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500マイルの迷い

500マイルか……遠いよな。俺は迷う。
距離も長いが、離れていた時間も長い。
ひょいと出向いてコーヒーを飲んで別れる距離でも時間でもない。

仕事がやっと軌道に乗った。仲間と試行錯誤をし、何が正しいかわからないままの年月だったが、自分たちが誇りに思うことを信じてやってきたんだ、世間様から認めてもらうのはありがたいし素直にうれしい。
そして軌道に乗るとは君との愛はそれまで以上の努力なしでは続けられないということでもあった。
二人で一人、一人だと半分、そんなに大切な人だったのに。

俺はバカだからすぐにはわからなかった。

・・・・で仕事があるのよ。だから行くわ、もう・・・・だから、そうしましょう。

頭の中はいつも仕事だったから、次は何をしなければならないのか、あいつが渡した書類をいつまでに頭に入れなければならないのか、そんなことしか考えてなかったから。
君の告白も半分しか聞いてなかった。告げられた街の名も去る理由も聞き返しもしなかった。時間がなかったんだ、幸せな君の未来を想像する、二人の夢を描く時間が俺には見つけられなかったんだ。

なのに、今の状況はひどい。伝染病のせいで仕事が制限されて時間ばかりある。自分が半分なのだという事実が日毎に鮮明になる。

こんな時間の大半は苦しくて金もなくて時間ばかりあったあの頃の風景を想っている。
あいつの散らかった部屋で夜更けまで将来について話し込んだ時。
あいつらと偉い人に会いに行かなければならず、じゃんけんで俺が負けて一人で行かされた時。
懸命にやっても、誰にも認めてもらえなくてあいつがメガネを外して涙を拭いた時。
ここに帰れば、君がにこにこしながら待っていてくれた時。
絶対成功するよ、と微塵ほどしかなかったプライドを守ってくれた時。

時間がなくなった俺は君をないがしろにしたのに、時間がある今、思うのは君のことばかりだ。過ちをあれこれ悔やんで1日が終わる。

あの時に告げられた街の名前を探してみたい。
俺はコンピューターが使えないから、いつもマックというのを抱えているあいつにやって貰う。


え、どこ?

とにかく調べてくれよ、どれくらい遠いのか知りたいんだよ。

なんでよ?何かあるの?

なんででも!早くそのマックを使って調べてくれよ。

わかったよぉ。んーーと……遠いよ。ここから500マイルちょっとだな…直線だと。運転するならもっとだぞ。

そうか。

なんだよ、お前こんな真冬にキャンプにでも行くのか?何もないぞ、ここ。ただ星を見るには最高の場所だって書いてある。

そうか。ありがとう。もういいよ。


あいつが背後から “なんだよー変なやつだなー、行く時はちゃんと俺らに言ってからにしろよー” と叫ぶのを聞きながら、俺は納得がいっていた。

君は星が美しく見えるところへ行ったのだ。
自然に囲まれて静かに暮らすのが夢だと言っていたから。
半分だけの自分でも迷わず、輝く星のあるところへ行ったのだ。

500マイルか。飛ばしていけば一晩でつくかもしれないな。
どうせ仕事もないのだから、行ってみようか。

そんな風に思うけれど、思うだけで、迷ってばかりだ。

家に帰るとちびちびとウイスキーを飲みながら、なんとなくバッグに荷物を詰めてみる。会いたい気持ちは大きくなる一方で、飲まないとすぐにでも車に飛び乗りそうだから、飲んでしまう。これでもう今夜は運転できない。

いいんだ、行かなくて。
時間があるから、荷物を詰める時間があるから、君のことばかり考える時間があるから、行こうなんて迷ってるだけだ。

俺はバカだけど、それくらいはわかる。
やっぱり愛しているという理由で時間も空間も飛び越えられるわけではない。
500マイルという距離は俺の迷いを正当化する。

ふと寝室の方に目をやると、ちょうど時計の針が12時を指した。
短い針と長い針が重なり合い、一本に見える。
何年前かのこの時間、君に甘え寄る俺をみて、私たちは12時みたいだと笑ったな。
ちょっとだけ目頭が潤んだ瞬間、電話が鳴った。

“お誕生日おめでとう”

絶句する俺に息をつかせぬ間に懐かしい声は告げる。

“寝室の窓を開けてみて。ちょっと右上を見たらプレゼントが見えるわよ。”

俺はまだ言葉もないまま、言われる通りにガタガタと窓を開ける。

カシオペアだ。いつもは綺麗に見えないのに、街の淀んだ空気に遮られて見えないのに、強く輝く星が見える。大切なものは遮られても、遠くても眩しいほどに輝いているのだ。今夜はそれが一番綺麗に見える夜なのかもしれない。

カシオペアが見れるなんて、君の声が聞けるなんて、君も俺のことを考えていてくれたなんて。
思わず笑みがこぼれ、告白してしまう。

俺、君に会いに行こうって考えてたんだよ、今夜。
たった500マイル先らしいから、明け方に出たら昼過ぎには着くよ。
迷ってたわけじゃないんだよ、思い立ってすぐにも出たかったけど、ちょっとだけウイスキーを飲んじゃったんだ。

ふふふ、と君は笑って告げる。

“今度は下を見て”


薄暗い駐車場で大きく左手を振る影が見えた。

君は500マイルに迷わなかった。
時間のせいで去った君は、距離のせいで迷うことをしなかった。
カシオペアを連れて半分の俺の元に帰ってきてくれた。

“誕生日おめでとう”

シマフィー


*これはアルフィーさんの”星空のディスタンス”を元に書いたフィクションです。今日は桜井さんのお誕生日なのでハッピーエンドです。

*アルフィーさんは公式のチャンネルがないのでファンの方がアップしている映像を貼っておきます。早く公式作ってくれないかな〜

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