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遺伝子で才能も性格もわからない

今週、毎日新聞が「ある保育園が子どもの遺伝子検査を仲介している」という独自ニュースを報じています。

実はこれ、今に始まったことではなくて10年以上前からずっとある問題です。子どもの遺伝子を調べて本当に才能がわかって、子育てや教育に活用できるのでしょうか。

結論から書くと、「意味がないどころか本当の才能を埋もれさせてしまう可能性がある」です。

10年前から変わっていないまやかし

今回、毎日新聞が取材した保育園がどの企業の遺伝子検査(注)サービスのものかはわかりませんが、香港の会社のようです。詳しい検査項目も不明ですが、性格や才能を調べるというのが項目に入っているそうです。

では、遺伝子を調べて性格の素質みたいなものはわかるのでしょうか。10年以上前にも「潜在能力がわかる!」とうたった遺伝子検査サービスを中国の企業が提供していて、そのときに自分も受けて検証しました。

そう、10年以上前です。こんな雑誌があったのです。

そのときには「頭の回転の速さの潜在能力」という項目があって、この遺伝子を調べてこうだ、というのがありました。

結果は優・良・可・不利という、なぜか大学の単位みたいな評価で、僕は平均以下といったところでしょうか。遅いペースの授業が適している見たいです。

ではこのSNAP25遺伝子は何をしているのかというと、脳内の神経細胞同士のやり取りに関わっています。遺伝子には個人差みたいなものがあり、よくあるのは4種類の塩基(A、T、G、C)の1つだけが別の塩基に置き換わった一塩基多型(SNPs)というものです。

世の中は便利なもので、どの遺伝子のどのSNPsがどれと関係しているのかがまとまっているSNPediaなるサイトがあります。

SNAP25で検索すると、知能に関わっていること、報告されている論文が出てきます。

ただ、どの論文もオランダで行われたものであって、日本人にも当てはまるかわかりません。そもそも、論文は非言語のパフォーマンスIQとの関連を報告したもので、遺伝子検査の項目にある頭の回転の速さは特に何も言っていません。

つまり、才能や潜在能力がわかる!とうたっているものは、ほとんどまやかしと言っていいものです。

そもそも、1つの遺伝子で性格や才能がわかるなら、とっくの昔から研究ではっきりとわかっているはずです。1つの遺伝子だけで決まるものは体への影響力が強く、ほとんどのものは遺伝性疾患や遺伝病とよばれるもので病気との関係がわかっています。

性格や太りやすさ、身長などに遺伝子が関係しているのは確かですが、1つの遺伝子だけでなく数十から数百の遺伝子が関係しています。なので、1つの遺伝子だけを調べてはっきり言えるものではありません。そして、生まれた後の経験も大きく影響するので、遺伝子だけでこうと言い切るのは無理があります。大人ならわかると思いますが、子どもの頃の性格と今の性格が違うということは珍しくありません。子どもの中でも、小学生のときと中学生でも真逆の性格だったということもあります。そういうことです。

子どもへの遺伝子検査は基本的に非推奨

子どもへの遺伝子検査は、ずっと前から関連学会が懸念しています。2010年には日本人類遺伝学会が「一般市民を対象とした遺伝子検査に関する見解」を出しています。今から14年前ですね。

https://jshg.jp/wp-content/uploads/2017/08/Statement_101029_DTC-2.pdf

子ども(未成年者)を対象とした遺伝子検査について
未成年の子どもを対象にした能力,性格,進路適性に関わるとされる遺伝子検査などについては,子どもの人権保護や差別防止といった観点から十分な考慮が必要である.遺伝医学にかかわる学術団体は,2003年に「遺伝学的検査に関するガイドライン」を 10 団体共同で策定し,子ども(未成年者)を対象とした遺伝子検査について,「将来の自由意思の保護という観点から,未成年者に対する遺伝学的検査は,検査結果により直ちに治療・予防措置が可能な場合や緊急を要する場合を除き,本人が成人に達するまで保留するべきである」と定めている.そのため,日本人類遺伝学会としても,子ども(未成年者)を対象とした遺伝子検査の安易な実施については憂慮するところである

日本人類遺伝学会「一般市民を対象とした遺伝子検査に関する見解」

重篤な遺伝性疾患の可能性があり、診断がつくことで治療や対応が有効なときには遺伝子検査は推奨されるけど、それは医療行為としてちゃんとした病院で歯科できないものです。ところがネットで買える遺伝子検査は疾患の診断ではなく(やると医師法違反になる)、当たり障りのないものを調べています。それだけ質が低すぎるものがわんさか出てくるというわけです。

個人的に、大人がやる分には自己責任でやってもいいと思います。特にジーンクエストのように、ちゃんと研究機関と連携して今後の遺伝子研究に貢献しているところは研究の発展にもなるので、個人的に応援しています。それ以外の、例えば肌質や肥満の体質とかをピンポイントに調べるものは、数個の遺伝子だけで決まるものではないし、その手のものは化粧品やサプリとかの販促物として使っているので、あまり参考にしないほうがいいと思います。ダイエットや美容へのモチベーション上げくらいにはいいかもしれません。

才能の有無と本人のやる気は別

もう一つ、子どもの遺伝子検査で特に才能と絡めるのがよくない理由は、むしろ子どもの可能性を狭めてしまうからです。

ある遺伝子検査に、音楽の才能がわかる!というものがありました。ところが、根拠となる論文を読んでみると、その遺伝子は聴覚に関する研究で報告されたものだったのです。

聴覚検査は、ある周波数の音が聴こえるかどうかというものです。周波数別で聴こえるかどうかは判定できるかもしれませんが、絶対音感があると言い切るには無理があります。

そもそも、音楽の才能とはなんでしょうか。絶対音感があることでしょうか。絶対音感があれば正しい音程で歌えて、楽器もうまく演奏できるのか。楽器と一言にいっても、あらゆる楽器を演奏できるのか。あるいは、楽器がうまく演奏できることと、人の心を動かす演奏ができることはイコールなのでしょうか。

そして、最も重要なことは、遺伝子検査とは関係なく、才能の有無と本人のやる気は必ずしも一致しないということです。才能があるからといって無理やり習い事とかをやらせても、本人が嫌がったら才能が開花することなく、本人には嫌な思い出しか残りません。

結局のところ、遺伝子がどうのとこだわる必要がどこにもなく、子どもの興味の赴くままに自由にやらせるのが一番というわけです。もし、子育てに悩んでいるのであれば、子どもの遺伝子を調べるのではなく子どもをしっかり観察することです。遺伝子研究のほとんどは統計処理してやっとわずかな差がわかるというもので、目の前の子どものことをピンポイントで明らかにするものではありません。


(注)遺伝子検査
厳密な定義の「遺伝子検査」は、病原体である細菌やウイルス、寄生生物の遺伝子を調べること、あるいはがん細胞の中でどの遺伝子が変化しているのかを調べることをいいます。自分の細胞の遺伝子を調べることは、正確には「遺伝学的検査」といいます。


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