まではわからない。

「これだよって言われても何?」

 彼は見て欲しい場所を拡大した。美羽はようやくわかった。数人の女子たちは、白井をいじめていた集団だ。そして、動画の終盤には白井も映っていた。彼女は囲まれていた。

「いじめの事実だろ。白井が休んだ前に撮ったものだ」
「で、なんで私に見せたの?」
「立会演説でこの動画を流す」

 美羽の計画が徐々に崩れていく。こうして邪魔が入った。

「それは無理。あんたが言ってんのはプロモーション動画の時のことだよね。で、白井の番が来た時にこの動画を流す……だから、私に声をかけた」
「そうだよ」
「無理」

 美羽は断る。彼は諦めずに頼んでくる。

「そもそも、プロモーション動画は事前に先生のチェックが入る。こんなの許可が下りるわけないでしょ」
「だって、許せないだろ」

 彼は声を荒げた。

「俺以外にも学校でスマホを触っている奴はいる。ここに映っている女子たちだってそうだ。なのに、なんで俺だけ注意を受けて没収されなきゃいけないんだよ」
「尚更無理。あんたと私は違う」

 美羽は彼を置いて正門をくぐった。

[3]

 教室内では白井の噂が立っていた。

「白井さん、髪切ってたね」
「ロングもよかったけど、ショートもいいね」

 そんな女子たちの会話が聞こえてきた。白井が髪を切ったなんて聞いていない。それに彼女がすでに学校に来ていることも知らなかった。
 授業後の休憩時間に白井のクラスに行く美羽。たしかにショートヘアになっていた彼女はそこにいた。

「白井。なんで連絡返さなかったの?」

 いつも通りにうつむく白井。例の女子グループが美羽に声をかけてくる。

「もういいんじゃない。白井、嫌がってんじゃん」

 白井は教室を飛び出した。美羽は追いかけようとするも腕を掴まれた。

「最初からずっと思ってたんだけどさ、他クラスで接点もない豊田がなんで白井の応援演説に立候補した? どういうわけ?」

 美羽は何も答えない。彼女たちに答える必要はない。白井の推薦人に立候補した理由を告白するのなら、それは彼女たちではなく、本人に直接伝えるべきだからである。

「私の流れが全部崩れていっている。邪魔」

 掴まれた腕を振り払った美羽は白井を追いかけた。

 中庭。ベンチに座っている白井に声をかける美羽。

「私は目立ちたくなかった。私が立候補したのは――」
「あのグループの暇つぶし。でしょ」
「わかっていたなら、なんで私の推薦人になったの!」

 白井は立ち上がって訴えた。彼女が必死に涙を堪えているのがわかった。

「私が目立ったらどうなるか……豊田さんならわかっていたよね」

 白井のいう通りだった。白井が目立てば目立つほど、あの女子たちの機嫌は悪くなる。いつか来るとわかっていた。

「なんで私の推薦人になったの」

 落ち着いた白井は美羽に尋ねた。

「私は」

 美羽は告白する。

 時は中学三年生の冬。
 当時、受験シーズンでピリピリしていた美羽。周りは志望校が決まっていく中、美羽は行きたい高校の試験に落ちた。残されたのは後期試験。美羽は相当焦っていた。そんな彼女に担任の先生は言った。

「豊田。試験に合格することが目的になっていないか?」

 その言葉だけでは理解できなかった美羽。だって、試験に合格する以外に理由はないのだから。

「高校受験合格という目的に駆られ、たとえ合格できたとしてもその先にあるのは無だ。だって、高校受験合格が目的だったんだから。必死に頑張って、合格を手にしてもな豊田、お前はその学校で何がしたい?」

 何もなかった。いざ考えてみたら何もない。

「じゃあ私はどうすればいいの」
「本気で考えろ。一浪したっていいじゃないか」
「そんなの無理。ってか、先生がそんなこと言っていいわけ」
「俺は生徒の幸せを願っている。生徒たち本人がしっかりと自分と向き合って、答えを出す。もちろん助言はする。でも、最後に決めるのは本人だ」

 中学三年生の頃の担任の先生は美羽にそう告げた。それからずっと考えた。自分が将来、何になりたいのか。
 ある日の大阪駅で美羽は三十代ぐらいの男性とぶつかる。尻餅をつく美羽。

「すみません! 大丈夫ですか」
「すみません」

 持っていたかばんの中身が飛び散る。スーツを着たその男性は飛び散った物を一つ一つ拾う。美羽も一緒に拾う。

「ありがとうございます」
「本当に大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
「ごめんね」

 彼は急いでその場を去った。美羽はどこかで見たことのある顔だと思ったが、思い出せずにいた。
 そして、その時は突然やってくる。母親が見ていた報道番組にその男性が映っていた。テロップには「大阪市議会議員歌川敬一郎うたがわけいいちろう」とあった。

「かっこいいよね。歌川さん」

 今まで聞いたことのないとろけた声で母親が口にした。美羽も同感だった。好みのタイプは遺伝するものなのだろうか。ぶつかったあの日から、歌川の顔が頭から離れなかった。

「秘書ってどうすればなれるのかな」
「急にどうしたの? まさか秘書になるつもりなの」
「別に」

 美羽は自分の部屋に戻った。担任の先生に言われたことを思い出す。やりたいことが見つかった。

「私は歌川議員の秘書になる」

 時は戻る。

「つまり、豊田さんは歌川議員の秘書になるために私の推薦人になったってこと?」
「そう」

 わずかな沈黙の末、白井がくすっと笑う。彼女の笑顔を初めて見た美羽。

「何がおかしい」
「だっておかしいよ。別に私の推薦人にならなくても秘書になれるでしょ」
「ポイント稼ぎ。そういう実績があれば、有利に働くと思った」

 美羽は内心ホッとした。このことを話せば、もっと白井との関係が悪くなると思った。美羽は自分の目的達成のために彼女を利用していたのだから。でも、白井は笑っている。

「豊田さんは私を利用したってことだよね」
「ごめんなさい」

 頭を下げる美羽。やはり許されることではなかった。

「いいよ私は。もとはあの人たちの暇つぶしに利用されていたんだし」

 吹っ切れた白井には美羽の求めていた堂々とした姿と自信があった。今の彼女なら絶対に生徒会長になれる。

「私は絶対に白井を生徒会長にさせる」

 白井は頷いた。

[4]

「では、これより立会演説会を行います」

 選挙管理委員の言葉が全校生徒が集まる体育館に響き渡った。生徒たちの綺麗に揃った拍手が舞台袖にいる白井と美羽にも聞こえた。名前を呼ばれた生徒会役員の立候補者が一人一人舞台に向かう。緊張している白井の手を握る美羽。

「大丈夫だから」

 頷く白井。緊張で震えていた手が落ち着く。そして、白井の名前が呼ばれて二人は舞台に出た。
 立候補者が次々と決意表明を終え、白井の番が来る。美羽は演説のスピーチを白井に任せている。つまり、これから話すことはすべて白井の言葉である。彼女が何を話すのか、わからない。

「この度、生徒会長に立候補した二年二組の白井姫奈です」

 声は小さいがマイクのおかげで助かっている。

「立候補した動機はありません」

 ざわつき始める生徒たち。白井は続ける。

「私は目立ちたくありません。生徒会に興味はありません。最初は建前上、それらしいことを言おうかと思いました。けど、それは嘘だから。嘘をついて苦しむのはきっと自分だから」

 ざわついていた生徒も黙って、白井の演説を聞くようになる。

「私が髪を切ったのはイメチェンなんかじゃない」

 何の話をしているのか、全くわからない生徒たち。しかし、生徒指導の先生だけは心当たりがあった。

「私が髪を切った――切られた翌日、中本先生は言いました」

 中本先生とは、生徒指導担当の先生だ。

「『イメチェンか。似合っているな』と」

 先生たちの視線が中本に向けられる。

「私は『はい』って答えたけど、それは違う。私をいじめていた女子たちが無理やり、私の髪を切ったから」

 また場が騒がしくなる。体育館は生徒たちの「いじめ? マジ」とか「嘘じゃないの」など、いろんな声で飛び交っていた。場が荒れている。美羽が予想していなかった方向に進んでいる。当然、それは美羽だけではない。ここにいる全員だ。

「白井さん。これは決意表明です。関係ない話は止めてください」

 選挙管理委員が口を開いた。いじめの告白を同じ生徒が消そうとしている。美羽が持っていた武器はここで使うべきだ。

「豊田さん。お戻りください」

 選挙管理委員の声は美羽に届かない。持っていたUSBをパソコンに繋げ、一本の動画を流した。
 そこに映っていたのは体育館裏でスマホを触る富岡たちの姿。そして、途中で生徒指導の中本が映る。音声もしっかりと録音されている。

「おい富岡。学校内では携帯電話の使用は禁止だぞ」
「はいはい」

 スマホをポケットにしまう富岡。中本はその腕を掴んだ。すると、富岡は「これ体罰じゃないですか」と周りに聞こえる声量で発した。すぐに中本は手を離した。富岡の他にも、そこに生徒がいた。もしも、このまま手を離さなかったら問題になると思ったのだろう。中本は結局、富岡のスマホを没収しなかった。
 動画はそこで終わった。
 再び舞台に戻った豊田はマイクを手にする。

「全校生徒の代表となる生徒会長に立候補する富岡――くんが、校則を破っている。これはどうかと思います。それと、校則を破っている生徒を見逃す先生」

 話を続けようとする豊田を止める白井。

「これは私の演説だから」
「いや、でも」

 首を横に振る白井。美羽は彼女に任せて後ろの席についた。

「私がこの場でいじめを受けていたと告白をしたのは、私の言葉が消されないようにするためです。決意表明は以上です」

 今回の立会演説会は前例にない荒れた演説会だった。その後、白井と美羽は長い時間、説教を受けた。

 開票の結果、生徒会長に任命されたのは富岡勝だった。白井は落選した。
 中庭。

「生徒会長になれなかったね」

 白井はボソッと口にした。あのような騒ぎを起こして、なれると思っていなかった美羽はこの結果に満足だった。

「でも、感謝するべきだよね。中本の奴。あの動画がきっかけで、自分は体罰していないって証明になるんだから」
「豊田さんのそのスタンス、変わらないよね」
「白井。同じ歳なんだし、美羽でいいよ」

 どんな結果になっても仕方がないと思っていたが、やはり美羽は落ち込んでいた。本気で白井を生徒会長にしようとしていたからである。

「美羽なら、なれると思うよ。歌川議員の秘書。あと、私も白井じゃなくて姫奈で呼んでよ」
「ありがとう。姫奈」

 二人は仲良く教室に戻る。


 時は八年後、2022年に戻る。

「いよいよ始まるんだね。私もしっかりとやるから」
「よろしく。姫奈」

 これから、歌川府知事の会見が行われる。そこに秘書となった豊田美羽の姿があった。

[終]

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