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017.読書日記/スペインのミステリ「テラ・アルタの憎悪」

「週刊文春」に隔週掲載されている、池上冬樹さんの「ミステリーレビュー」を毎回楽しみにしていて、面白そうなのがあると読んでみる。ミステリーはどちらかといえば、翻訳モノが好き。日本が舞台だと、フィクションとしても、土台になっている社会や常識などの、どこまでが本当でどこからが架空なのかがわかってしまうので、「んなわけないやん!」とかツッコミを入れてしまいがちなので。
そういえば、私はボケたところが多く、長い間、池上冬樹さんをずっと池澤夏樹さんと勘違いしていた。池澤さんの文芸評論が好きでよく読んでいたので、ミステリーの趣味も合うなんてうれしいな、と思っていたのが、お名前をよく見ると、全然別人なのであった。

で、少し前に紹介されていた「テラ・アルタの憎悪」を読んだ。ハヤカワ・ポケット・ミステリ、通称ポケミスである。最近のポケミスは装丁がカッコいいけれど、昔はよくわからない抽象画で、学生の頃は「なんだかな…」と思っていたが、いざ変わってしまうとアノ抽象画が懐かしい。本の開く部分が黄色く染められていて、それも個性的で、私の中では他のミステリ本より「読んでいるとちょっとシブくて格好いい」という位置付け。

作者はハビエル・セルカスさん。スペインの人で、物語の舞台もスペイン。主人公メルチョールの母はバルセロナの娼婦。惨殺され、その犯人を捕まえるために刑事になり、いろいろあってカタルーニャの片田舎、テラ・アルタに赴任してきた経緯と、赴任してきて起こった地元有力者の老夫婦拷問殺人事件捜査と並行して語られる。

有名な本のタイトルがまあまあ出てくる。刑事になるきっかけは獄中で読んだ「レ・ミゼラブル」。そしてテラ・アルタで知り合った図書館司書と恋に落ちる。メルチョールのリクエストに応えて色々な本を差し出すオルガ。カミュの「異邦人」を読み、「ドクトル・ジバゴ」を読み、「山猫」を読み、「ブリキの太鼓」を読み、親密になっていく。そして二人で「レ・ミゼラブル」を音読したり、感想を言い合ったり。オルガは歳の差(15歳年上)に躊躇するも、メルチョールが押し切る。この辺りは、文系女子の夢のようなお話でしたな。

老夫婦を拷問して殺害する、という、派手なのか地味なのかよくわからない始まりに、貧しい娼婦を母にもつ不良少年、と、物語はどんどんダークになっていくけど、テラ・アルタで家庭を持つストーリーはロマンティック。事件が解決する過程などはミステリとしては物足りないが、様々な出来事による主人公の考え方の変化や成長が描かれ、本としては面白かった。スペインの内戦についての知識があれば、後半もっと深く感じるものがあったのかな、とも思う。
解説によると、この本は、英国推理作家協会賞の最優秀翻訳小説賞を受賞し、M.W.クレイヴンが大きな賛辞を送ったそうだ。ちょうどクレイヴンの「グレイラットの殺人」を読んでいるところなので、ハッ!とした。好きなものが繋がっているとちょっとうれしい。この後、メルチョールシリーズで2冊出ており、三部作なのだそうだ。

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