見出し画像

透明板のゆうれい 03

02に続き、今回も1枚の写真がきっかけになった。
日常の景色の02に対して、今回はパリへ旅行したときの写真。

 2014年、初めて訪れたパリ。オペラ・ガルニエ宮のバルコニーから見た広場の光景。
 大階段、大休憩室を歩き、初めて見るネオ・バロック様式の豪華荘厳に興奮しつつも少し疲れてバルコニーへ出ると、外にはバイオリンの音が響いていた。広場を眺めるとバイオリンを弾く青年の姿。行き交うなかの数人が彼の演奏に立ち止まり、目の前の弧を描いた階段では、座り込む人々が音に耳を傾けながらそれぞれの時間を過ごしていた。旅行者の僕は、眩し過ぎる劇場に背を向け、ルーブルへ延びる通りの、夕暮れの柔らかな色彩に包まれた穏やかな景観を眺めながら、聞き慣れない街の雑音と彼の演奏を聴き、体感の全てに異国の情緒を感じたのだった。
 いま思うと、彼がどのような立場であの場で演奏をしていたのかわからない。もしかしたら大きな断絶の中で生まれた光景であったかもしれないことを考えると、美しい光景ではなかったかもしれない。
 ただ、思考や認識の外で、旅行者は、眼と耳を通して体感した光景を忘れまいと焼き付けたのだった。

 日頃、見慣れた通りを眺め思う。何人の人がこの道を歩いただろう。そしてどれだけその光景を自然に眺めてきただろうか、と。数多の瞬間の投影と観察の先に自分があることを思うと、せめても美しい光景を愛す目は失わないように、と思う。

 そういえば、カメラは家族から譲り受けたものを使っている。元の持ち主も海外へ行くたびに同じカメラを使っていたそうだ。彼と自分の眼が覗き込むファインダーの先に見えている景色は、数多の投影から浮き上がったひとつなのだろう。

●「03」のアーカイブ

04は、今週は少し休憩。9月中には再開予定です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?