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【エッセイ】自転車日本一周記5
そして福島、宮城へ
あんまり人に話したことがない話をしよう。
進んで話すことがなかったのも、聞かれなかったのも、まだみんなの記憶の中にそのことが触れにくいものとして残っていたからだろう。
日本一周をしたのはあの東日本大震災のあとのことだ。直後ではないが、復興が進んでいたころでもない。トラックがたくさんの荷物を載せて走り回っていた頃だし、人の姿が多かった印象はない。ただそれは全部海岸線の話。
その前にちょっと福島市での出来事を話そう。
福島市で野宿したのは大きめの公園。それも変哲のないベンチでだ。このころには野宿も慣れ始めていて寝る場所の確保などはさくっと終わっていた。
夕方過ぎだったのもあり、あたりに人はいなかった。
まあ、油断していたのだ。
朝。目が覚める。
周りがやたらと騒がしいからだ。
ざわざわではない。がやがやだ。時計を確認するとまだ6時の半分を迎えかけているころ。そんな時間に人が集まることなんてあるのかと思ったが。
すぐに聞き慣れた音が流れ始めて思いあたる。
ラジオ体操第一。
そう大きな声の元、みんながいっせいに動いている。
こうなってしまっては起き上がることもできず寝袋の中でじっとしているしかできなかった。
ほんの10分かそこら。
恥ずかしいやら、面白いやら、笑いを堪えるのが必死だった。
ラジオが止まると不思議なものですぐにあちこちに散っていって人気はすぐに無くなる。それでも、数人は残っているし起きたら声を掛けてくれたりもした。
他愛もない会話だったはずだ。それでも人の優しさに触れられたことは嬉しかったのを覚えている。
さて、場所は仙台市を越えて石巻市へ移る。
そこでの夜。初めて雨に見舞われた。
ベンチで寝るにしても流石に雨だけは耐えられない。
慌てて東屋。屋根付きのベンチを探し回ったし、これ以降の寝る場所は必ず東屋を探すことにした。これが意外とどの街にもあるもので本気で困ったのは数回だけだ。
そして。ことの大きさを舐めていたことを次の日に実感する。
朝起きると雨は上がっており、いつもどおりに出発する。朝食や昼食はコンビニで済ませることが多かった。だからその日もある程度、食べて済ませると次の街へ向かって出発した。
走るのは石巻に隣り合う海岸線の女川町。
そこで目にしたのはなにもない海岸線だった。
福島の海岸線は近寄れなかった。いや、見ないようにしたのかもしれない。だから、そんな光景は初めてみた。
最初から何もなかったわけじゃないだろう。明らかに広い空間がある。それが片付けた後だと言うのは否応にも理解できた。
ありえない方向に曲がった金属のポール。そのままの学校。キレイになった道路はその世界で浮いていた。
そしてそんな世界で当然の問題が生じる。
エネルギー不足だ。
カロリーが足りなかったのか途端に自転車を漕ぐ足に力が入らなくなっていく。
食べ物を求めるが辺りはなにもないまま。もどるにしても、相応の距離を走ってきているので戻れる自信もない。
どうしていいのかわからないまま。ただ、漕ぎ続けることしか出来なかった。
自分の準備不足を責めた。
認識の甘さを痛感した。
それくらいになにもなかった。
そんな中、ひとつの建物がポツンと目に飛込できた。あれに向かえばなんとかなるかもしれないと思えたのは営業中の、のぼりが見えたからだし、看板らしいものも確認できたからだ。
近づいてみるとそれは蕎麦屋さんだった。
恐る恐る、自転車を止めると。中に入る。
他のお客さんがいた記憶もあるが、ひとりかふたり。それも食べている間に帰ってしまったはずだ。
空腹のそばは美味しかった。同時にこんなところでなんで。そんな疑問も思い浮かぶ。
全部流されたんだけど。復興を手伝ってくれた人たちと、これを建て直したんだよ。
そう話してくれたおじさんは笑顔だった。
日本一周のことを話した。応援してくれた。
疲れてそうだから大盛りにしたんだけど。そう言われて初めて多かったことに気がついた。
色んな話をした気がする。ひとつひとつの会話は覚えていない。
ジャグリングの話もした。
よくわからなそうだったけれど、お礼にジャグリングを簡単に披露したら喜んでくれた。
そこから先もしばらくは何もなかった。
その道を走りながら涙を流した記憶がある。
なぜだかは覚えていない。
人の暖かさに触れたことが。
なにもかも流されてしまったこの場所が。
おじさんの元気な笑顔が。
それでもなんとかしたいと言う想いで再び出来た蕎麦屋さんが。
そうさせていたのかもしれない。
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