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夜散歩

夫と夜散歩した。あたりは完全に暗闇となった夜9時ごろ、まだしっかりと寒く、ダウンジャケットが欠かせない。

満月に近い月がいた。辺りの雲まで明るく照らし、月の表面の凸凹が見えるほど、立体的で白に近い明るい月だった。

まずは近所の神社にお詣りする。細長く続く参道の両端に灯された灯りは、月の従者のようにまあるく、適切な距離で私たちの歩く先を照らしてくれた。

木々のざわざわ、虫の音があちらこちらから聞こえてくる。夜起きている同志だ。よろしくな。

その後、川沿いを歩いた。静かな住宅街だからほとんどだれも通らない。高い塀に囲まれたほっそい隙間の道があった。どこにつながるかわからないけど、とりあえず進む。不思議の世界に入る入り口は、細い道や路地裏のことが多い。『ねじまき鳥クロニクル』のオカダトオルの家の行き止まり通路しかり、『ハリー・ポッター』のダイヤゴン横丁への入り口しかり。

歩いているうちに、大きな道に出た。てらてらと光るドラッグストアが眩しく、学生時代にキャンプの帰りに立ち寄った、真っ暗な中でやけに明るく、その町の人たちの拠り所となっているであろうドラッグストアを思い出した。あのとき、急にお腹が痛くなって、夜に車で山を下りてスーパーまで連れて行ってくれた友達よ、ありがとう。

道沿いのマンションの廊下に続く灯りも、車のヘッドライトも、警備員さんが持つ誘導灯も、夜に光っているものは皆、月から光を分けてもらい、月にかしずく者たちだ。夜の絶対的な存在である月には、何物も逆らえないのだ。

でも、月には秘密がある。月自体が輝いているのではなく、太陽の光を受けて光っているように見えていること。

月は太陽の光を反射しているだけと知ったとき、嘘だ!と思った。だってあんなに輝いているのに。知らないままでも良かったとすら思った。

自分が見えていることだけで世界をとらえると、本当の世界は見えなくて、だけど、本当を追い求めるだけでは、自分の幸せにはつながらないのだろう。

本当と、本当じゃないこと。本当を追い求める不幸せもあって、本当じゃないことを愛せる幸せもある。

彩瀬まるさんの『くちなし』に入っている短編「花虫」を読んでから、本当ってなんだろう?とたびたび思うようになった。

夫と無言でてくてく歩く夜道、いろんな思いが意識下、無意識下で現れては立ち消える。夫はどんなことを考えながら横を歩いていたのだろう。傍から見れば、ただ同じように歩いている二人だけど、頭の中は全然違う二人だ。

夜の散歩は不思議の世界に誘われる予感がして楽しい。



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