クリスティーンの最終選択冒頭

『オペラ座の怪人』考察備忘録。
 25周年記念公演版をベースにしております。

 前回、結末と真逆の内容の二次創作物を、載せてしまいました。
 二つ載せております。どちらもあまり長くはないので、よろしければどうぞ。2つ目の方は少々加筆訂正して載せ直してます。18禁要素は入ってないので安心安全ですが、一次物原理主義の方にはおすすめできません。
 どちらも読んで戴ければ解りますが、あの二つは、同じ一コマを描いてあります。この一コマ、事実は、
・娘が朝起きて、広間に入ったら、男が作曲していた。
・男の作曲後、娘が男の膝の上に乗せられた。
・しばし見つめ合った。
・娘が男の右横顔に触れて、二言三言話した。
 たったこれだけです。けれど、この二つは、風景がそこそこ違います。
 …違っているはずです。違ってなかったら私の筆力不足です。

 で、本当のラストは、当然こんな甘っちょろくはありません。
 甘くないからこそ美しく、観る者を捕らえて放さないのだと思います。

 ネタバレあります。主観です。


■ファントムの見えない素顔

 ファントムの命題は、撤回されることなく、下されました。
 クリスは、答えを出さなければなりません。

「暗闇に住む哀れな人 どんな人生を送ってきたの?
 神様どうか勇気を… あなたに教えてあげたいの
 あなたは孤独じゃないと」

 これがクリスの台詞です。

 この台詞を解く前に、ここで先ず思うのは、ファントムの表情です。
 クリスに顔を向けているときと、背を向けたときでは、表情が、全く違います。
 クリスに顔を少しでも見られているときは、今までのようにかなり厳しい表情なんですが、完全に背を向けて、「もう顔は誰にも見られてない」と思ったら、作られた表情がまったくない、素直な顔になるんです。
 多分この顔は、作中では、クリスティーンが失神したときが最初で、このときが二度目です。もうラスト間際なのに、ここまでたった二度しか出てこない表情です。これに近いものが出たのが、クリスに怒られたときの「ちょっと落ち着け」ですね。

 これがねぇ、ほんっとに、素敵なのです。
 もともとラミンが、とても素敵な目をした方だから出来ることなのでしょうが、本当に柔らかい顔になるのです。
 さっきの迫り方が「私を選べ」だったのに対して、この顔だと「僕の傍に居て欲しい」みたいな、そういう感じなのです。
 クリスには見せるつもりがないみたいなんですけど、絶対さっさと見せた方がよかった顔です。見せられなかったのも解りますから、それがまた哀しいんですけど。

 これなら、素顔でもいいけどなぁ…。
 所詮特殊メイクだからその程度の感じ方で済んでいるだけかもしれませんけど。
 髪の毛がポヤポヤハゲ散らかしてるのが若干気にはなりますが、ハゲなんて3日も見りゃ慣れるんですし、それでこんな目なら全然ありっつーか、仮面はやっぱりとんでもなく格好良いんですけど、素顔のあの表情もぐっとくるっつーか、そのギャップがたまんないっつーか、声は相変わらずいいんだしとか、私の性癖はどうでもいいですね。引くほど熱弁してて怖い。
「そんなのもう知ってる」という方が、もっと増えますように。
 むしろ乗り遅れてるのは私の方だよ。10年くらい前の舞台だもん。
 おじさんになったラミンもこないだ見ましたが素敵でした。

 それはいいとして、このときクリスがどうしたか。
 それがまず、ラストシーンの最初の山場です。


■クリスティーンのキス

 何十年も、いろいろなことが言われている、クリスティーンのキス。
 演出でも、演技でも、その意味は全く違ってくるはずですから、むしろいろいろなことが、言われていなければいけないシーンです。
 今回はあくまでも、25年記念公演版ベースの主観です。

 クリスはファントムにキスをします。
 多分自分からしようとするのは、作中初めてです。
 ファントムは完全に予想外だったという反応で、まるっきり固まってしまっているし、クリスはクリスで「恋への憧れ」みたいなものは一切ない雰囲気ですから、あまりロマンティックなキスではありません。
 感じられるのは、「ある種の決意」みたいなものです。
 今までの、ラウルとのキスとは、何かが決定的に違います。


■「同情」?「博愛」?

 とある界隈では、かつての四季版の「今みせてあげる 女の心」が、それはそれは悪評だったそうでして。どういう演出プランであったにしろ、私もさすがにこれはどうかと思います。
 今回の字幕では「あなたに教えてあげたいの 孤独ではないと」となっています。こっちがずっといいですが、やはり具体性にはかける。

 「あなたは独りじゃない」という表現には本来広い意味があります。
 単なる男女間の愛ではない場合にも普通に使われる表現です。
 なので、台詞がこれしかない上に、雰囲気が全然ロマンティックではない、そんなキスに、見てる側が、「同情」や「博愛」を感じるのは、ある意味当然のことです。

 実際、これを見たラウルは、悔しそうではありますが、その後クリスを責めませんから、「同情」或いは「自分を助けるための献身」だと思い込んだでしょう。ラウルの反応は実にわかりやすいです。
 そして、ファントムもまた、これと似たようなことを、思ったのだと思うのです。それは後に詳述します。
 そういうわけで、第一印象であのキスを「同情」あるいは「人類愛」あるいは「神の愛に近いもの」に感じるのは、むしろ正しい反応なのです。

 私も最初はそうかと思いましたが、思いながら、違和感が棘のように残りました。そのことを、ぽろぽろ泣きながらずっと考えていたのですが、腑に落ちたとき、ボロボロ大泣きでした。
 つまり、ことはそう単純じゃない、という話。
 それは、回を改めて綴ります。

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