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廃墟になったバンコクのパッポン。この街でPCR検査

タイのバンコクに到着した。この時期、タイに入国するには、タイランドパスが必要だった。タイランドパスというのは、ワクチン接種証明、保険などを取得し、それを専用サイトで申請して入国の資格を得るもの。タイランドパスは10日後には撤廃されることは発表されていたが。
バンコクではPCR検査を受けなくてはならなかった。日本入国には、この検査の陰性証明が必要だった。バンコクでPCR検査を受けるのは2回目だった。前回はバンコク病院で受けたが、約1万6000円もした。その後、バンコクでは格安のPCR検査施設が次々に登場。僕もそのひとつに向かうことになる。
 

 旅の期間:6月20日~6月21日
※価格等はすべて取材時のものです。  

格安PCR検査を悪用する日本人も現れた

(旅のデータ)
バンコクでのPCR検査は、サミティベート病院、バンコク病院など外国人やタイの富裕層向けの私立病院が中心だった。病院によって料金は若干違っていたが、1万6000円から2万円。やはり高かった。しかしその後、クリニックがPCR検査をはじめた。そのなかには1500バーツ、約6000円という格安料金を打ち出すところも現れた。多くが日本の検査基準をクリアーしていた。なかには経費を節減するために、英文の検査結果のほか、白紙の日本様式の用紙を発行するところも。自分で転記するスタイルにしたが、それを悪用し、英文の検査結果は陽性となっているのに、陰性と転記する人が現れ、問題になっていた。

リーダーを当てて、ピッ。「はい、OK」

(sight1)

ダッカを発った飛行機はバンコクのスワンナプーム空港に着いた。タイランドパスの審査、入国審査へと進んで行く。通路に並べられた椅子を目にすると気分が落ち込んでくる。検査を待つためのものだった。誰が思いついたのか、アジアの空港は椅子が並べられることが多かった。その間を進む。

(sight 2)

見えてきたのはタイランドパスのチェックポイント。はじめの頃は通路脇にテーブルが置かれ、そこでチェックを受けた。その後、規制が緩和され、入国する人が増えてきたためなのか、こんな関門のようなスタイルになった。そこで防護服姿のスタッフが待ち構えていた。
 
(sight 3)

タイランドパスは、空路入国用と陸路入国用に分かれ、申請が受理されると、こんなQRコードが送られてくる。タイに入国する人は、それをスマホにとり込むか、こうしてプリントするか。スタッフは僕のQRコードにリーダーを当てて、ピッ。「はい、OK」。あまりにあっけなく通過してしまった。写真下は入国カード。その後、このカードも廃止された。

地下鉄の駅を出るとスコール。雨粒を眺めて雨宿り1時間半

(sight 4)

スワンナプーム空港からタイ国鉄の電車、エアポートレイルリンクで市内へ。ホテルはMRTという地下鉄の駅に近いので、途中駅で乗り換えることになる。バンコクはコロナ禍の間にも、新しい路線が次々の開業。便利な街に変身中。ただエアポートレイルリンクやMRT、そして高架電車のBTSという電車の運賃がかなり高い。これが玉にきず。
 
(sight 5)

ホテル最寄りの駅に着き、歩きはじめると大粒の雨。足を早めたが、間に合わなかった。激しいスコールに雨宿り。バングラデシュでも雨に悩まされたが、バンコクでも⋯⋯。昼間なら、空が明るくなってくるとスコールは終わることがわかるのだが、日が暮れてしまうと⋯⋯。ここでどのくらい待った? 1時間半。ただぼんやりと雨粒を見てました。
 
 

バンコクのビールはひと缶160円。円安、つらいです

(sight 6)

この日の夕食はクイッティオというタイ風のそば。このそばも年々、値あがり。この店は40バーツ、約160円だったが、中心街に行くと、平気で60バーツ、約240円といわれることも珍しくない。それを気にしているのか、バンコクのそばは麺の量が多くなった気がする。そば屋の誠意? 
 
(sight 7)

バンコクに戻ったからビール? バングラデシュはイスラム色の強い国。僕はラカイン人という仏教徒の家にいたので、毎日のように米からつくった焼酎。さすがにビールは飲めなかった。バングラデシュ滞在は6日間。ビールが恋しい、というほどでもなかったが、やはりバンコクに戻ると⋯⋯。ひと缶40バーツ、160円。日本の発泡酒ビールより高い? 円安、つらいです。つまみはケープムー。豚の皮を揚げたもの。
 
(sight 8)

バンコクの一夜が開けた。バングラデシュからバンコクに来ると、なんとなく日本に戻ったような気になる。慣れもあるのかもしれないが、前夜の電車、そしてビール⋯⋯。だから朝食にバナナとヨーグルト、豆乳? それもコンビニで買うというスタイルは、たしかにもう日本です。

 
入国規制はまもなくほぼ撤廃。でも街はコロナ禍から脱していない

(sight 9)

あと10日ほどで、タイ入国に必要なタイランドパスがなくなる。ワクチンさえ接種していれば規制なして入国できるようになる。しかしバンコクの街がコロナ禍前に戻ったわけではない。BTSという高架電車の駅はこんな感じ。ほとんどの店が閉まっている。空港の店舗はほとんど開いているというのに。なにかがまだずれている。
 
(sight 10)

オミクロン株の感染はタイでも広がりつつあった。日本同様、自宅待機を強いられ、街や会社はまだ元に戻っていない。精度は高くなくても、簡単にチェックできるATK、日本でいう抗原検査を自主的に受ける人が増えていた。BTSの駅構内には、ATKの自動販売機も登場。かなり売れていた。

コロナ禍はパッポン通りを消去してしまった?

(sight 11)

用事でシーロム通りに出たついでに、タニヤ通りやパッポン通りをのぞいてみた。この通りはいわずと知れたバンコクの歓楽街。まず、日本人ご用達のタニヤ通り⋯⋯暗い。少ない看板が寂しさを誘う。ひしめいていたカラオケスナックはレストランに代わったところも。しかしタニヤ通りはまだよかった。パッポン通りに向かうと⋯⋯。次の写真で。
 
(sight 12)

立ち尽くしてしまった。これがパッポン? まるで廃墟だった。派手な照明、店内から流れてくるアップテンポの音楽、店頭で客を待つ女性たち。すべてが消えていた。話では、パッポンの復活は難しいだろうといわれていた。ショッピングエリアにする案すらあるという。コロナ禍はひとつの歓楽街を消去してしまったのだろうか。

PCR検査は陰性だったのだが……

(sight 13)

帰国前日、PCR検査を受けにいく。ネットで検索すると、Bangkok Genomicsというクリニックが1500バーツ、約6000円で検査を受けつけていた。ホテルから歩いて行ける場所にある。これは楽。ラーマ4世通りを歩いてクリニックに向かう。これからもここで何回か検査を受けそうな予感。
 
(sight 14)

Bangkok Genomicsはすぐにみつかった。予約の必要はなかった。受けつけや検体をとるのはすべて屋外。支払いだけがこの奥にあるオフィスになっていた。検査を受けにきているのはタイ人が数人。なんとなくのんびりムードのクリニックだった。結果は翌日にメール。再度出向く必要はないといわれた。

(sight 15)

支払いのとき、日本語フォームはどうする? と訊かれた。検査結果は英文。それをMySOSに登録すれば、入国もスムーズといわれていた。しかしもうMySOSとはかかわりたくない。少し迷ったが、日本語フォームもつくってもらうことにした。MySOSに登録しないつもりなので、このほうが日本の入国時に時間がかからない気がした。その料金が500バーツ。検査代と合計で2000バーツ、約8000円だった。翌日、陰性の通知が届いたのだが⋯⋯。
 
 
【次号予告】次回は10月14日の公開。日本に帰国し、新型コロナウイルスに感染が発覚。その日々を。

















新しい構造をめざしています。