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ナザレンコ・アンドリー氏と橋下徹のTwitterでのやり取り

橋下徹というのはどうしようもない。日本の恥だとすら思う。

橋下は度々、在日ウクライナ人のナザレンコ・アンドリー氏とTwitter上でウクライナ戦争に関する論戦を繰り広げているのだが、まぁこの論戦における橋下の発言が酷い。

今回はナザレンコ氏と橋下との、あるTwitterでのやり取りを紹介する。こういう橋下のような日本人も居たのだという記録としても残しておきたい(私個人の備忘録も兼ねる)。

私の感想や意見はなるべく控えるので、各々が橋下の発言について考えてみてほしい。橋下のような発言に対抗できるようにならなければ、ウクライナの人たちに申し訳ないし、日本の為にも良くないのだ。

それではいってみよう。
※両氏の直接的なやり取りには数字を振っている。黒ポチはそれぞれが発言内容を補完する為の発言で、直接的にやり取りされたものではない。
※太字筆者

●橋下徹
(※ウクライナ軍、南東部マリウポリで「戦闘任務終了」との報道を受けて:筆者注)
日本において「戦闘任務」の議論の必要あり。ウクライナ軍は市民の命を守ることよりも露軍の足止めに優先順位を置いた。これは沖縄戦と同じ。僕は反対。

①橋下徹
市民の命を守ることを戦闘任務の第一に置くなら、市民の命を守るためのもっと早い段階での投降判断が必要になる。投降の判断の遅れでどれだけの一般市民の命が犠牲になったか日本では冷静な検証が必要。市民を犠牲にしない軍事的合理性のある戦闘でロシア軍を倒して欲しい。戦闘員には敬意。

●ナザレンコ・アンドリー
先程の感情的な投稿を削除いたしました。冷静さを保ちながら、この事実に無縁で、侵略者と虐殺者に有利で、マリウポリ防衛者の冒涜であり、侮辱的な発言は、正式に断罪されるよう、大使館と外務省に直接連絡いたします。
私に対する発言はどうでもいいが、死ぬ覚悟で民間人守った英雄への侮辱は許せぬ
(※①の橋下徹の発言を受けて、何か感情的な発言をしていたらしいが、ナザレンコ氏はその発言を削除したようだ:筆者注)

●ナザレンコ・アンドリー
命をはって市民を守った人の顔に唾を吐いた後に「戦闘員に敬意」さえ付け加えておけばセーフと考えている人は一定数いるらしい。

●ナザレンコ・アンドリー
「侵略された場合は国境近くの部隊に直ちに投降の命令を出し、一般市民を守ろうとせずにすぐに侵略者に差し出す」人だけは絶対に国防に関わってはいけない。領土を明け渡し、国民の命を敵軍に委ねようとするのは反逆罪案件。

さすがに日本維新の会だって全然違う国防戦略を持っているはず。と信じたい

②ナザレンコ・アンドリー
一日経っても怒りが収まらない。82日間地獄のような状況で命をかけて戦った人に向けて「あんたらは早く降伏しなかったせいで何万人死んだのだろう」と言ったわけでしょ。人間として最低という言葉じゃ足りない。
散々「戦場行け」と連呼したくせに、結局戦闘員も見下し侮辱している。腹が立つ。 
(※橋下はウクライナを擁護する日本の識者に対して、「安全地帯から発言していないで実際の戦場に行ってこい」的な発言を繰り返していた:筆者注)

③橋下徹
これは戦争指導に対する考え方の違いだ。有事において日本の政治家たちが一般市民を犠牲にすることには断固反対するし、そのような社会的風潮にも反対する。この日本にはどの国の戦争指導に対しても意見する自由がある。僕は一般市民の犠牲に着目し、戦闘は一般市民を犠牲にしてはならないという立場だ

④橋下徹
仮に日本が有事になり、軍事的合理性がない中で戦闘が終了することによって家族の命が助かる場合なら戦闘終了を願う。その際、外国にいる日本人から、あなたの家族の犠牲はやむを得ないと言われたら怒り狂う。

●橋下徹
日本でも戦争指導の在り方を議論する必要がある。戦闘は軍事的合理性の中で徹底的に行うべきというのが僕の持論で、日本の政治や社会に対して発信していく。マリウポリの戦闘員には敬意を表するが、戦争指導に対して何も意見を出さない方がおかしい。僕はあくまでも一般市民の犠牲に着目する立場だ。

●橋下徹
非戦闘員を含む全市民による抵抗の呼び掛けが適切なのか、非戦闘員の避難はどうあるべきか、総動員令男性の国外退避禁止は適切なのか、局所的に戦闘を終了させることで一般市民を救うことができる場合にどのタイミングで戦闘を終了させるのか、戦争指導のあり方として議論すべきことはたくさんある。

⑤ナザレンコ・アンドリー
私の家族は戦争が始まってから1分たりともハルキウ州から離れていない。州内では「侵略者が来そうな地域➡ウクライナ軍がいる地域」に移動していたがね。橋下氏は戦争で家族を失いそうな気持ち、敵軍による占領の恐ろしさを体験したことないし、1ミリも想像できてないからこそ、適当なことを言える。

●ナザレンコ・アンドリー
親の家のすぐ隣のビルに砲弾が落ちたし、学校も破壊された。毎時生存確認していた時期もあった。友達が一人死んだ。でもマリウポリ防衛者が時間稼ぎしたおかげで、ハルキウ州で敵軍が国境まで押し返された。これ以上の犠牲を強いられなかったのは全て彼らのおかげだ。命の恩人、英雄だ。

●ナザレンコ・アンドリー
ハルキウ市はウクライナでは最も砲撃を受けている市だった時期もあった。「西部はずるい!何で私の大事な人がいる故郷こそ狙われなきゃいけないの?」なんて考えたことなかった。西部に住むのも同じ人間で同じウクライナ人だから。我がハルキウが耐えたお陰で他の州の多くの人が死なず済んだことを誇りに思う。

●ナザレンコ・アンドリー
貴方は反論できない死者ばかりを引き合いに出すから、好き勝手言えて楽だろうね。ウクライナ人の気持ち1ミリも理解してないくせに。
私は自分が生きてることを毎日申し訳なく思ってる。でも声上げられるからこそ、現場にいる人の気持ちを知り反論できるからこそ、どんな侮辱を受けても貴方の虚言に対抗し続ける

⑥橋下徹
そこは確かに僕には分からないところなので、戦争の現実を色々と教えてください。ご家族は大丈夫でしょうか?ハルキウの奪還は本当に良かったです。戦闘員には敬意です。日本には僕を含めて戦争の現実を知らない者がほとんどで、そのような者たちが国防を考えなければなりません。頭の中の推論で。

●橋下徹
ゼレンスキー大統領のマリウポリの戦闘終了の判断は戦闘員の今後の身柄のことを考えれば苦渋の決断だったと思います。日本の政治家も局地的であっても戦闘終了の判断などなかなかできないと思います。日本の歴史を振り返ればそうです。でも状況によってはそれをしなければならない時があります。

●橋下徹
そして民主国家における政治家の判断は社会的風潮に左右されることも現実です。有事におけるゼレンスキー大統領の判断も大変だったろうし、何よりも戦闘員には敬意。しかし日本が同じ状況でどうすべきかは今しっかり考えておかなければならない国防論の最重要テーマだと思います。

●橋下徹
この点には色々な意見があると思います。僕は一般市民の犠牲に着目する考えを主張していきますが、ナザレンコさんにも戦争指導の在り方には今後もどんどん意見を出して欲しいところです。現在東部地域では一般市民を避難させながらロシアの侵略を止めてさらに優勢になっている模様。戦闘員に敬意です。

●橋下徹
今後ウクライナ軍がロシア軍を敗走させることを願うとともに、NATOが大きく変わる新しいヨーロッパの枠組みの中で、ウクライナの安全が保証される国際政治が行われるべきことを主張し続けていきます。ご家族が安全であることを切に願います。

●橋下徹
僕は沖縄の地上戦のようなことは今後日本では絶対にあってはならないという考えです。色々検証するとあの地上戦によって本土で救われた人たちがいるかもしれませんが、僕は一部地域が犠牲になることで一部地域が救われると考えることには反対です。

●橋下徹
マリウポリの戦闘には敬意を表しますが、ハルキウ奪還はハルキウのウクライナ軍の実力だと考えます。実際はマリウポリの戦闘のおかげもあるでしょうが、それを安易に認めてしまうと一部地域の犠牲を安易に認めてしまう戦争指導になりかねないので。この点には色々な意見があると思いますので議論を。

●橋下徹
ナザレンコさんの言うように死者は何も言えません。他方生きている者にとっては戦闘で勝つことを望むのは当然です。そして生きているからこそ、たとえ一般市民が犠牲になっていてもどんな戦闘にも最大の意義を見出します。

●橋下徹
だから僕は戦死者の思いを少しでも想像できるように戦地巡りでの勉強に力を入れてきたつもりです。まだまだ不十分ですが。もちろん一般市民の犠牲は0にはできませんが、やはりそれを防ぐことを重視する立場で意見していきます。国家を重視する人も多いでしょうがそこは意見の多様性です。

●橋下徹
何よりも戦争が始まらないように防衛力の強化、集団的自衛権の強化が必要です。防衛力の強化には戦闘員への敬意(靖國問題の解決)も必要。その上でいざ戦闘が始まったときの一般市民の犠牲を防ぐ戦争指導が重要という持論です。


――とりあえず以上だ。

いかがだったろうか? ナザレンコ氏の発言についてはどれも納得させられるのだが、橋下の発言はどうにも腑に落ちてこない。

「軍事的合理性」
「戦闘員には敬意」

これらのワードの、まぁ空転していること。……まぁ、今回は持論を述べることは控えよう。

最後に以下の記事を紹介して終わろう。橋下が民間人の犠牲をどれだけ非難しようが、当のウクライナ国民の感情は別のところにあるみたいだね。



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