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アーカイヴ(時事詠5首企画 Apr.2020)

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はじめに

わたし達は常に「いま」の真っ只中にいる。そしてわたし達はいま、コロナ禍にいる。

わたしが文芸サークル「嶌田井書店」のメンバー(篠田くらげ・蒼井灯)に今回の企画を挙げたのは、3月21日のことだった。無期限活動休止のお願いと、活動最後のネプリ企画を持ちかけたのだ(サークルは、2018年秋に境界線をテーマとした「嶌田井ジャーナル」を発表してから活動休止していた)。その後の話し合いを経て、テーマは「私が『境界線』を感じるいまを詠む」、タイトルは「アーカイヴ」と決まった。英語で「記録・保存する」という意味だ。いまこの時を記録として残したいという願いを込めた。

参加歌人の皆さんへは、いま見ている風景、感じている思い、立っている場所、それらを記録したい。読者だけではなく、作者自身も数か月後、数年後にネプリを読み返し、あの時自分はこんなことを思っていたんだなと思えるネプリを作れたら、とお声がけした。皆さんからご快諾いただけてうれしかった。

嶌田井書店のメンバーには感謝の気持ちしかない。サークルがここまで続いたのは両人のおかげだ。個人的な理由で続けられなくなったことをお詫びし、ここに結ぶ。

嶌田井書店
河嶌レイ

アーカイヴ 目次

はじめに

非 日常 | chari
せかいはひとつ | 中村成志
不要不急 | 蒼井灯
ちらかる | 麦野結香
狼煙のにおいがずっと消えない | 河嶌レイ
インビジブル | 風野瑞人
祈るように | 篠田くらげ
沈黙 | 矢野和葉
Time Line ―事実と認知の境目 | 宮嶋いつく
漂白 | 月丘ナイル
桃色月 | 太田青磁

COVID-19 ニュースタイムライン
あとがき

非 日常   chari



マスクしたピクトグラムが「危ない」と真っ先に逃げる 素振りを見せて

過去 友と十円ずつを出し合って買ったコーラを回し飲みした

粉を吹いて罅割れていく手の甲にNIVEAを塗って また消毒す

マスク越し向かい合ってる唇を重ねるための 免責同意書

海を脱ぎ捨てて打ち上げられた魚 こんな未来を思い描けず


エッセイ:無題
7時に起床し、ニュースを観ながら朝食を取る。洗顔を済ませ、着替え。そして、8時15分。「自宅勤務をはじめます」のメールを勤務先に飛ばして、テレワークを開始する。そして、12時15分から13時の間でニュースを観ながら昼食を取り、16時45分の「自宅勤務を終了します」のメールで仕事を切り上げる。その間に、本当に自宅で働いているかどうかの確認の電話が入ることもある。普段、人間相手の仕事なので、抗わないとすぐに暗闇に飲まれそうになる。そう言えば、ニュースばかり観ている。短歌もしばらく詠んでいなかった。この企画が本当に有難かった。テーマが「境界線」ということで1字空けの歌を5首。どの歌も普段であれば笑って越えられる1文字分の空白。2020年4月16日現在では越えられない深い谷底のように感じる。早く日常が回復し、こんなこともあったねと仲間たちと笑い合えることを心から祈っている。

chari(ちゃり)@greeenchari2
星野さいくる とも名乗っています。心の花所属。昨年、群黎賞をいただきました。短歌ユニットSECTのメンバー。

せかいはひとつ   中村成志



予定表の予定の上に線を引く一本で引く読めるよう引く

二分咲きの桜へ触れた指が言う(こっちをみるな)(はなしかけるな)

ああそうか世界はひとつだったんだしぶきがぬるい距離だったんだ

一口の紅茶ですべてまっさらになった気がする傷口もある

目をとじてしずかにしているだけでいい今日という字は糸巻きぐるま


エッセイ:無題
世界は本当にひとつだったんだなあ、とびっくりしている。

ろくに外国へも行かず人と会うのが嫌い、理想の生活は引き籠もりという自分がそこそこラクに暮らしていけるこの世界は、細かく仕切られた碁盤のような風景だと思っていた。
ところが違った。
たかが2メートル以内に近づいただけで感染してしまうたった一種類の半生命体が、ただ「人」だけを頼りに地球上を移動し繁殖し埋め尽くせてしまう、そんなべったりとくっついた場所だった。
まさに繋がっていたのだ、土と水と空気で、リアルにフィジカルに。
不謹慎を承知で、正直少し感動すらしている。
どんなに他の地を知らなかろうが人を嫌おうが部屋に籠もろうが、自分はひとりではない。一人でいることは出来ないのだ。

時事を詠むことは難しい。少なくとも自分には難しい。世界はリアルで自分はフィジカルで、なのに体験しつつある事実ひとつすら素直に詠むことが出来ない。
おそらく怖いのだ。世界と肉体を言葉によって剥き出しにするのが、とても。
「それが詩じゃないか」と言われると、返す言葉も無いのだけれど。

中村成志(なかむらせいじ)@nakam8
2004年から作歌を始める。無所属。分からないものや知らないものを見るのが好きだけど調べるのは苦手。たまに歌会などに出没します。

不要不急   蒼井灯



培養槽、と無数の罵声を浴びる地で恩返しにとライブする人

守るべき文化はありや地底より仰ぎ見る神々の黄昏

パンのみで生きるにあらず でも歌で鍋打つ音で何ができるの

透明なご遺体袋の映像に指で触れてる満員電車

歌え、踊れ、そう笑い合う日のために  "Teo toriatte" 静かな宵を


エッセイ:Let Us Cling Together
五分の魂とでも言おうか、売れないバンドマンでも「一度決めたライブは身内が死のうともやれ」と強く教えられてきた。だから間近に迫ったライブを中止するのは地に頭を擦りつける心地だった。楽しみにしてくれたお客様、信用、お店にかかる迷惑。キャンセル料で済むものではない。しかも店長は「払わなくていいよ」と言う。この恩は必ず返すと心に誓った。

そんな3月の出来事が既に遠く感じられる。ライブハウスは殆どが休業となった。閉店も出るだろう。無口ながら手際よく機材を用意するPAさん、店長が少しずつ買い足した照明。今どうなっているだろう。音響や空間、熟練のスタッフが揃ってこそ別世界を描ける。大切な交流や切磋琢磨の場でもあった。けれど「人々」の生存のための優先度を訊かれたら?

これから様々な分野が互いに存在意義を問う、殺し合いのような日々が始まるのかもしれない。職業や文化に貴賤がないと言えたのは余裕があったからだ。私は大切なものを守れるだろうか。誰かの大切なものを踏みにじらずいられるだろうか。

蒼井灯(あおいあかり)@heavenlyblueb
短歌結社に1年所属させていただくもドロップアウト。いつか復帰したい。会社員、バンドマン、嶌田井書店スタッフ。歩く器用貧乏。

ちらかる   麦野結香



ああそうか 俯いている帰り道ギプスシーネに降り積もる春

待ちなさいこんな別れは認めないモニター越しに辛夷は舞って

後手後手に回り続ける発言は誰のためかとプルタブを引く

一人きりリハビリをする 君がいる施錠扉の先を思えば

継続は微力になるか問い掛けるパナケイアにはなれぬ両手に


エッセイ:無題
2020年は、年明けから個人的に感情がとっ散らかる出来事が続いた。
そこへ今回の感染症に関連するあれこれ。尊敬する歌い手さんの言葉を借りるなら「人生谷あり崖あり」である。

時事詠と言うのをためらう5首ではあるが、有形・無形の境界を持ち込んだつもりではある(正直、ツッコミと共に玄界灘へ行きたい気持ちもある)。
今回の企画に際しお声掛け下さった嶌田井書店さま。
その英断に、心からの敬意と感謝を。

長期戦になると思う。それでも、現状で自分にできることを積み重ねたい。事態の少しでも早い終息を願いつつ。

麦野結香(むぎのゆか)@yuka_mjkut
九州在住。所属結社なし。療養系病棟勤務(業務中負傷のため一時休職、5月より復帰)。

狼煙のにおいがずっと消えない   河嶌レイ



Wuhanは武漢と発音するらしいニュース動画を母国語で観る

次々に設営されるしろたえのタープ眩しい野戦病院

戦場で楯も鎧も許されずナイチンゲールの羽は震えて

アマビエに託してしまう春雨の大和国のサイエンス死す

友からの狼煙を見ないふりをして海の真綿に絞められている


エッセイ:無題
ずっと消えない違和感を感じている。9年ぶりに帰国してからはそれが凄まじい。

いま世界が揺れている。地震ではない。それは目に見えない。各地でのアウトブレイクからパンデミックと恐ろしい速さで広まり、いまでは世界中の大都市または国単位で封鎖が行われている。新型コロナ感染症(COVID-19)だ。

恐ろしいのは、感染症そのものもそうだが、満員電車での長時間通勤や医療・介護の限界、リモートワーク化の遅れや保育園問題、キャッシュレス化の遅れ、大手メディアの劣化、人権問題、度重なる政府の隠蔽疑惑や後手の支援対策であったりと、いままで放置されていた問題が一気に表面化しているところだ。敵はCOVID-19という無機質な名前の感染症なのか、それとももうすでに私達の中で増殖していた馴染みの顔をした何かなのか。さあ、どちらだろう?

長い間くすぶっていたのに臭わないふり。見て見ぬふり。その違和感が、指数関数的に増大している毎日である。

河嶌レイ(かわしまれい)@ray_kwsm
文芸サークル「嶌田井書店」店主。ことばと写真のひと。昨年末マーライオンの国からTOKIOに引っ越してきました。「境界線」を嗜んでいます。最近の趣味はやさぐれ。

インビジブル   風野瑞人



知らぬ間にサンセベリアが朽ちはじめそうか何かが満ちているのか

人がいない声も途絶えた ただ風が強く吹いてる息絶え絶えの街

試されることなど嫌い嫌い嫌いと言うそばから散ってしまう花

つながりをはさみでつぎつぎ切っていく見えないことへの人の弱さ

インビジブルにインビジブルを 僕たちが囲まれてきた世界の防壁


エッセイ:見えないものに、見えない力で
情報化社会のおかげで、かつて見えなかったものが見える日常を僕たちは生きている。暮らしの先行き、相性の良し悪し、失敗の可能性、余命や病気の治癒率まで、今まで漠然と抱えていた「不安」は数字や画像などで捉えやすくなり、一定の心の準備ができるようになった。でも多くの不安をこの「可視化」などの技術で指数関数的に潰してきた僕たちは、今、同じ指数関数的に不安を増大させるウイルスという微生物に不意打ちされている。ミクロンより小さく見えない彼らは、人の身体だけでなく社会システムをも壊す脅威を持つ。人は今回も科学技術とシステムで対抗しようとしているけれど、もうひとつ、僕たちが持っている見えないもので抗う手段もあるんじゃないか。エール、思いやり、連帯、そんな普段なら気恥ずかしくて胸の中に秘めているもの。幸いこの見えないものは、響く「言葉」に変えるだけでもすぐに力を生み始める。英知以外でも、今、人は試されている。心象風景を詩歌に託すことを選んだ僕たちは、なおさらだと思う。

風野瑞人(かぜのみずと)@kmizuto 
元TCC会員コピーライター&クリエイティブディレクター。今は介護福祉士。かばん会員。カイエ同人。未来・黒瀬欄所属。

祈るように   篠田くらげ



自粛する誰かとできない誰かとがいてわたくしはまだ生きている

咀嚼することのできないことばかりあるね欠航知らせるメール

選べない人生だから人類は投票箱に祈るのだろう

スパゲティ売り切れている搬入ができない日にも元気でいてね

ほんとうに不要不急なものなんてないかもしれない、おやすみなさい


エッセイ:無題
グローバリズムとは人・物・金・情報が瞬時に地球規模でやりとりされることである。もはや陳腐なこの言い回しが、地球の裏側の感染症が数時間後に自分の町にやってくることをも意味していることにようやく気づいた。そしていま、多くの人が自分の町から出ることを制限されている。世界中の富が徒歩2分のスーパーに並んでいる。しかしマスクはない。このねじれた情景をきっとずいぶん先まで思い出すことだろう。
政治家としてどのような人物をもっているかが、その国に住む人間の命を左右している。21世紀の大きな流れを決定づけるような出来事が毎日足元をえぐっていく。しかしだからこそ、自分の言葉が必要なのではないかと思う。受け売りではない、自分の顎と歯でよく咀嚼された言葉を使い、冷笑を排して他者との対話を続けるための根気をもちたい。歴史は人間の悲嘆と後悔に満ちているが、「だがそれでも」と努力を続けた人が多くいたこともまた確かである。私も彼らの積み重ねたものに小さな石をひとつ積みたい。そのためにまず、美味しいご飯を食べなくては。

篠田くらげ(しのだくらげ)@samayoikurage
嶌田井書店メンバー。未来短歌会、アポロ短歌堂に所属。コーヒーとチョコレートと猫を愛し働くことを嫌う。好きな言葉は給料日、嫌いな言葉は残業。

沈黙   矢野和葉



満開の染井吉野やこの春も種を残さずに降らす花びら

Excelを打ち込む指が弾き出す現行法では掬えぬ人を

蓄積する疲労が声を奪うから、キャラメルに病める薔薇の刻印

マグカップのひび割れ埋める金継ぎをなぞる、何度も。わたし、生きたい。

緊急時連絡名簿に君の名を書き写し 朝の珈琲黒々冷える


エッセイ:無題
2月頭から引き継ぎをはじめ、半ば頃から在宅勤務をしている。はじめは過剰かとも思ったが、報道を見る限り新型コロナウイルスは私にとって致命的に思えた。

朝晩の吸入、夜の服薬、慢性呼吸器疾患があるためそんな生活を10年以上続けている。

感染拡大に伴い、淘汰という残酷な言葉をSNSなどで見かけるようになった。この場合、私は確実に淘汰される側の人間だ。

そんな私が政治に関わりながら、人の生死を左右する法案や現行法をまとめているのは、少し皮肉が過ぎるようにも思う。

4月頭には遺書とまではいかないものの、緊急時の連絡先をまとめ、大切な人に一言ずつコメントを添えた。

自分の命にはあまり執着しない性格だと思ってきた。けれどこの春、私には新しい恋人がいる。感染するなと泣くような可愛い人だが、彼もまた分野も職種も違う「前線(この言葉も嫌いだ)」と呼ばれるようになった職業に就いている。

「病める薔薇」は、ウィリアム・ブレイクの詩から。薔薇は沈黙の象徴でもある。沈黙は、時に言葉よりも雄弁であることを忘れずにいたい。

矢野和葉(やのかずは)@kazuha828
未来短歌会 陸から海へ欄

Time Line -事実と認知の境目   宮嶋いつく



永田町文化と庶民の温度差の前線上に激しい雷雨

人心の慰撫を怠る内政の次に来るのは一揆だろうな

(給付案でもなかったのに)和牛券を覆したと気勢が上がる

時系列さえもゆがんで記憶して人は信じたいことを信じる

情報の真偽を確かめるよりも騒ぐ怒号の流れが速い


エッセイ:なんでみんなそんなに叫ぶのだろう
私は何にいらついているんだろう。
政治リーダーへの不満や怒りは理解できる。もちろん行政当局は懸命に国民を救おうと働いている。一方で、政府から流れるのは後手後手の対応、自粛を呼びかけながら救済策はなし、国民への発信のたびに不評を買う首相。政府に怒りが向くのも尤も。
けど、私に言わせれば、「人が人を支配してこれに害を及ぼす」という原理の証拠がまた出てきたに過ぎない。何を今さら。
TLは右も左も姦しい。このご時世、不安やいらだちが募り、怒りが増幅し、攻撃的になるのは理解できる。だが、怒りは心身を消耗させる。危機を乗り切る助けにならないし、腹が減るぞ。
ふと考えた。なぜこうも政府に叫ぶのか。
黙示録の記述に、苦難の日に、あらゆる人が山に向かって「我々を隠してくれ」と叫んでいる。山は政治組織を象徴している。
そうか。政府に頼っているからこそ、叫び、怒るのか。
なら、私は天を仰ぐ。そして眠りにつく。病気も苦しみも悲しみも、死さえも過去のものになるという神の約束を思い見ながら。

宮嶋いつく(みやじまいつく)@miyazima_izq
松江市在住野良歌詠み。感情より出来事、主観より客観を重視するスタイルで斜め上からものを言うので嫌われている。

漂白   月丘ナイル



臨時休業解かれぬままの駅ビルは行き場失くした硝子の歩兵

消毒液の香り満ちたり路線図とわたしがきしりきしりと錆びる

漂白を重ねて白き矜持(プライド)が作るわたしのいつもの笑顔

毛羽立ちの目立つマスクに守られていると思わなければ立てない

どうしても今欲しいのに配達は翌日以降と言われる明日


エッセイ:雑感
医大生の頃、公衆衛生学が苦手だった。そこにいる人間のそこにある人生から目を逸らし、計算や統計でまとめ上げて「数」や「割合」にしてしまう。なんて味気のない「学問」だろうと思っていた。
しかし今、“ pandemic”という人生初の災厄の直中にいて、わたしは公衆衛生学が持つ意味を身をもって知った。天然痘、ペスト、マラリア、結核、AIDS。公衆衛生学は、多くの医学者が感染症と戦ってきた歴史そのものであり、世界を見るための目の一つなのだと解った。
まあ、そんなことを言ってもSNSに医療従事者の悲鳴が飛び交うこの状況で、お世辞にも見通しが明るいとは言えない。いったい今この国にはどれだけの新型コロナウイルス感染者がいるのだろう。医療資源を悪戯に消費しないために検査数を絞るというやり方が間違っていたとは思わないが、この先正しい感染者数の目星さえつけられないままでこの国はどこまでいくのだろうか。何にせよ、まずは潤沢なPPE。そして、精度の高い検査、安全に使用できる治療薬。やれやれ、長い戦いになりそうだ。

月丘ナイル(つきおかないる)@nyle_222
短歌を詠む内科医。竹柏会「心の花」所属。

桃色月   太田青磁



2月10日「プリズン・サークル」
罪を犯し捕らわれ選ばれたひとだけが「つみのいしき」を聴いてもらえる

3月5日「パラサイト」
おおあめは豊かなひとのかわあそびと貧しいひとのすみかをうばう

4月1日「新聞記者」
この国の闇を書こうとする記者を演じるひとはよその国のひと

4月8日 双葉町
月をみよ、闇夜をはしる窓の外に桃色月がただそこにある

4月9日「ポカリネオ合唱部」
自撮り棒を手にそれぞれの家でうたう 世界がまわる 空がかさなる


エッセイ:「自粛のお願い」へのお願い
先月、祖母を亡くした。感染症ではなく百歳の大往生であったが、面会もできず、臨終にも立ち会えなかった。四月七日に東京を含む七都府県に緊急事態宣言が発令された。その翌日、全線開通した常磐線に乗った。福島の今を見たいという衝動に抗えなかったが、行くべきだったかという葛藤はずっと心に残っている。
都会で生活する人に、帰省や帰郷を自粛してほしいという声がある。社会的にはその通りだと思う。だが、ひとりの人間として、離れた場所に暮らす親しい人があと何日生きられるかという状況であるとき、会いたいという気持ちをおさえきれるのだろうか。また、貧困や劣悪な労働環境で、自分が明日死ぬかもしれないと思ったときに、故郷に帰りたいと願うことは誰かに責められることなのか、という問いに答えを出せないでいる。
この危機を通して、人生はほんとうにあっけなく終わってしまうことがある、ということを再認識させられた。そして、人が自らの命を絶つのは漠然とした不安や絶望感からだ。毎日が最後の一日だと思い、後悔のないよう生きつづけるしかない。

太田青磁(おおたせいじ)@seijiota
1975年東京生まれ、2014年短歌人会入会、2017年短歌アンソロジー「真砂集」発行

COVID-19 ニュースタイムライン

2019年
12月31日 武漢市で「原因不明の」肺炎感染者の集団が確認されたとWHO(世界保健機関)に報告される。

2020年
1月
1月3日 中国政府が44名の「原因不明の肺炎患者」をWHOに報告。
1月16日 厚生労働省が神奈川県内の初の感染症例を発表。武漢市に滞在歴のある帰国者。
1月23日 武漢市の都市封鎖が始まる。
1月28日 日本政府が新型コロナウイルス感染症を「指定感染症」と閣議決定。

2月
2月3日 クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」が横浜港に到着。
2月11日 WHOが新型コロナウイルス感染症の正式名称を「COVID-19」と命名。/中国の衛生健康委員会が中国国内での死者数が11日時点で1017人に達したと発表。
2月27日 安倍首相が全国の小中高および特別支援学校に臨時休校を要請する考えを表明。期間は3月2日から春休みとし、実際の休校は学校や地方自治体の判断とした。
2月28日 日本国内でトイレットペーパーやティッシュなどの買い占めのニュースが流れる。
2月28日 北海道知事が「緊急事態宣言」を発表、週末の外出を控えるよう道民に求める。
2月28日 韓国政府が韓国国内の感染者数が累計2022人に達したと発表。
2月29日 大阪のライブハウスでの感染拡大が判明。大阪府より注意喚起。

3月
3月2日 全国の小中高および特別支援学校で臨時休校が始まる。
3月10日 イタリアが全土に移動制限。
3月11日 WHOがCOVID-19をパンデミック認定。3月11日現在で感染者は114の国・地域に広がり、死者は同日付で4291人。
3月14日 ニュージーランドが全ての入国者に14日間の自主隔離を求めると発表。
3月17日 フランス全土で外出制限開始。
3月21日 文芸サークル「嶌田井書店」が境界線ネプリの企画を発案。
3月22日 米ニューヨーク州で外出制限開始。22日時点でのニューヨーク州の感染者は1万5168人(前日比+4812人)
3月23日 イギリスで外出制限開始。
3月24日 2020年東京オリンピック延期の公式発表。
3月25日 格闘技イベント「K-1」主催団体が3月28日のイベントを無観客で実行することを発表。
3月26日 神奈川県・千葉県などの知事が週末の不要不急の外出・都内への移動を控えるよう県民に呼び掛け。
3月28日 WHOがアフリカ地域の感染者が2650人、死者が49人に達したことを発表。
3月29日 コメディアンの志村けんさんが、新型コロナウイルス感染症により死去。

4月
4月5日 英ジョンソン首相コロナウィルスに感染、検査のため入院
4月7日 日本政府が七都府県を対象に緊急事態宣言を発出。
4月7日 日本の総務省が2月の家計調査を発表。マスクを含む「保健用消耗品」が40%の伸び。
4月8日 武漢市の都市封鎖が解除される。
4月13日 フランスのマクロン大統領が5月11日まで外出禁止措置を延長すると発表。
4月14日 台湾当局が14日の新感染者が一人も確認されなかったと発表。
4月15日 ドイツが感染拡大抑制策を5月4日から緩和する方針を発表。
4月19日 ニューヨーク市人権委員会が新型コロナウイルス感染症に関連した差別の通報が248件寄せられたことを発表。そのうち4割がアジア人を対象としたものだった。

参考Webサイト一覧
https://note.com/shimadaishoten/n/nd2fb386ac3e5

あとがき                篠田くらげ

世界中がパニックになったような毎日である。新型コロナウイルス感染症が世界中に拡大し、リモートワークや自粛が叫ばれ、私の生活も少なからず影響を受けた。日々大きく変化する状況を前に、自分が1ヶ月前に何をしていたのかすらきちんと覚えておくことが難しい。世界はこれからよくなるのか、それとも悪くなるのか。自分の生活をこれからも支えていくことができるか。今の暮らしを守っていくことができるのか。その不安をかみしめる余裕さえ失ってしまいそうになる。

新型コロナウイルスは世界の現状を暗い光ではっきりと浮かび上がらせることになった。社会が危機に直面したとき、そこでどのような動きが生まれるのか。人々はどのように行動し、目の前の危機を乗り切ろうとするのか。政府がどのような対策をとるのか。誰が何を守ろうとするのか。何が切り捨てられるのか。

本企画「アーカイヴ」は今を記録しておくために生まれた。あらゆるメディアが膨大な記録を生み出し記録しているが、そこには欠けているものがある。それは他ならぬ「わたし」である。メディアは、メディアが記録すべきだと判断したものしか記録しない。だからマスメディアや統計に載らない「わたし」の記録を残すことには他のメディアでは代替できない価値があるはずだ。なぜなら、人は自分自身の記憶とともに生きるものであり、その記憶を支えるのは今この瞬間に記録される自分の言葉だからだ。

参加者の方には多忙で困難な時期にも関わらず、執筆を快諾して戴いたことを感謝する。作品の感想は読者の方に委ねるが、いずれの作品も、自身の目で今を見つめ真摯に考えることから生まれたものである。参加者の方にも、読者のあなたにも、意義のある企画になっていることを願わずにはいられない。

なお、文芸サークル「嶌田井書店」は本企画をもってしばらく活動を休止することになった。その意味でこれは私達の活動の最後の(に、なるかもしれない)記録でもある。河嶌レイの短編小説を世に送り出すことを目的に作られたサークルが、メンバーの予想を超えてたくさんの作品を生み出すことができたのを幸せに感じている。当サークルを支えてくださった多くの方々にお礼を申し上げたい。そしていつか新しい形で再会できるよう、力を蓄えておきたい。また、お会いしましょう。


アーカイヴ 
2020年4月 発行
2020年7月 参加者様のプロフィール変更を反映
      添付PDFをネットプリント案内に差し替え         
発案:河嶌レイ  発行:嶌田井書店
校正:篠田くらげ  レイアウト:蒼井灯

このたびの新型コロナウイルスについて被害に遭われた方々、また生活に影響を受けられている方々へ、お見舞い申し上げます。

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