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暮らしを考え続ける百姓の暮らし

作りながら考える暮らしを探求する、Craftsman’s Base Shimaneの西嶋です。先日私たちは、<現代型百姓>としての暮らしを探究する鈴木良拓さんのnote記事動画を制作しました。鈴木さんは世界遺産石見銀山の町、大森町に本社を置くアパレルブランド「群言堂」で、テキスタイルの制作やデザインの仕事をしながら、自ら農業をはじめました。大規模な栽培ではなく、小規模多品種で共生し合う<小さな森のような畑>をめざす鈴木さん。人口400人ほどの小さな町で、繰り広げられる様々な暮らしの実践、実験とは? 制作を通じて感じたことをまとめてみたいと思います。
(文:西嶋一泰)

暮らしのアート「大八車式チキントラクター」

映像制作にあたっての打ち合わせで、鈴木さんのご自宅周辺にある畑をみせていただきました。そのとき「なんだこれ?」と思うような、不思議なかたちをした小屋に遭遇しました。映像の中にも登場しますが、お話を伺うと「チキントラクター」という移動式の鶏小屋だそうです。この鳥小屋のおかげで、鶏がそこに生えている草を食べてくれるので草刈りが不要になり、フンをすることで土に栄養がいく、そのうえ草を食べ終わったら次の場所にも移動できる……ということで、多機能で自然にやさしいところが特徴です。

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鈴木良拓さん自作の大八車をベースに廃材を利用してつくったチキントラクター

鈴木さんのチキントラクターは、大八車をベースに廃材を組み合わせてつくられています。上部の小屋部分には開閉式の階段がついており、鶏たちは昼は下で草やエサを食べ、夜は上の小屋部分に入ります。きっちり入り口を閉じるので獣害にも合いません。ただ、鈴木さん曰く「大工仕事は得意ではないから雨漏りがする」ということで、改修を予定しているそうです。もはや現代アートとも呼べるような、不思議な機能美と愛嬌を兼ね備えたチキントラクターは、暮らしに向き合う鈴木さんの姿が表現されているようでした。

鈴木さんのお話を伺い、その暮らしの一端をご紹介いただくなかで特に印象的だったのは「考える」姿です。鈴木さんがお米や野菜をつくっている田畑は、一般的な農家からすれば、ごく小さい面積しかありません。しかし、先のチキントラクターからもわかるように、様々なことを考え、試行しながら、目の前の植物や動物たちと向き合っているのです。鈴木さんの頭の中には、目の前に見えている光景以上のものがいつも渦巻いているのではないでしょうか。

しかし、そもそも農家とは、百姓とは、得てして「考え続ける」ものでもあったはずです。米をつくることだけが百姓の仕事ではありません。少し昔のことですが、米作りをしながら時間をみつけては縄を綯い、草鞋を編み、炭を焼き、蚕を育て、タバコを育て、家具を修理し……暮らしを少しでもよくしようと考え続け、手を動かし続けてきたのが百姓ではないでしょうか。

炭焼きのある山村の豊かさ、その反転としての過疎

そんな鈴木さんの仕事ぶりを見ていて思い出すのが、「炭焼き」です。私は以前、島根の炭焼きについて調べたことがありますが、まさに「考える」ことの連続だと思いました。炭焼きの原理は、木材を酸素に触れさせないように熱することで炭化させ、煙を出さず安定した火力の燃料を生み出すというもの。

とても科学的な事象ですが、専用の道具も必要なく、炭窯も土と石を現地調達できるため、どのような土地でもつくることができます。出てくる煙や匂いといったちょっとした変化を観察しながら、直接見ることができない炭窯の中の様子を想像し、火の具合の調整を繰り返す。そうして、質のいい炭を多くの量とれるような方法を模索します。農作業もそうですが、ただただ労働をこなすのではなく、常に観察し考えながらよりよい方法を模索し続けるのです。

そんな炭作りにおいて、島根の山々が「西の横綱」と呼ばれていた時代がありました。農家の人々は木々が茂る山々をリソースとしてポジティブに捉え、あちこちで副業的に炭焼きを営むことで山村に「豊かさ」をもたらしていたのです。炭という価値あるものを作れるからこそ、中国山地の隅々まで人々が暮らしていました。しかし、1960年代におこったエネルギー革命によって、木炭産業は急激に衰退してしまいました。炭焼きの価値が失われたことで山村から価値が失われ、人が急激に都市部へ流出していく……そんな島根の状況を指して「過疎」という言葉も生まれました。過疎とは、かつてあった豊かさの裏返しの言葉でもあるのです。

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島根県大田市にある炭窯、「大田市炭窯マップ」(1996年、NPO法人緑と水の連絡会議)より引用

里山に再び価値を、群言堂と鈴木さんの挑戦

「大森町には手入れの行き届いていない里山があり、荒れてしまっている。大森町の里山の植物を活用したものづくりができないか?」これはアパレルブランド「群言堂」の会長・松葉大吉さんの言葉で、以前鈴木さんにインタビューをさせていただいたときに伺いました。この言葉はまさに、銀や炭に変わる新たな価値を島根で生み出せないかという提案でした。

記事でも紹介したように、鈴木さんが取り組むのは「小さな森のような畑づくり」です。畝を壊さず、肥料をいれず、草自身の力で様々な野菜たちが育っていく生態系。人間が植物を完全にコントロールするのではなく、よく観察して、生かしあう条件をさぐる。ときに動物たちの力を借りながら、少しだけ手を入れ、その恵みをいただく。そんな小さな森を鈴木さんはつくろうとしています。

なにも知らずに見ると、鈴木さんの畑は少し雑然とみえるかもしれません。しかし、彼の目を通してみた畑は、四季の変化や植物同士の盛衰の物語に溢れています。鈴木さんを訪ねていけば、その時期に茂る野菜を千切ったサラダや自家製の蕎麦打ち式の手打ちパスタとともに、その物語全体を自然の恵みとしていただくことができます。

──里山の価値を信じ続けた群言堂。アパレルメーカーにもかかわらず、大森では「暮らす宿 他郷阿部家」という宿泊施設も運営しています。古民家を生かしながら、新たなデザインを取り入れる「復古創新」という群言堂の世界観を体現する宿は、暮らしのなかにある確かな価値を私たちにみせてくれるのます。そんな長年に渡る取り組みが評価され、先日、群言堂の松場登美さんは令和2年度の「総務省ふるさとづくり大賞最優秀賞(内閣総理大臣賞)」を受賞されました。この他郷阿部家の食卓には、鈴木さんの作った野菜もならびます。大森という地で生み出されたものを、大森で味わうことができる。そんな豊かな暮らしを鈴木さんは支え始めています。

暮らす宿 他郷阿部家

とはいえ、鈴木さんもまだまだ農家としては新米です。アイガモ農法にチャレンジするも思うようにいかなかったり、収穫直前の稲穂をかなりの数イノシシに倒されてしまったりと、失敗も多くあります。ただ、鈴木さんとお話していると、聞けば聞くほど彼のプロジェクトの壮大さを感じます。「小さな森のような畑」を目指し、自分の田畑におさまらず周辺の川土手や畦道など環境に少しずつ手を入れはじめた物語を聴いていると、自分のことのようにワクワクしてくるのです。

島根で生み出された価値を伝え、表現する

Craftsman’s Base Shimaneは、島根で新たに生み出されようとしている価値をみつけ、共感し、発信するプロジェクトでもあります。価値は東京でばかり生み出されるものではありません。島根在住で、島根の暮らしを営むクリエイターだからこそ、その価値の肌触りを感じとって細かなニュアンスを表現できると思うのです。

今回の映像を担当した大田勇気さんは、松江市の出身・在住。フリーランスとして活躍する映像クリエイターです。大田さんは東京や広島でカメラマンやプログラマーを経験し、独立。現在では島根をはじめ、各地で映像制作を手がける気鋭の若手です。一見すると土臭さとは縁遠いようにもみえる大田さんですが、彼もまた「現代型百姓」だと思います。フリーランスとして、ニーズに合わせて映像、写真、Web、ときにはコーヒーも淹れる。様々に変化し、常に考えながら仕事に向かう姿は、鈴木さんとも共通します。

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鈴木さんの稲刈りの撮影を行う大田勇気さん

対象をいかに捉え、そこにある価値や美を映像によって表現するか。じっくりと観察しながら、最適な機材を選んで向かいます。「これ、重いんですよね」と言いながら見せていただいたカメラは、細身の大田さんの体には不釣り合いなほど重量感がありました。それを抱えながら軽快に、粘り強く撮影を続ける。対象に寄り添って撮影をする柔和な雰囲気はイメージ通りでしたが、撮影が終わったとき、力強くガッツポーズを決めた姿は忘れられません。

映像クリエイターもまた、この島根や里山の暮らしに「価値」を生み出す仕事ではないでしょうか。機材こそDIYでは作れませんが、仕事には手触りがあります。テレビ局や制作会社に負けない映像を、たった一人で撮影し、編集して作り上げることができるのです。全ての工程に関わり、一本一本を自分の作品として、うまくいかなかった部分も引き受けて糧としながら、試行錯誤をしていくことはとてもエキサイティングです。一人のフリーランスだからこそ、柔軟に、自在に、仕事と暮らしを組み合わせることができます。

大田さんは、松江で古民家の購入を検討しているそうです。そこでどんな暮らしをつくっていくのか、どんな価値を見出していくのか。鈴木さんの畑と同じくらいワクワクしてしまいます。また一方で、実は鈴木さんも写真というメディアを熱心に活用しています。鈴木さんはinstagramを重要な発信のツールとして使っており、5000人以上のフォロワーが鈴木さんの畑づくりに胸を踊らせているのです。暮らしも、カメラも、どちらかではなく、どちらもできます。あとは自分に合わせた比率を探していくだけ。鈴木さんと大田さん、お2人を見ていてそう感じました。

どんなスタイルでもかまいません。確かな手触りをもって、作りながら考える暮らしの面白さ。そんな暮らしを、決して便利とはいえない島根で面白がっている人たちがいる。そのことを、ぜひとも多くの方々に知ってもらいたいと思います。

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