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【本】「奇跡」は誰にでも起こることがある~「あの一瞬 アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのか」を読んで

最近、めっきり「にわかスポーツファン」と化しています(笑)。日本中を大熱狂に巻き込んだバスケW杯の興奮が冷めやらぬ間に、こんどはラグビー。そして日本のプロ野球界ではオリックスの山本投手がノーヒットノーラン、さらにはケガから復帰のロッテ佐々木投手が盟友宮城投手と対戦するなど、こちらも激熱。このところスポ―ツが映画やドラマを超えた展開になりすぎていませんか?

そんな「感動ジャンキー」になりつつあるわけですが、少し古い本になりますが、ノンフィクション作家、門田隆将さんの「あの一瞬 アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのか」を読んだので、その感想をまとめてみたいと思います。門田さんと言うと保守系の論陣として、時に過激にそしてユーモアあふれる口調で世相を斬るトークで知られていますが、大のスポーツ好き。そんな門田さんの「スポーツ愛」あふれる素晴らしい作品でした。


「はじめに」からすでに素晴らしい!

アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのだろうか。私たちはなぜスポーツを見るのだろうか。そして彼らを観て私たちはなぜ感動を覚えるのだろうか。(中略)アスリートたちの「情念」にその秘密があるのではないかと思っている。(中略)ここに登場するアスリートたちに取材をつづける内に、私は彼らの勝利に賭ける思いには共通のものがあることに気づいた。(中略)私は、アスリートからこの心情が失われない限り、感動のドラマはこれからも数限りなく生まれていくだろうと思っている。

「あの一瞬 アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのか」門田隆将著より

これは「はじめに」の一部分を抜粋させていただいたのですが、もうここまでで引き込まれてしまいました。そう、勝利への「情念」。もちろん勝負に賭けるアスリートたち誰もが持っていて、勝利を掴むために日々努力し、本番に臨むわけですが、種目は違っていても、「想い」は変わらない、ということですよね。そしてまたアスリート一人一人にドラマがあり、「奇跡」のストーリーがある。しかしそれは必ずしも「成功」だけではない、というのもまた現実なわけで、そうした人間ドラマが収められています。中でもマラソンランナー瀬古利彦選手、ラグビー新日鉄釜石VS同志社大学のストーリーには引き込まれました。

マラソン瀬古選手のストーリー

瀬古選手を世界一にするため、全てを投げうって全身全霊でハードワークを共にした監督。そしてそうした思いが分かるからこそ、自身の身体が悲鳴を挙げていても尚、一層トレーニングに励む瀬古選手。誰も悪い人はいないんです。誰もが皆、瀬古選手のために、という一心。そして本人もその期待に応えたい、応えなくてはという「想い」。

それでもどうしても五輪で走りたいという「情念」でスタートラインに立つ瀬古選手の姿に関する描写では、文字だけでも情景が浮かんで来るようでした。本来なら決して走れることなどできないくらいの満身創痍の中、完走されたということだけでも素晴らしいです。精神が肉体を超える・・・などという表現もありますが、そういう状況だったのかもしれません。また、最後に瀬古選手のお母さまのコメントがつづられているのですが、ここがまた・・・涙です。

新日鉄釜石VS同志社大学、奇跡の一戦!

「北の鉄人」と言われた当時の王者「新日鉄釜石」。そして大学日本一の「同志社大学」が戦った伝説の一戦(日本選手権)についてのエピソードもまた涙なしには読めない珠玉の一編でした。特に今回は司令塔松尾雄治選手を中心とした、新日鉄釜石サイドからのお話です。当時の同志社大学はその後日本代表として活躍するスター選手ぞろいのチーム。一方の釜石はV7に挑むわけですが、司令塔の松尾選手の故障により、危機を迎えていたそうです。

日本選手権前、ここまで満身創痍で戦い抜いてきた松尾選手の身体は悲鳴をあげており、もはや痛み止めも効かないほどだったようです。松尾選手自ら常に「調子の悪いベテランより、調子のいい新人を出す」という方針を掲げていたことから、試合には欠場する意思を決めていた一方、チームメイトからは「お前がいないと勝てない」という声により、立っているのもやっとという状況でグラウンドに姿を現す。チームは皆、これが「松尾監督との最後の試合だ」ということがわかっている。そして松尾監督は「・・・最後に、お前たちの、余力を少し俺にくれ・・・頑張るからよ」—もう、こんな言葉を尊敬する監督から頂いて、頑張らない人がいるでしょうか??

そして試合後半に奇跡が!

そしてここで新日鉄釜石ラグビー部の「部歌」を歌い始めたと書かれています。鉄人たちが皆涙を流しながら必死で歌う光景は文字だけにも関わらず目に浮かぶようでした。試合前半は同志社優勢。ここで奇跡のドラマが生まれます(このあたりのワクワク感はぜひ本作をお読みください)。本当は松尾選手の脚はとっくに限界を迎えており、出場できる状況ではなかった。それでも医者たちも「もうやめましょう」と言えないくらいの「情念」だったそうです。医者の方々も涙ぐみながら、テーピングを幾重にも巻いてグラウンドに送り出したのです。

そして後半直前、松尾監督が控室から戻り、メンバーに檄を飛ばします。「いいか、みんな頑張っていこう!」こうしてチームは再び気持ちを一つにしていくことに。もちろん同志社も負けてはいません。一進一退が続く中でのノーサイド。勝ちへの「情念」が生んだ奇跡の一勝と言えるでしょう。このストーリーはぜひ本で体験してほしいです。文字だけでも映像が浮かぶような展開でハラハラドキドキ。私は電車内で読んでいたにも関わらず、涙が止まりませんでした(笑)。

人は、倒れるたびに必ず「起き上がる」ことこそ貴い。

われわれにとって最も貴いことは、一度も失敗しないということではなく、倒れるたびに必ず起き上がることである―私は本書の取材で多くのアスリートを訪ね歩きながら、18世紀のアイルランドの詩人であり、劇作家でもあったオリバー・ゴールドスミスが遺した言葉を何度も思い起こした。(中略)人は、倒れるたびに必ず「起き上がる」ことこそ貴い。それは、あるいはスポーツにとどまらず、人生そのものに対する名言であったかもしれない。間違いや失敗、そして敗北は、勝負の世界のみならず、人生において必ずついてまわるものだからだ。

「あの一瞬 アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのか」門田隆将著より

本当にその通りだな、と思います。決して一回失敗したからと言ってそれで終わりではない。また立ち上がって何度でもトライすればいいのです。逆に、一度も失敗しない人生だとしたら、それはそれでつまらないかもしれません。失敗し、悔しい思いをするからこそ、次はどうやって成功させよう、勝利を掴もうと努力する過程で、創意工夫が生まれ、頭を使い、知恵を使い、周りの協力をもって進化していくのだと思うからです。もちろん諦めたくなる気持ちもよく分かります。私にも経験があります。それだけに「起き上がることが貴い」という言葉は本当に胸に響きます。

「気迫」と「感謝」—これらはすべての人々にとって車の両輪

彼らは凄まじい執念と闘志で挫折から立ち上がり、新たな戦いに挑んでいった。幸いに栄光を手にできた人も、逆にそれでも栄光を手にできなかった人もいる。私は彼らが究極の目的とした勝利という「結果」に対してではなく、そこに至るまでの「過程」に惹きつけられた。(中略)取材を終えて、私の心の中に残ったのは「気迫」と「感謝」という言葉だった。勝負の世界に生きる人たちの「負けてたまるか」という気迫と、自分を支えてくれた人に対する感謝の思いが、彼らには共通していた。(中略)そして彼らは「自分一人ではとても戦い抜けなかった」という思いを私に伝えてくれた。(中略)私はこれはアスリートだけでなく、すべての人々の「人生」にとって車の両輪ではないかと思うようになった。

「あの一瞬 アスリートはなぜ「奇跡」を起こすのか」門田隆将著より

一瞬(一回)の試合に向け、厳しいトレーニングを積み重ねていく。当然、誰もが成功のために取り組むわけですが、必ずしも全員に「勝利の女神」が微笑むわけではない。しかしその「過程」は誰にも取り上げられない、その人だけの宝物。「気迫」と「感謝」—門田さんが仰るように、これは何もアスリートたちだけでなく、私のような普通の人間でも日々持っていたいものです。アスリートたちの本気の「気迫」であり、本気の「情念」が我々に感動を呼ぶのでしょう。きっとこれは「AI」には持ちえない、人間ならではの感情かもしれませんね。ぜひ、門田さんの本書、読んでいただき、感動をシェアできたら嬉しいです。



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