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対立構造をつくっても日本の研究環境はよくならない

NHKの『日曜討論』を見ました。テーマは「どうする“研究力低下” これからの大学は」。ちょうど2週間前に書いたnoteの内容に直結するテーマだから、早起きして見ました。

番組は9月17日までNHK+で視聴できます。

個人的に驚いたのが、経済財政諮問会議の議員の方が、「以前は運営交付金を国立大学に幅広く支給していて私立大学もサポートしていたから競争力の差が生まれにくかった、だから選択と集中を始めた。そして研究力が低下しているのはまだ選択と集中が足りていないから」という趣旨の発言をしたことです。

もちろん怪しい科学まがいの研究をサポートするわけにはいかないから適度な選択と集中は必要なわけですが、それにしても厳しすぎる競争にさらされた結果、日本の研究力は20年間でどんどん落ちていって、海外との共同研究においてもすっかり見放されている状況です。

競争的資金を獲得するためには申請書類を書かないといけません。つまり、研究するために書類を書くことになり、資金提供の期間は限られるため、常に書類を書かないといけないことになります。研究をしているのか書類を書いているのかよくわからない状況になっているのが今の大学の研究者です。

10兆円ファンドの国際卓越研究大学は、最長25年の支援を受けられるので、短期間で成果を求められる現状よりは多少マシかもしれません。

その代わりに事業規模を年平均で3%成長させることが求められていて、大学での研究にそぐわないんじゃないかなあ、とも思っています。

経済財政諮問会議が内閣府の組織である以上、国としては今後も選択と集中を押し進め、経済指標で評価するようなことを続けるようです。

個人的にこの考えは危ういと思っていて、例えばオートファジー研究でノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典先生もオートファジー研究をすればノーベル賞をとれるとか何かの病気の原因を解明できるから始めたわけでなく、細胞の中で起きているよくわからない現象を知りたいという好奇心だけで研究を始めたのが最初です。つまり、研究者本人にもこの研究が未来でどう発展して評価されるのかわからず、ましてや政府や投資家にわかるわけがないのです。

ついこの前も筑波大学などの研究グループが、少なくとも生命科学と医学の研究費に限れば「選択と集中」よりも「広く浅く配分」のほうが新たな成果が多く生まれ、イノベーションにつながる画期的発見も生まれやすいということがわかりました。

「スタートアップ企業なんてどこが成長するからわかるわけがないから手広く投資して、その中で1つでもいいから大成功すれば黒字になる」投資の基本のようなものです。

「選択と集中」から「広く浅く配分」に舵を切ろうと思ったら、経済財政諮問会議のような場所に学会などの団体が研究者の現状を切実に訴えて、少しずつでもいいから改善していくのがいいんじゃないかな、と考えながら番組を見ていました。


そんなことを思いながら久々にアルファベット1文字のSNSのタイムラインを開いたら、経済財政諮問会議議員に対して嫌味を言っていたり、データと理論を重視するはずの研究者自身が「これはひどい」と一言で片付けていたりして、これでは対立が深まるだけで日本の研究環境は解決しないよね、と側から見て思ったわけです。

経済財政諮問会議のような国の機関も、日本の研究力を落としたいわけではなく、日本の研究力を上げようという目標は現場の研究者と共通しているはずです。確かに両者の間には深い溝があるようだけど、たぶん経済財政諮問会議に意見を言える研究者は、いわゆるビッグサイエンスという資金と人材を湯水のように投入しないと成果が出ない分野の人が多いんじゃないかなと思います。大規模な素粒子研究や数万人規模のゲノム解析とか。そういう分野は、確かに資金と人材を集中させないと成果が出ないし、そういう分野にいる人の意見を聞けば「確かに研究力を上げるには集中が必要だ」という見解に至るのも仕方ないと思います。まあ、どの分野の人から意見を聞くかは議員の力量によるかもしれないけど。

ならば、ビッグサイエンス以外の、中小企業のような研究現場の切実な現状を集約して意見として上げることで、少しだけでもいいから政府に新しい見解を与えて研究環境の改善に努めてほしいと願っています。

それなのに、意図して対立構造をつくって個人批判にまで落とし込もうとするのは健全なアプローチではありません。個人の声が届きにくいなら、学会というコミュニティを活用してほしいものです。

対立ではなく対話というのはコミュニケーションの基本で、研究者も研究のディスカッションやアウトリーチ活動でよく理解しているはずなんですけど、なんで意図して対立構造をつくろうとするんでしょうね。アルファベット1文字のSNSの雰囲気がそうさせるのか。

参考図書

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