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誰もが経験する子供時代のあの感覚『mid90s ミッドナインティーズ 』

9月4日に公開された『mid90s ミッドナインティーズ 』。『マネーボール』(2011年)、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2014年)などで知られる俳優ジョナ・ヒルが初監督をつとめ、映画スタジオA24ともタッグを組んでおり、日本でも公開前から話題になっていた作品だ。筆者も9月5日に、チネチッタ川崎の16:50の回で鑑賞してきた。

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本作は13歳の少年、スティーヴィーが90年代のロサンゼルスを舞台に、スケートボードを通じて友情や恋など、新しい世界に目覚めていく日々を描いた物語だ。脚本を手掛けたのは、本作の監督でもあるジョナ・ヒル。自身が少年時代を過ごしたロサンゼルスを舞台に、書かれた脚本は実に3年もの歳月を費やしている(Newsweekのインタビューによると、20回も書き直したとの事、また本作のパンフレットに記載してあったスパイク・ジョーンズとのやり取りも感慨深い)。ちなみに、監督のジョナ・ヒルについては別の記事でまとめてみたので、興味ある方は是非読んでいってほしい。

本作を観て筆者が思ったのは、「これは、誰もが経験したであろう物語」だということ。スケートボードやHIPHOPこそ、自分の少年時代には縁は無かったが、本作で描かれているのは、新しい世界へ飛び込む時に感じるあの緊張とワクワク感や、仲間と呼べる人達と過ごす時間の楽しさなど、誰も経験するであろう普遍的な物語正直、鑑賞前は、イケてる子供時代を過ごした人にこそ刺さるようなお洒落映画かと想像していたが、実際は、多くの人の共感を得るであろう王道の少年物語だと感じた。

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「王道」、言い換えるとベタでもありながら、本作は期待通りの素晴らしい作品だった。ここでは、本作の魅力を感想を交えながら述べていきたいと思う。興味ある方は是非ぜひ読んでいってほしい。

(ネタバレはしないが、内容には触れているので、未鑑賞の方はご注意下さい)

【個性豊かなキャラクター達が織り成す物語が素晴らしい!】

スティーヴィーが出会うことになるスケボー仲間達は全員個性的。スティーヴィーが最初に知り合う事になるルーベン、お調子者でパーティー好きのファックシット。常にカメラを手にしてるフォースグレイド。そしてスケボーの上手さで仲間内からも一目置かれてるレイ。全員それぞれキャラが立っている(そして全員格好良い!)。観ている人にとっても、感情移入してしまうようなキャラクターがいるかもしれない。

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このメンバーの中に、スティーヴィーが新入りとして入るわけだが、スティーヴィーが仲間内で認められていく過程を観ながら筆者はこう思った。「まるでヤンキーの通過儀礼のようだ…」
そう、悪ガキ軍団に仲間入りし、下っ端から始まり、頭角を表していくという構図は、筆者の目には、まるで日本のヤンキー漫画のように見えたのだ。
ただ、上下関係がハッキリしてる関係は、不良に限らず体育会系の社会では割りかし当たり前。筆者も以前、運動部に所属してたときに、似たような思いを味わった。こういう構図は世界共通なんだろうなと感じたし、だからこそスティーヴィー達のことを身近に感じれた。

スティーヴィーは色んなメンバーと交流を深めていく。男に限ったことではないだろうが、言葉を交わすよりも、一緒に馬鹿騒ぎをしたり、危険なヤマを渡る方が仲というのは深まるもの。本作のスティーヴィーもそうしたやり取りを経て彼らと中を深めていく。その中でもスティーヴィーとレイとのエピソードは特筆モノ。この2人のやり取りに胸を打たれた人は多いのではないだろうか。
劇中で、とても嫌な目に遭うスティーヴィー。深く落ち込んだ彼に、レイは自身が弟を亡くした話をする。身内を亡くしたというパーソナルな話をすること自体、スティーヴィーの事を仲間として認めている証拠だし、ファックシットとのエピソードの後に、スティーヴィーを街に連れ出す下りは最高。

ミッドナインティーズ⑦

本作は特にこのレイがクールで格好良いのである。イケてる年上の先輩に仲良くしてもらうというシチュエーションは憧れた人も多いのではないだろうか。だからこそ、この場面は観てる人のツボを突いてくる。レイを演じたナケル・スミスはSupremeやAdidasに所属するプロのスケートボーダー。格好良いのも納得。ちなみに本作のスケーターたち(ファックシットやルーベンなど)は全員プロ級のスケータボーダー、劇中ではスケードボードがあまり上達しなかったスティーヴィーもプロのスケートボーダーだというから驚きだ。

本作の共感を呼ぶもう一つの点が、スティーヴィーを取り巻く家庭環境だろう。兄のイアンにはボコられ、母親は男にだらしない。劇中でのスティーヴィーを取り巻く家庭の環境は観てて、閉塞感を感じさせる。スティーヴィーのような家庭環境ではないとしても、自分の家庭を狭かったり、つまらなく感じる瞬間、これも誰にでも経験あるのではないだろうか。このスティーヴィー感じる閉塞感にも多くの人が共感できるのではないだろうか。イアンを演じたルーカス・ヘッジズも忘れてはいけない存在だ。最近では同じA24の『WAVES』(2019年)や、シャイア・ラブーフの経験をもとにした『ハニーボーイ』(2019年)など話題作に出ている注目の俳優だ。本作ではスティーヴィーに暴力を振りながら、自身も屈折した思いを抱える役どころを見事に演じている。

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【16mmフィルムの美しさと90年代の音楽が抜群!】

本作の特筆すべき点のひとつが16mmフィルムのざらついた映像。何でもジョナ・ヒル監督は、本作のために1995年当時の魚眼レンズを入手し、撮影しようしたとのこと。最近の4Kなどのクリアな映像というのも、勿論素晴らしいと思うが、こういうパーソナルなスケールの映画こそ、フィルムのざらついた感覚がよく合うと思うのだ。そして、もうひとつの特筆すべき点が90年代と象徴するような音楽のセレクト。こちらのインタビューによると、スティーヴィーがイアンの部屋でレコードを聴き漁る場面は、まさしく監督自身の子供時代のようとのこと。ア・トライブ・コールド・クエストが自分にとってはビートルズだったという発言は、ア・トライブ・コールド・クエスト大好きの自分としては、この発言は上がる(意外に劇中でア・トライブ・コールド・クエストが流れるのは少なく感じだが…)


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ちなみに筆者が、本作の中で一番好きなのは、予告編でも流れている『Omega』の『Gyöngyhajú lány』に合わせて、スティーヴィーが屋根の間を飛ぼうとする場面。スティーヴィーの運命を決定づける本作のハイライトの場面でもあるが、この場面は、音楽の盛り上がり具合と抜けるような空の青色のコントラストが素晴らしいのだ。

【90年代、スケーター…『KIDS』との類似性】

90年代、スケートボーダー達のコミュニティという点で、本作はラリー・クラーク監督の『KIDS』(1995年)を想起させる。実際、パンフレットなどを観ても、「『KIDS』のような作品を連想した」という記載や、「21世紀の『KIDS』」という言葉が並んでいる。筆者も本作を観たが、本作はまさに『KIDS』とコインの表と裏のような関係にある作品だと感じた。(ちなみに『KIDS』の舞台はニューヨーク、『mid90s』はロサンゼルスが舞台)似てはいるが、彼らを取り巻く環境や未来は、正反対。ちなみに本作でフォースグレイドを演じているライダー・マクラフリンはこちらのインタビューによると、『KIDS』でのスケートボーダー達の描き方には疑問があるとのこと。

KIDSとmid90s

【まとめ】

いかがだっただろうか。改めて振り返ると、本作は、かけがえのない青春の一瞬を琥珀に閉じ込めたような作品だった。レイ、ファックシット、ルーベン、フォースグレイド、恐らく彼らは今後ばらばらの道を歩むのだろう。そして、輝かしい未来を掴む者もいれば、そうでない者もいるだろう。でも、あの一瞬は、人生の中で忘れられない時なのだ。そして、初監督にしてここまで素晴らしい完成度の作品を作ったジョナ・ヒル、恐るべし…監督の次回作も楽しみにしたい。まだ未鑑賞の方、気になる方は是非ぜひ観に行ってほしい!

【作品情報:『mid90s ミッドナインティーズ』】

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製作年:2018年 製作国:アメリカ 監督:ジョナ・ヒル

1990年代のロサンゼルス、13歳の少年スティーヴィーは、暴力的な兄と母の三人で暮らしていた。そんなある日、スティーヴィーは、街のスケートボードショップでたむろする少年たちの姿に強い憧れを抱く。彼らと知り合いたいと思ったスティーヴィーは、自身もスケートボードを始めるのだが…


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