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【エッセイ】自転車日本一周記9

広い北海道の小さな話

北海道は広かった。その分トラブルも多かった。パンクはもちろんのこと、一番悩まされたのはスポークが折れたことだ。岩手でも悩まされたあれだ。しかも北海道も襟裳から釧路へ向かう途中の話。
ここで問題なのが大きな町が近くにないのが分かっていたことだ。盛岡でさえ自転車屋さんをたらい回しにされた記憶があるのに、はたして修理できるだろうかと言う不安が拭えなかった。でも他にどうすることもできないから一番近くの、自転車屋さんに恐る恐る訪れた。じなみにその町には大きなお店はひとつもなくてどのお店も個人商店のようなもの。訪れた自転車屋さんもそのひとつだ。

なんだか暖かいところだった

出てきたのはおばさん。気さくと言うか、肝っ玉母さんみたいな人だった。スポークが折れたことを伝えると。私じゃどうしようもないからねぇと困った様子だった。でも、息子がもうすぐ帰ってくるからコーヒーでも飲むかい。と促されて店の中の応接場みたいなところに案内された。

なんだか前回盛岡でさくっと直してくれたことを話したら不機嫌というか、ちょっとした説教? 小言? みたいなものが始まった。ホイールは命に関わるからそんなに簡単に直すことは出来ない。みたいな話だ。本当に直してもらったの? みたいなことも言われた。話している内に分かっていったのだけれど、それくらい心配しないとならないようなお客さんがそのお店には多かったのが原因みたいだ。

暖かいと思ってあなたなんかまだマシ。そんなことを何度か言われた。スポークが思ったより簡単に折れることやその直し方を知らないのはまだマシだったらしい。
空気の入れ方を知らなかったり、壊れかけのママチャリで走っていたり、春の北海道を半袖Tシャツだけで訪れていたり。
半袖Tシャツの人は寒さで青ざめていたらしいし、壊れかけのママチャリは新品に買い替えていったらしいし、空気を浮き輪みたいに口で入れようとしたらしい。
その人達に比べれば随分とまともだ。そういう話だった。

トラブルが起きれば近くに大きな町がない以上、ここに頼るしかなく。色んな人が集まってきた場所なのだろう。
たくさん話しをしているうちに自転車に積んでいるジャグリングの話になった。流石にジャグリング道具をお店にもちこんだのは初めてだったらしい。
面白がってくれた。旦那に見せたい。としきりに言っていたが、できれば次の町へ進みたかったのでので申し訳なかったが直ったらすぐに出発してしまった。

走りながらおばさんとの会話を思い出していた。ジャグリングを披露したとき。おばさんは面白がりながらも不思議そうにもしていた。
どうしてジャグリングというものを選んだのか。なんで続けているのか。そういう質問を受けた。
なんて答えたかは覚えていない。上手に答えられた記憶もない。ただ、言われた一言が未だに頭から離れない。

『あなたはきっと人間が好きなのね』

人間という生物が好きなんだと。そう言われた。特定の誰かではなく。生物としての人間。

そうなんだと思う。
色々あるけど全部含めて人間が好き。
それは今でも心に刻み込まれている。

そしてホイールの振りとりを自力で習得

次の大きな街でスポークを止めているネジを回すための専用工具を買った。おあばさんに言われたことが悔しかったらしい。あと、自分でそこをメンテナスしていれば折れにくくなることも知ったからだ。
実際そこから折れる回数は減っていく。まあ、それでも折れたのだけれどね。

予備のスポークを持っていけと2、3本手渡された。サイズが合わない自転車屋さんが多いから断られたというのもそこで初めて知った。ママチャリのスポークに比べて、スポーツ車のスポークは随分と細いのだ。

ゆく先々で自転車をひっくり返して、ホイールの歪みを直していたら自然と感覚がみについたらしく。その後自転車屋さんでアルバイトしたときも社員さんに褒められたくらいに上達した。逆に言えばそれくらい、乗っているだけでスポークのネジは緩むのだ。それなりに重たい荷物も乗せているのだから余計なのだろう。

そうして北海道は3週間の時間をかけて一周することに成功する。
その中でひとつ大切なこと。セイコーマートにはさんざんお世話になったし。なんならセイコーマートしか食料を調達できないような集落もたくさんあった。
ほんと助かった。

一番長い期間をいた北海道は日本一周の中でも大きな割合で想い出に残っている。



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