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ゆるりめぐる大人の修学旅行 その3

まだ真っ暗な中突然ぱちりと目が覚めた。
時計を見ると午前4時半、二度寝すると体がだるくなるんだよなぁとごろんとうつ伏せになって枕に顔を埋めた。

起床予定時刻は午前7時。
なんだか損をしてしまった気がしたけれど眠れないので、足元の机の上に置いてある旅行鞄からウォークマンを取り出して、ヘッドフォンから流れるゲームのサウンドトラックを聴きながら出来るだけ何も考えないようにぼんやりと過ごした。

心なしかとろんとろんしてきた頃、誰かのアラームが大音量で鳴った。
ヘッドフォンをしていても聞こえるアラームにびっくりして全員が目を覚ました。
皆寝起きは良いらしくひょっこりと起き上がり穏やかにおはようと挨拶を交わした。

友人の一人が、昨日買ったプリン食べないとね、今しか食べる時ないし食べとこ。と言った。

え、朝からプリン?
と少々戸惑う自分を他所に、冷蔵庫から箱を取り出してプリンを机の上に並べ、容器可愛いねと言いながらスマホ片手にパシャっと撮影していた。
さっとカメラを出せる手際の良さと何でも被写体に出来る機転は流石だなと感心した。

無花果のソースがかかったプリンを手渡され、ちょびりちょびりと食べ進めていくと胃袋がひえぇと戦いているのが分かり、これは長期戦になると厳しいと判断し勢いよく流し込んだ。
せっかくのプリンなのに勿体ないことをしたが朝からプリンはきつい。
食べながら、朝ごはんどうする?と話ながら平気な顔でプリンをぺろりと平らげた友人たちの胃袋に称賛を贈りたい。

のろりのろりとテレビを見ながら準備をして、忘れ物がないことを認してホテルを出発した。

ホテルから歩いて10分程の所に平和記念公園と原爆ドームがあり、その隣に新しくおりづるタワーという観光名所が出来ていた。
まずは原爆ドームを見学してそこに向かおう。と決まり皆の背中を見ながら一番後ろをついて行った。
時折小学生の自分が脳裏に浮かび、過去と現在の景色を行き来していた。
当時の記憶と照らし合わせながら目の前に広がる今の風景をじっくりと眺めながら淋しさを抱えた11歳の自分を慰めていた。

おりづるタワーに到着し展望デッキから少し寒いけど開放的で心地よい風を感じながら広島の街を見下ろした。
昨日の天気とは打って変わって青空が広がり爽やかな気候だった。
気に入った場所に座り、遠くを見つめながら深い呼吸をした。

小さい頃は当たり前の平穏に何も感じなかったけれど、こんなにも平和の有り難みを感じられる年齢になったのか、落ち着いた大人に変化した部分も出来たのだなとしみじみするとともに、自分はきちんとした大人になれているんだろうかとふと疑問を感じた。

子供の頃と何も変わっていない、ただ年齢を重ねただけだ。
なんて言いながらも本音を隠せるようになったり、感情を読まれないように顔を作れるようになったこと、物事の深さを感じたくなったこと。
お前も大人になったんだよ。と聞こえた気がして心にちくりと針が刺さったような感覚がした。
大人としてきちんとあらねばな、と少しだけ改まった。

おりづるタワーでは自分で折った折り鶴を投入し、皆の祈りが積み重なって完成するおりづるの壁というものがあった。
せっかくなので体験しようと、久しぶりに折り紙を触り、のろのろと不器用な手を動かしながら折り鶴を折った。

12階の高さから折り鶴を投入する。
世界平和と願うのはあまりにも大きな願い過ぎて気が引けてしまったので、優しい平穏が続きますようにと折り鶴に書き込んだ。

高いところからせーので手放した折り鶴は紙飛行機のようにくるりくるりと旋回しながら落ちていった。
ふぁさっと軽い音がして無事に着陸できたと安堵した。

シースルーになった床を見ているうちに高所恐怖症がひょっこりと顔を出し始めたので、そろそろ一階に降りようと提案しエレベーターに乗り込んだ。
最後にお土産売り場で広島らしいお土産を買っておりづるタワーを後にした。

それから広島城を遠目に街中を散策しているうちにあっという間に帰る時間となった。
短い時間にだったけれど気を使わなくていい友人たちとの旅は肩の力が抜けたのほほんとした緩やかな旅なり、修学旅行という激苦メモリーに楽しい上書き保存ができた。

帰るまでが遠足だという言葉があるので帰りの車の中も楽しばねばと思いつつ眠気の荒波に抗うことができず気付けば夢の中、起きた頃には家の近くまで帰ってきていた。
無事に帰宅し、どさりと布団に倒れ込んだらそのまま眠りについてしまい、いつも通りの朝を迎えた。
なんだかいい夢を見られた気がして心なしか軽やかな足取りで仕事に向かった。


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