島根の「ヒト」と「地産食材」を結びたい──元栄養士・料理研究家が目指す「幸せを生むレシピ」
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島根の「ヒト」と「地産食材」を結びたい──元栄養士・料理研究家が目指す「幸せを生むレシピ」

Craftsman’s Base Shimane
島根県出雲市。出雲大社がある事で「縁結び」の地として有名なほか、日本海や宍道湖で獲れた海の幸や、出雲平野では様々な農業活動が行われており、食の恵みも豊かな地域だ。そんなこの地域で「食」をテーマに活動を始めた高野愛美(こうの・まなみ)さんは、元々病院に勤める栄養士でありながら、現在は料理研究家として様々なプロジェクトを進めている。高野さんに地域の食材の魅力や「ヒト」と「食材」を結ぶ取り組みなど、食に対する想いを伺った。
(聞き手:西嶋一泰、文:宮武優太郎)
高野 愛美(こうの・まなみ)
島根県出雲市出身。島根県立短期大学を卒業し、栄養士の資格を取得後、地元の飲食店に勤務。鳥取県の病院で栄養士業務も経験し、その後出雲市にUターン。現在は料理研究家として、様々な料理教室、レシピ考案などを行っている。

「自分の理想の栄養士じゃない」

高野さんはどういう経緯で、料理研究家を目指したのだろうか。まず自身の生い立ちから伺ってみた。

「私の地元は出雲市の出西(しゅっさい)です。もともと料理は好きで、食べることも作ることも楽しんでいました。栄養士だった母の影響が大きいですね。それで自分も母のような栄養士になりたいと思って、県内の大学に進学し、栄養学を学びました。卒業後は飲食店で働いたり、鳥取県の病院で栄養士として勤務したりしていましたが、料理研究家になりたいと思って地元に戻ってきました。

そう思ったのは、病院勤務をしていたときのことです。栄養士ですから、病院食の献立を考えますよね。私は病院食って身体の中から病を治していくためにあると考えていたのですが、実際の勤務では必ずしもそうではなかったのです。調理の仕方ひとつとっても、効率を重視した作業の進め方が求められることが多くて「これは自分の理想としていた栄養士とは違うかな」と思うようになったのです」

自分の理想と現実のギャップは大きかった。それを埋めるためにまず始めたのがInstagramだった。

「会社に勤めながら、「まずは料理をつくって発信できる人になろう」と考えました。そこで自分のレシピから料理を作り、Instagramに投稿し始めました。夢があっても「働いてるからできない」と考えてしまっていては、何も始められませんよね。もちろん今すぐ仕事を変える勇気はないけれど、働きながらでも夢に向かってできることがあるはずです。続ければ何かしら形になっていくと信じて、ひとつずつ進めました」

Instagramの投稿と、出西窯の器の魅力

試行錯誤を重ねながらアカウントを運営していった。

「最初はきちんとした作り方も載せていませんでしたし、自己満足に近いものでした。しかし「詳しく作り方を書いてほしい」というコメントをいただいてからレシピを記載し始めると、「この料理つくってみたよ」とか、多くの反応を頂けるようになりました。

続けるモチベーションになったのは「誰かの役に立っているかも」という感覚です。それで「1年間毎日投稿する」と目標を定めてレシピを載せていきました。現在フォロワーは3000人近くいますが、全国の様々な場所に住んでいる方が見てくださっているので、今後はもっと地元・島根の食材を活かした料理を載せていくことができたら面白いですよね」

画像を投稿するなかで、器についての認識も深まっていった。

「お皿が違うと、全てが違ってきますね。料理にあったお皿を使えばより美味しく感じると思いますし、食欲も湧いてくるはずです。ですから器には拘っていて、特に地元にある窯元・出西窯の器を好んで選んでいます。色合いがすごく素敵なんですよね。夏は涼しげな青い色のお皿を使うのがお気に入りです。小さい頃から自分でもよく使っていて、愛着があります」

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高野さんのInstagramアカウント(@ma_chan0525 )より

「和の食器は使い勝手がいいんですよね。たとえば、和食を洋風のお皿に組み合わせるのはかなり難しいですが、洋食を和の食器に載せても使える部分があります。和の食器は使うほどに味が出てきますし、変化を楽しめる点も魅力ですね」

「食べることは死ぬまで続く」からこそ

そうして料理研究家としての道を歩み始めた高野さん。改めてその想いを伺った。

「「食を通して人を笑顔にしたい」という夢を小さい頃から持っていました。料理はあくまで「食」の一部です。私は食という多様で広い分野のなかで、たくさんの方を笑顔に幸せにできたらいいなと思っています。

具体的には、栄養士としての経験を活かし、いわゆるレシピをこえて食材の栄養や身体の働きについても伝えていきたいですね。改めて料理の勉強をすると、大学や栄養士としての仕事のなかで学んだ知識の理解が深まっていくような感覚があります。栄養バランスがよく、安心安全なものを食べたいという誰しもある気持ちに寄り添えたらいいなと。そこでSNSの投稿でも、食材が持つこの栄養についても記載する様にしています」

人を笑顔にする身体に優しいレシピ。そんな高野さんの食に対する考え方は、どのように培われたのだろうか。

「食べることって死ぬまで続きますよね。そのことに思いを馳せるだけでも、「食」は生きていくうえでとても大事な要素だと気づけるのではないでしょうか。

だからなるべくできあいの物ではなく、自然の素材から作ったものを選びたい。日持ちさせるために添加物が入っている食材もありますが、便利なものに頼りすぎないようにしたいという思いがあります。もちろん、全ての料理を無添加の素材で作るとなると難しい部分もあります。そこで健康と利便性を両立するために、どこを押さえてどこでラクすればいいか。そのポイントを伝えていきたいですね」

地産食材を知り、食を豊かにする

高野さん自身は、どんなふうに食材を選んでいるのだろう。

「昔から地元食材をよく買っています。私は道の駅やスーパーをはしごして食材を見にいくのが趣味なのですが、いろいろ見ていると地元のものがいいなと思えてきます。

というのも、生活もありますから高い食材ばかりは買えませんよね。それでも新鮮かつ美味しいもの、安全かつリーズナブルなものを食べたいと考えると、地元産の食材を選ぶことになるのです。そんな食材が近くにある環境にいられることは、とても幸せだなと思います。スーパーには全国から取り寄せられた野菜がいつでもありますが、やはり新鮮な地元野菜には敵わないなといつも感じています」

食材への探究心から、高野さんは生産者との交流も始めた。

「食材についてもっと深く知りたいと思って、生産者さんとお話しする機会をいただきました。彼らの食材への想いや、失敗しても諦めずに繰り返し挑戦していく姿からは、強いプロ意識を感じると同時に、仕事を頑張るためのエネルギーももらいましたね。どんな思いで食材を作っているのか知ると、料理を作る側も食べる側も、美味しく作ろうとか残さず食べようとか、そんな気持ちが芽生えますよね」

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出雲のブランド味噌「佐田味噌」の製造過程

高野さんには、消費者と生産者をつなげたいという想いがあるようだ。

「みんなが自分自身で満足いく選択をしてほしいという気持ちが一番強いですね。私も今の仕事をする前は、食材やそれをつくる生産者について、深く考えられてはいませんでした。生産者を知り、その想いに触れる機会がなければ、食に関する視野は狭くなります。「こういった考え方や選び方があるんだよ」と多くの人に知ってもらうことで、一人一人の食が少しでも豊かなものになったら嬉しいです」

ブランド味噌「佐田味噌」の魅力を伝えるために

食を豊かにしていくために、料理だけではなく食材についても伝える。そのために、高野さんはSNSだけではなくさまざまな活動を行っている。

「個人や親子を対象とした料理教室を開催しています。料理教室への参加はハードルが高いと考える方も多いため、どうしたら気軽に参加してもらえるかいつも試行錯誤しています。そこで最近やったものでは、小麦アレルギーを持つお子さんのために、米粉を使ったお菓子を作る教室をやりました。どの子も美味しいものが食べられるよう工夫しています」

他にも、地元の生産者と食材にスポットをあてたイベントも開催しているという。

「イベントごとにテーマ食材を設け、それを使ったお料理を提供するとともに、ゲストとしてお呼びした生産者の方にお話いただくというものです。

第1回目のテーマは出雲市の「佐田味噌」でした。無添加で作られている佐田味噌は学校給食にも使われていて、生産者の方も食育に力を入れています。イベント当日、私は調理にくわえて、料理に合った味噌の選び方もお伝えしました。それから、事前に佐田味噌の方に取材させていただき作成したフォトブックも参加者にプレゼントしました。男女問わずさまざまな方に来ていただき、それぞれが食に対する新たな気づきや発見を持ち帰ってくださったようです。準備は大変でしたが、その分だけ嬉しさも大きかったですね」

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イベントで参加者に配布したフォトブック(イベントページ

人と食材を「結ぶ」

じつはこのイベントを主催するのは高野さん個人ではない。高野さんも参加するチームで動いているという。その名も「Omusubi」。

「Omusubiは「結(むすぶ)」をコンセプトとして、食に関わることを発信していくチームです。おむすびには様々な具がありますが、お米は具の味をまとめてくれますよね。「多様な島根の食材をたくさんの方に繋げていきたい」、そして「人と人の関わりを結びたい」、そんな意味を込めてこの名前にしました。だから「おにぎり」ではなく、「おむすび」です(笑)」

このチームが立ち上がった経緯を聞いた。

「ずっと「食を通じて、自分たちも楽しんで、誰かのためになることをしたい」と思っていました。この想いを映像や写真が得意な友人に話したら「まずは生産者さんの話を聞いてみよう」ということになったのです。しかし、私たち自身はそのとき生産者さんとのパイプがなかったので、農業分野で働く県庁職員のメンバーに声をかけました。それがOmusubiの始まりです。まさに人の繋がりによって生まれたチームですね」

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Omusubiプロジェクトメンバー

「島根は人の心の距離が近いし、みんなが繋がりを大切にしています。ですから、ふと何かを始めようとした時、チャンスに恵まれやすいのかなと思っています。繋がりが繋がりを生んでいくので、新たな出会いと営みがどんどん広がっていくからです。私は1回島根の外に出てみて、その魅力に気がつきました。Omusubiの繋がりが生まれたのは、なにより島根の食材が美味しかったからですけど!(笑)」

──SNSから「食で誰かを幸せにする」取り組みを、少しずつ始めてきた高野さん。そんな彼女の行動は、人を笑顔に変え、自分自身を理想の姿に近づけていった。料理の魅力を伝え続けるのは、誰よりも「食」を愛しているからこそ。高野さんの「人を幸せにするレシピ」は今日も更新されていく。

Craftsman’s Base Shimane
手を動かすなかで、新しい生き方を探る。たしかな手触りをもった、自分らしい暮らしを作る。そんな島根のクラフツマンたちとつながる場「Craftsman’s Base Shimane」。