【連載小説】風は何処より(1/27)
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老人は、日課である、廊下の日めくりカレンダーを一枚めくった。
火曜日である。
そのまま、玄関の引き戸を滑らせ、表に出る。
外はまだ暗く、空気も冷たい。一口、息を吸い、短く白い息を吐いた
老人は、冬の凛とした風が好きだった。
冬生まれ、ということもあるのだろうか。
郵便受けに差し込まれた、新聞2紙を引き抜き、家屋に戻る。
壁の時計は、5時55分を指している。
老人は、部屋に戻り、居間に置かれた小型ラジオのスイッチをひねる。
ラジオ番組は、この時間は交通情報を伝える。
家族はまだ寝ているので、あくまで音量は小さめだ。
早朝なので首都高速は渋滞こそしていないが、東名高速では深夜に発生した事故で、横浜町田ICが入口閉鎖であることを告げていた。
続けて天気予報。今日は晴れ時々曇り、乾燥注意報が出ているらしい。
ラジオを聴きながら、椅子に腰掛けて、新聞をめくる。
日本経済新聞と、日本共産党機関紙・赤旗である。
しかし老人は決して共産党員ではない。若い頃、アカだったわけでもない。
教員だった頃からの習慣で、ただ、読み継いでいるだけだ。
昔と比べて、主張が乏しく、読みごたえは少ないと感じてはいるが、こういった思想を知ることも重要だと考えている。
新聞を読み終え、綺麗に畳むと、椅子から立ち上がった。
ポトスなどの観葉植物に水をやる。これも毎朝の日課だ。
冬季なので、控えに。霧吹きを使って湿り気だけ供給する花もある。
7時前になり、ようやく日が昇ってきた。
そうこうしているうちに、息子の嫁が起きてきた。
「加寿子さん、おはようさン」と老人が声をかけるが、嫁は返事をしない。毎日のことだ。
嫁は台所に入って、電気ポットからマグカップに湯を入れ、インスタントコーヒーを淹れた。
たちまち、部屋にコーヒーの香りが漂う。
嫁が居間のテレビをつけたので、老人はラジオを消し、テーブルに置いてあった、読みかけの小説本を手に取った。
朝の、「なにもない一日」の始まりの儀式である。
仕事を離れてから数年、毎日の時間の過ごし方には、本当に辟易している。
老人が一日の大半を過ごすのは、家の近所の区立図書館だ。
歴史小説が充実しているし、ビデオコーナーでは古い洋画・邦画も、見放題だ。
知り合いが来れば、喫茶室で無料のお茶も飲めるし、囲碁もさせる。
しかし、刺激は無い。つまらない。時間をもてあましているのだ。
ようやく息子が起きてきた。7時半だ。
文庫本に、しおりを挟み、テーブルに置いた。
(今日は何をしようか)と、老人は思案に耽った。
朝と夜は、仕方なく家で食べるが、昼は好き勝手に食べたい物を食べることにしていた。
嫁の作る飯は、美味くない。
昼飯が唯一の楽しみだ。
一昨日は、新宿「つな八」で天ぷらを食べた。この年になっても胃もたれせず、定食を完食した。
昨日は、本を探しがてら、神田神保町で「共栄堂」のカレーライスを食べた。本当に美味かった。
老人は、その名を城所正治郎といった。
戦時中は学徒動員され、戦後は中学校の教師だった男である。
酒も、煙草もやらない。食べることだけが楽しみだ。
息子夫婦と孫と一緒に、練馬区の自宅で暮らしている。
年齢は71歳。
定年退職後も嘱託で働いていたが、6年前に現場を離れた。
そこからは地獄のような退屈の日々である。
老人は、朝のテレビニュースを見やり、読みかけの文庫本を再び手に取り、席を立った。
(今日は、蕎麦だな)
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