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【#2000字のドラマ】午後のファミレスと私達の父親の話

 若者3人で入って大丈夫だよね?と、少しドキドキしながら、店のガラス扉を押した。カラン、とドアベルが鳴り響き、
「いらっしゃいませー!検温とアルコール消毒にご協力下さーい」
という声がかかる。このファミレスの感じ、久しぶりだな、と明るい床と軽いオレンジ色の照明を見渡した。私が非接触式体温計に手をかざしている間、ミリとクユルも店内に足を踏み入れ、クユルが丁寧に扉を閉めた。私達は流れるような手つきで、順番に体温計に手をかざし、ボトルのポンプを半分程押し込んでアルコール製剤を手に噴射し、無表情で両手をこすり合わせた。
「何名様ですかー?」
と言いながら、私達から1m程離れたところまで近づいてきた店員さんに、
「3人なんですけど……」
と言って、マスク越しに少しでも伝わるように、右手の指を3本立てて見せた。それを見た店員さんは
「3名様ですねー。空いてるお席へどうぞー」
と笑顔で言ってから、すぐに忙しそうにツカツカとフロアに戻っていった。
「どうする?」
と私は後ろの2人に小声で相談した。
「ドリンクバーが近いとこ!」
とミリが返す。
「だよね!」
と私。しかし、
「でも空いてない」
とクユルが残念そうに言うので、
「だよねぇ……」
と呟いて、私はマスクの中でムンッと口を引き結んだ。この場合、「テーブルが空いている」とは、「隣接する左右のテーブルにも客がいない」ことを指す。今、ドリンクバー前の3つのテーブルの内、両端の2つに先客がいるので、十分な距離を置くために真ん中には座れないのだ。
「あそこは?」
と私が窓際の「空いている」テーブルを控えめに指さすと、
「そうしよ」
「そうだね」
と2人がすぐ答えた。

 窓際のテーブルは、午後の柔らかい太陽に白っぽく丁寧に照らされていた。小さめのテーブルの中央には、2枚のメニュー表と透明の衝立が所狭しと立ててある。荷物を置いて座るや否や
「ドリンクバー3つでいい?」
と、ミリがタブレットを触りだした。
「デザートとかどうするー?」
「私はドリンクバーだけでいい」
とクユルがきっぱり言った。
「そう? じゃあドリンクバー3人分だけ頼もうか」
と私が提案すると、ほんの少し居心地の悪そうなクユルをよそに、
「オッケー、了解―!」
とミリがすぐに入力を完了させた。
順番にドリンクを取ってきて、3人共がマスクの下から一口飲んだ所で、ミリが口を開いた。
「ねえ、久し振りだよねえ、こうして話せるのも!」
クユルが続ける。
「ようやく解除されたからね、分散登校も始まったし」
「でもこれ何か後ろめたさがあるんだよね、私」
と私が言うと、
「分かるー! アヤナもそう思ってたんだ」
と、ミリが仲間をようやく見つけたみたいに喜んだ。
「私もちょっと思ってた」
とクユルも言う。
「何だあ、皆そうじゃん!」
と、ミリが安堵したように呆れて見せるので、私とクユルは、くふくふ、とマスクの中で爆笑した。そして私は2人に問いかけた。
「ねえ、飲食中にナンだけど、ちょっと女子の愚痴を言ってもいい?」
「いいよー」
「全然いいよ」
と、それぞれから返事をもらって、私は話し始めた。
「この前、うちのお父さんがね、女の子は大変だなあって急に言いだしたの。……何かちょっと嫌じゃない?」
「えっ? そう? うちのパパも言ってくれるよ!」
「うん。別によくない?」
「いや、それがね、言ったタイミングが、お父さんがトイレから出てきた時だったの。それで、その時私、生理だったのね。」
「うわ」
とクユルが反応してくれるが、ミリはいまいちピンときていないようだ。
「だから、私が生理中だって分かった上で言ってるんだよ。無理。キモイ」
「うちのパパも、生理の時は休みなって言ってくれるけど、それは駄目?」
とミリが不思議そうに言うと、
「普段から適切な距離感で労わってくれる人に言ってもらうのと、突然生理について口出して、しかもアヤナ本人が生理の時にそれをわざわざ言うのは、全然違うでしょ」
とクユルが解説してくれた。
「そっかー。確かにパパ、普段から私とママに優しいからなあ。労わってもらうのが普通だと思ってたかも」
と、ミリが納得したように言った。
「ねえ、クユルのお父さんはそういうこと言わない?」
そう私が問うと、突然クユルは少し硬い表情になって、ぽつりと言った。
「うち、実は……父親がいないの」
私もミリも、一瞬言葉が出なかった。
「言ってなかったけど、私、オカンと2人暮らしなんだ。オトンの行方は不明!」
クユルが口角だけ上げておどけて見せた。
「……そうだったんだ」
と私は何とか呟き、何を言ったらいいのか、頭の中で言葉を探したが、何も見つからなかった。どうしよう、と焦った瞬間、ミリのあっけらかんとした声が聞こえた。
「だから、うちとアヤナん家のパパを冷静に分析できるのかもねー。そういうの、教えてもらえると、めっちゃありがたいなー」
思わずクユルを見ると、彼女は、はっとしたようにミリを見つめていた。私は、自分の情けなさを振り払うように、口を開いた。
「そうだよ!クユルは頭も良いから、バシッと解説してくれるんだよね。すごいよ、いつもありがとう!」
クユルは、パッと視線を落として呟いた。
「いや、そんな……。そうなのかな」
「そうだよ!」
とミリが優しく笑って言うと、クユルの目に、うっすら涙が浮かんだのが分かった。
「あと、言いにくいこと、私達に言ってくれてありがと」
と私がクユルに伝えた瞬間、とうとう彼女の目から涙が零れだした。

 だから私達は、何故か私とミリも、3人のグラスが空っぽになるまで、マスクと透明の衝立越しに、ずっとお互いを励まし続けていた。

 その間も、午後の日射しは相変わらず、優しく私達を包み込んでいた。

#2000字のドラマ

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