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敦煌:鍋の中

21世紀の幕開け、2001年へ年が明けるその時、私は敦煌にいた。

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1年間という約束で、アメリカから中国へ一緒に行った彼は上海で働いており、田舎に派遣された私とはひと月に一度くらいしか会えず、寂しかった私はその彼が敦煌の中学校に3ヶ月ほど出向くということになった時に、敦煌まで訪ねて行った。

大学時代に歴史の授業を沢山とったけれど、ほぼ全てがアジア以外の歴史で、中国史といえば毛沢東あたりからのことしか知らない私も、西安には兵馬俑があり敦煌はシルクロードの分かれ道くらいは知っている。というか、私の敦煌についての知識はそれくらいしかなかった。

12月末に出向いた敦煌は冷たく、カラカラと乾燥した空気となんとなく黄色く澱んだ空、そして全体的に寂しい街並みだった。砂漠に近く、道路脇や遊具のある公園や小学校にも緑はない。半日で肌がバリバリと乾燥し、唇が切れて血が出た。教員用のアパートの中は暑いくらいに暖房が焚いてあり、外教(外国人教師)が来るということで、部屋の中にはカゴいっぱいのオレンジや胡桃やりんごがおいてあった。2週間の滞在だったが生徒たちや保護者、学校関係者や近所の人は本当に優しかった。

旧正月は盛大に祝う中国だが、1月1日は家庭でご馳走を作るくらいだと言っていた中学校の同僚教師たちが年明けの2日に私たちを近所のレストランに招待してくれた。

7−8人が丸テーブルに座り、タバコに火をつけビールを注いで周る間に、あらかじめ頼んであった料理がわんさか運ばれてくる。その真ん中にコンロと大きな鍋が置かれた。私の取り皿は彼らが食べろ食べろと取り分けてくれる料理ですぐにいっぱいになり、スープのお椀にも鍋の中の野菜や肉が入れられる。唐辛子と花椒の辛い匂いがした。

このスープは寒い冬に元気をくれる薬のようなスープだ、飲め飲めと言い、みなさん私が食べる様子を興味津々で見守っている。薬膳のような草っぽい味がするスープは辛いけれどおいしかった。ただ肉が臭い。

口に入れると独特の野生な味がする。脂肪が全くついてないぶつ切りの肉は赤身で繊維質が多くなかなか噛みきれなかった。

隣に座る英語の先生に聞いた ”これは何の肉?”

彼女はちょっとだけ躊躇した表情で何か言おうとしたが他の先生たちに止められて ”鍋が空になったら教えてあげる” と笑った。その言い方に何となく嫌な感じがして自分のお椀の中にあった肉片は失礼がないよう食べたが、それ以降は鍋には手をつけなかった。

彼らは旺盛な食欲とお酒の飲みっぷりで、テーブル上の料理がどんどんなくなっていく。”よく食べるなぁ”と見ていた私の向かいに座っていた男が鍋の中からお玉で半分に割られた頭蓋骨を持ち上げた。

それを見た時に、その頭の小ささにこれは子羊のスープだったのかと思い、伝統的な料理とはいえ、こんなに小さい赤ちゃんを鍋にしたのかと苦しくなった。ちょっと顔を歪めた私に、お玉を持った男性が笑いながらトドメを刺した。

”どうだ、初めての犬鍋は!おいしかっただろう!”

中国では犬を食べる地域があるのは知っていた。日本でも外国人から見れば野蛮だ・可哀想だという動物を食べる習慣もあるのだから、私が中国人にあれこれ文句を言うつもりはない。だけど、私に知らせないまま犬を食べさせたのは我慢ならなかった。笑って見ていたのも許せなかった。

カアっと顔が熱くなり、怒りに任せて私はお玉を持つ男を罵倒した。英語だったので何を言われているかわからなかっただろうが、大きな声で怒鳴っている私を見て彼らは大笑いしていた。

隣に座る英語教師とボーイフレンドを交互に見て、これが犬だと知っていて私に食べさせたのか、と聞くと二人とも笑いながらうなずいた。

頭蓋骨は私がコロラドに置いてきたチワワたちのと同じくらい小さかった。

”いいじゃないか、中国の文化なのだから”と私を宥めようとするボーイフレンドの椅子を思いっきり蹴り飛ばすと、彼は3mほど吹っ飛んだ。彼はここに来るまでは犬好きで私のチワワも可愛がっていたのに、この小さな骨を見て何とも思わないのだろうか、と不信感と悔しさが一気に襲った。

床に転げる彼を見てシーンとなった一同のひとりひとりを指差しながら Fuck YOU, fuck YOU, fuck YOU, and fuck YOU, too! と大きな声で罵り、私は彼を置いてレストランを出た。

その時から私は彼のことがあまり好きではなくなった。滞在中にラクダに乗ったり遺跡に行ったりと行動はともにしたが、日を追うごとに彼を思う気持ちは萎んでいった。

3ヶ月後に彼が上海に帰ってきた時、私はもう会いに行かなかった。

出された料理の中身は何なのか教えてもらえないものは食べないようにもなった。

そんな21世紀の始まり、敦煌にて

シマフィー 

*今日は中国では旧正月でおめでたい日なのに、こんな思い出話をしてごめんなさい。


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