第2話

「今日も良く来てくれたね!ありがとう、助かるよ!」


恰幅の良い中年男性がそう言って二人を出迎えてくれた。


「いやいや、こちらこそです!」
「空いてる時間はいつも通り自由に使っていいからね」
「ありがとう、監督!」


満面の笑顔の里奈
中年男性は学童野球チームの監督で、かつては里奈も所属していたチームである
練習を手伝う代わりに空き時間にグランドを自由に使わせてもらうのが定番となっている


カッキーーン
カッキーーン


バッティング練習が始まる
快晴の中、白球が飛び交う

「…優希也は相変わらずか?」


ボールを集めてた里奈にふと問いかける監督


「うん…まぁ、、、」


歯切れの悪い回答の里奈


「もったいない……とはいえ、気づかなかった俺のせいだが……」
「そんなっ!それを言ったら私だって……」


カッキーーン
カッキーーン


沈黙する二人を置き去りに
打球音が響く

朝日ビッグベアーズ
横浜潮見学童野球リーグに所属(リーグ所属は8チーム)
毎年5〜6人は必ず入部し
多い年は10人を越えることもあるリーグ屈指の選手層を誇り、毎年優勝争いする
それは里奈が卒団してもその伝統は変わらない
現在は43人が所属している

リーグは一チームあたり所属選手が20人を越えたら二チーム
35人を越えたら三チーム作ることを厳命している
そうすることで一人でも多くの選手が試合に出場する機会を増やす狙いだ
Aチーム(一軍)
Bチーム(二軍)
Cチーム(三軍)
と、分けて公式戦は
AチームならAチーム同士
BチームならBチーム同士の総当たり(リーグ)戦で、勝率の高いチームが優勝となる
(Cチームは1チームしかないためBのリーグ戦で戦う)
A,B,Cで選手の入替は自由だが、入替る場合は前日までにリーグに入替表を提出
また片方のチームに選手が偏ることとA,Bの両方のチームに登録することを禁止としている
リーグは
リーグA 8チーム
リーグB 9チーム という構成でできている

たまたまだったが優希也が入団したチームは選手層が厚い毎年優勝候補に挙げられ、数多くの優勝を獲得してる強豪チームだった。
そんな強豪で優希也がAチームのレギュラーを掴んだのは2年生のとき
シーズン途中に5年生のレギュラーがケガで戦線を離脱。
そのときに入団直後から類稀なる才能を発揮していた優希也に白羽の矢が立った。
それにより入団から一年ちょっとでAチームデビューを果たすこととなり、それはチーム結成以来最速記録だった。


優希也のAチームデビュー戦の相手は最下位争いをしてる7位の下谷タイガース。
今季下位に甘んじているタイガースとはいえAチーム同士の戦いはBチームとのレベル差はかなり大きい。
だが優希也は抜擢されたその試合で3安打を放つ活躍を見せる。
元々レギュラーが復帰するまでの間のお試しと考えていた監督だったが、この活躍により以降の試合で積極的に起用し、それに結果で応える優希也にレギュラーポジションを与えるのにそれほど時間を必要としなかった。
それによりシーズンが終わる頃にはリーグ内や関係者のほとんどが優希也を知ることとなる。


「うぅっ…」


悔しそうに、そしてうらやましそうに優希也を見るチームメイトの里奈
その一方で


「あいつやっぱりスゴいんだな」


と、尊敬の眼差しを向ける克己
このとき里奈も克己もリーグBとはいえ出場試合数を増やしていたのでそのこと事態が異例ではあったのだが、活躍や目に見える結果を残してるとは言い切れない状況だったこともあり、リーグAで活躍する優希也を『信じられない』という表情で遠くから見つめる二人。
そんなことを知る由もない優希也は淡々と結果を出していた。

とある日の試合後、一緒に帰宅する三人


「優希也、今日も活躍したね」
「いえーーーい!」
「また調子にのってー!!」
「ははは!」


優希也の活躍に会話が盛り上がる


「ねぇ、どうしたらそんなに活躍できるの?」
「んー…わかんねぇ!」


里奈の問いかけに優希也は一瞬沈黙したが答えは見つからなかった。


「何それ?!」
「わからんねぇもんはわかんねぇ!」


少し呆れ顔の里奈。質問を変える。


「じゃあさ、家で練習したりしてる?」
「うん、してる!」
「どんな練習してるの?」
「素振りと壁当てと…」
「何回??」


話し切る前に問いかけられ呆気にとられる優希也


「えっ、あっ、、、」
「だから何回?素振りとか壁当てとか!」


圧がすごい…
かなり前のめりで質問をぶつけてくるので驚きを隠せない優希也は助けを求めるように克己を見るが、克己も聞きたそうな顔をしている。
『ふぅ〜』と一息入れて仕切り直して答える。


「別に回数とか決めてねぇよ」
「えっ??」


驚きの回答に声を揃えて驚き、そのまま顔を見合わせる里奈と克己


「回数とか決めたら疲れるだけじゃん」
「・・・」


固まる二人


「えっ、だって練習しないと上手くなれないでしょ。練習すれば疲れるのは当たり前だし…」
「そうじゃねぇの!」


二人のに頭の上にクエスチョンマークが並んでいる


「野球って楽しいだろ?」


頷く二人


「疲れたらしんどいだろ?」


うんうん


「楽しいことしてんのに回数決めたらつまらねぇじゃん!楽しむだけ楽しんで、しんどくなったらやめる…って当たり前じゃね?」


鳩に豆鉄砲
脳天に落雷とはよく言ったモンで
今二人はまさにそれを体感している真っ最中だ


里奈と克己は違うチームに所属している。
チームは違えど野球はチームスポーツであり、監督・コーチの権限が大きい。
それにより監督・コーチによって様々なことを決められることが多い。
克己と里奈のチームは監督同士が仲が良いこともあり、両チーム共に《毎日素振りを100回》のノルマを所属する選手全員に課していた。
それが当たり前だった、少なくとも二人の中では……


はじめは理不尽や疑問に思うことがあっても『教える側が正しい』とインプットさせられ、次第にそれが当たり前と思うようになると『やればいいんだ』と思考が停止する…
それを知ってか知らずか、また本能なのか?
優希也はそれを良しとせず自らを信じ貫いて結果を出したということになる。
だからこそ優希也の言葉は重く、鋭く二人に突き刺さった


「まぁ、疲れてもしんどくても楽しきゃずっと続けることもあるけどな!それすると後悔するけど!!すっげぇ疲れっから!!」


笑いながら話す優希也をボー然と見つめる二人
優希也はそんな二人を気にすることなく、そういえばと切り出し新作の野球ゲームの話を話し始めた。
しばらくして三人はそれぞれの家に着く…
克己と里奈はこのままで良いのか考え出し
優希也はいつも通りご飯を食べてゲームをする。


その日の夜
里奈がベッドに横たわり布団を羽織って寝る直前にふと気づく
優希也と里奈は同じチームなので本来ならノルマがあるのだが、優希也の言葉に唖然としすぎてノルマのことを…


「まぁ、聞かなかったことにしよう…」


と、思いながら
苦笑いしつつ目を閉じた。

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