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10年経った後に何も残らなかった遺伝子解析サービスたち

「遺伝子を調べて自分を知ろう!」

そんなキャッチコピーで2014年ごろから雨後の筍のようにあふれ出てきた遺伝子解析サービス。スタートアップ企業のシーンクエストだったり、「ルナルナ」を提供しているエムティーアイだったり、大手IT企業のヤフーだったりDeNAだったりが参入して、いよいよ遺伝子が身近な時代になるのかと個人的にワクワクしていました。

そんなワクワクは、どうやら幻想だったようです。

遺伝子が身近になってほしいという願いは今でももっているし、なんならいろいろ本や記事を書いているけど、遺伝子解析をビジネスにするのは企業として難しいという現実には向き合わねばならないようです。


DeNAグループの遺伝子解析サービス「MYCODE」が完全終了することが6月6日に公表されました。約10年続いたサービス提供に幕が下りることになります。

2014年ごろ、こういった遺伝子解析サービスに興味をもっていて自腹でいろいろ試していました。生物系のサイエンスライターだし、こういうのは身をもって体験するのが一番と考えていました。

これがジーンクエスト
これがエムティーアイ社のDearGene
これがDeNAのMYCODE。唾液が出やすいようにレモンの写真が同封されているのがちょっとおしゃれ

こうしたことの集大成みたいなものとして雑誌の『PRESIDENT』で書きました。

普段は取材する側なのに、取材されたこともありました。2014年9月23日付の毎日新聞でコメントしました。


さて、こうした遺伝子解析サービスの最大の課題は、どうやって収益化かするということに尽きます。遺伝子は基本的に変わらないので1回やれば十分、というのが他のサブスクと根本的に違うところです。

海外の代表サービスである23andMeは製薬企業と連携して、遺伝子と薬の効きやすさなどを調べるためのデータベースを提供することで利益を得ています。つまり、遺伝子データのプラットフォーマーというわけです。

これを日本で目指しているのがジーンクエストで、大学などの研究機関と連携して遺伝子の新しい機能を見つけるといったことをしています。その成果は、「この遺伝子のタイプの人はこういう体質になりやすい」というかたちで、新しい解析結果としてユーザーにリターンを送っています。

この辺りは、創業者が生命科学の研究出身で、ビジネスとサイエンスの両輪を回して遺伝子研究を加速させたいという信念に基づいています。詳しくはこちらの書籍で。あ、この本は僕が編集協力しています。

こうしたことは、撤退した(する)エムティーアイもDeNAもやっていました。たとえばエムティーアイは月経痛、DeNAは腸内細菌叢との関係を明らかにしてきました。

特にエムティーアイはルナルナという強力なサービスをもっているので、女性特有の現象と遺伝子との関係を調べる上で強みになると期待していたものです。

ただ、ジーンクエストは一味違うなあという印象をもっています。体質のほとんどは1つの遺伝子のタイプで決まるものではなく、数十、ものによっては数百の遺伝子が関わります。最近は、複数の遺伝子の影響力を考慮して数値化する「ポリジェニックスコア」というものが登場していて、ジーンクエストも一部の項目でポリジェニックスコアを取り入れています。

これは結構重要なことで、数千円レベルの遺伝子検査を謳っているものは数個の遺伝子だけを調べて太りやすさとかを判断していますが、実際にはそう単純なものではありません。研究が進んで、いろんな遺伝子の機能を包括的に取り入れたほうがより精度が上がるし、そのためには数十万のDNA箇所(正確には、個人差があるとされているスニップという場所)を調べるのがポイントです。ジーンクエストもMYCODEもDearGeneも、こうした数十万の場所を調べるものなので、個人的には期待していたわけです。

数千円レベルの遺伝子検査を謳っているものは、ほとんどは化粧品やサプリを売るための販促ツールという位置付けです。本気で遺伝子研究をするつもりはないし、遺伝子情報がどう扱われるかも明確にしていないところもあるので、迂闊に手を出すのはおすすめしません。少し前にニュースになった、もはやまやかしでしかない才能検査なんてお勧めしないどころか害でもあります。


とはいえ、やはり事業を継続することは難しかったようです。去年、すでにMYCODEの新規受付は終了していて嫌な予感はしていたのですが、今年の9月に遺伝子解析サービスを完全終了するという発表があったのが6月6日です。

それでも10年もったのはまだいいほうで、ヤフーもエムティーアイも2020年には撤退済み。後には何も残っていません。

そう、後には何も残らない。

エムティーアイの遺伝子解析サービス「DearGene」は僕もやったのだけど、気づいたときにはサービス終了していて、解析項目もダウンロードしていないので(というか案内もなかった、見逃していたのかもしれないけど)、手元には何も残っていません。

MYCODEも、10月からログインもできなくなるから、各自WebページをPDF化して保存してねというアナウンス。せめてCVS形式でダウンロードできるようにしてほしいと思います。可能であれば、他社でアップロードできるようなファイル形式にしてほしい。まあ、撤退するのにわざわざ新規に作り込むメリットが企業にないことは重々承知しているけど。

ちなみにMYCODEで作ったアカウントや個人情報、そして遺伝子情報は、同じDeNAグループのAllm(アルム)に引き継がれます。アルムは医療デジタルを事業にしていて、他にもMYCODEユーザがいろんな企業の研究(機能性成
分のブラインドテストなど)に参加することをサポートしています。

事業継続性はそこそこありそうだけど、アカウントを引き継ぐための手続きがアプリで行う必要があるから、どれくらい引き継ぎするユーザがいるかは不透明。アルムが遺伝子情報を扱ってどんな研究をするのか、そもそも研究する計画があるかどうかもわかりません。


遺伝子解析サービスが登場して遺伝子ビジネスが成り立つかもしれないと浮き足立っていたころから10年。現実は難しかったようです。とはいえ、個人的には遺伝子研究を含めた生命科学には興味があるし、特にジーンクエストには期待しているので、これからも注目していくつもりです。

遺伝子解析キットの空箱の一部

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