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インターネットモテモテ期の終焉

初めてコンピューターを買ったのは90年代の半ば、留学していた大学時代、もう学校のライティングセンターに通いつめるのがキツくなっていた頃だった。
ワープロやコンピューターを持っていない生徒(99%の生徒)は学校図書館や寮にあるライティングセンターに通い、そこで論文の清書をしていた時代だ。
私が通っていた大学には大きな図書館が4つあり、そのうち2つは24時間開いていたので、夜中に頑張るタイプの私は大抵が深夜1時とかに家を出て図書館で宿題をしていた。*その頃の私はこちらに書いています↓。


思い悩み、大枚をはたいて買ったPCでネットが繋がるようになり私がハマったのは論文ではなくオンラインチャットだった。
AOL(アメリカオンライン)という会社でメールアドレスを作ると(トム・ハンクスの映画"You Got Mail"のあのAOL)、個人のプロフィールを公開したら他のAOL会員からチャットが送られてくるという、今でいう出会い系のようなマッチングアプリのようなサービスがあった。ネット犯罪や個人情報流出などの心配が話題になるのはずっとずーーーーーっと後の話なので、私はひょいひょいと名前や顔写真なんかを載せていた。さすがに電話は載せていない。

すると毎日毎日たくさんの知らん人からメールやチャットが来るようになった。中には食事に行こうとか映画を見ようとか、デートに誘ってくる人もいた。
そのほとんどは丸無視していたのだが、来る日も来る日もデートに誘われると “ひょっとして自分はモテモテなのでは?”と錯覚に落ちる。
そして何を血迷ったか、“モテモテ”の自分は誘いをかけてくる男性をフルイにかけ、“合格”した男性とデートをしよう、と何とも勘違いの行動をとる。

それからは毎日届くメールの写真、職業、年齢や学歴に目を通し “合格”と“不合格”のフォルダーに振り分ける作業が日課になった。

今こうやって振り返ると自分は本当にくだらない人間だったと思う。ただ当時の私は モテモテじゃーーーーー と舞い上がっていたのでどうか大目に見て欲しい。

そして私は晴れて“合格”ファイルのトップ3の男性とデートの約束をした。

一人目はジョニー・デップ似(と自分で言っていた)の哲学専攻の大学院生で、会ってみると本当にジョニー・デップにそっくりだった・・・・がワキガだった。
ご飯を食べていても苦しくなるほどにワキガで、その後公園を散歩しようと誘われたが飼っていたチワワが病気だと嘘をつき帰宅した。

二人目はセスナ機を持っていたお金持ちのパイロットで、デートは自分の操縦で2時間の遊覧飛行と聞き、喜び勇んで出かけた。私は乗り物で酔うことはほぼなかったが、その小型飛行機の揺れのせいか15分で顔面蒼白になり、30分で地上に戻ってきてもらった。更に彼はアメリカ国籍の女性と結婚して永住権を取りたかったことが判明し、日本国籍の私は“不合格”になった。

三人目は銀行に勤めるサラリーマンで、ビシッとしたスーツ姿がよく似合うモデルのようなイケメンだった。送られてきた写真はオフィスで撮られたもので、コーヒーを持ち、立って同僚と談笑しているような自然な姿で、写真でもスーツが上質で靴がピカピカなのがわかる。私から積極的に誘い、日曜日の午後、コーヒーショップのテラス席で待ち合わせをした。

私は早めに席を取り、彼が来るのを待っていた。本を持って行っていたが、ワクワクしすぎで集中できず、しょっちゅう鏡を取り出しては口紅が取れていないか、マスカラがにじんでいないかをチェックする。

天気も良く、賑わう通りの向こうに背の高いブロンドの男性が見える度に、彼かも!と思い凝視した。

しばらくすると写真で見た彼の顔が遠くに見えた。まちがいない、あのスーツのイケメンだ!

近づいてくる彼を見ながら、私はじんわりと嫌な汗をかいた。

ニコニコと近づいて来る彼はスーツではなかった。それはそうだろう、日曜なのだから普段着のカジュアルな格好でいい。
ただ、その普段着は私の想像を超えていた。

なんか知らんアニメ柄のTシャツ、なんか知らんチェック柄のジャケット、なんか知らんバミューダパンツ、なんか知らん長い靴下、なんか知らんランニングシューズ、なんか知らん小さいバッグ

そしてその一つ一つは違う色だった。

顔は写真で見た通りのイケメンだ。まつ毛が長く美しい。
でも私の向かいの席に座るとアニメ柄のTシャツに描かれた女性のおっぱいがちらちらと見える。
大きく足を組んで座る足元の靴下はふくらはぎを半分まで隠し、スニーカーは小学生が運動会で履くような白い靴紐がひらひらしている。
小さなバッグには財布と車の鍵が入っていた。コーヒー代を払う時に見えた財布は、お母さんのお下がりの様な赤い布地に小さな星が刺繍してあるものだった。

何を話したのか、彼の名前は何だったか、全く覚えていない。

彼とのデートで私のインターネットモテモテ期は終わった。ネットでは予想もつかない人に出会う・・・そして自分は真のモテモテではない、それがわかっただけの擬似モテモテ期だった。

シマフィー 

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