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[百合小説]ふたりでおつまみ「氷と甲子アップル」#4



○あらすじ○
年の差カップル♡ミヤ×サクほっこり晩酌小説。全国のおいしいお酒をご紹介♪

今回はBLカップルのマンさん×ヒョウちゃんが初登場!



坂道 さかみちさくらは、パートナーの梅原 うめはら美矢みや こと『みやちゃん』と二人暮らし。10歳年上のみやちゃんはお酒に詳しい。ふたりは美味しいおつまみと晩酌をするのが日課。この至福の時間があるから、一日がんばって働けるのである。


・・・・・


 ふたりでおつまみ

 4.氷と甲子林檎

 愛しのみやちゃんはまだかしら。
 今か今かとパートナーの梅原うめはら美矢みやを待つ、わたくし坂道さかみちさくら。
 そして目の前には、ブスッとした男が座っている。
「聞いてる? さくら」
「聞いてるよー」
 ツンケンすると余計に顔が整って見える。隣の席の女子がヒョウちゃんにチラチラ視線を送っている。
 今宵は創作アジア居酒屋というところで飲んでいます。ここは結構お気に入り。日本酒のセレクトが乙なのだ。
「私たちってさ、やっぱカップルには見えないんだね」
「え?」
 カップルに見えていたら、隣の女子はヒョウちゃんを見るのをやめるだろうに。
「もう! ほんとに聞いてないじゃんか」
「聞いてますよ」
 そりゃ、こんな爽やか清楚系美人男子の前で頬杖ついてビール飲む女はいないか。

 ヒョウちゃんはわたしの大学の時の後輩。氷山こおりやまさとるをヒョウザンとわたしが呼んだことからこのあだ名がついた。こんな可愛いニックネームをつけてもらえたんだから感謝してほしいくらいなのに、この男ときたらまあプリプリプリプリと。
 あー、早くみやちゃん来てぇ。
「ヒョウちゃんはさ、まんさんのそういうところが好きなんじゃないの?」
「それは、そうなんだけどさ」
 万さんこと、万代まんだい辰義たつよしはヒョウちゃんの彼氏。ヒョウちゃんと万さんはしょっちゅう喧嘩する。わたしとみやちゃんは全然喧嘩をしないから不思議だ。しかも、はたから見ていると喧嘩の内容はしょうもないこと極まりない。というか、いつもヒョウちゃんが一方的に怒っている。
「辰義さんはさ、優しすぎるんだよ」
 はい、でました。このセリフ。
「そうだね」
 ここからは、そうだね、うん、たしかに、の三本でお送りいたします。
「自分の会社の社員に優しくするのは当たり前だよ。わかってるよ」
「うん」
「だけどさ、その社員の友達の相談にまで乗ってあげることないでしょうよ? しかも朝方までさ」
「たしかに」
 朝まで人の相談に乗るなんて辛いなー。すごいな万さん。体力あるぅ。
「辰義さんの社員は途中で帰ったんだよ。ってことは二人っきりじゃん。おかしいでしょ」
「そうだね」
「朝帰りだよ、朝帰り!」
「うん」
「何にもないのはわかってるけど、そうとは言い切れないじゃんか!」
「そうかな。万さんは何もなさそうだけどな。てか、その相談相手ゲイじゃないでしょ?」
「僕だってゲイじゃなかったよ!」
 あら、こりゃまいった。
「いや、ヒョウちゃんは素質あったよ」
「なにそれ」
「話しかけられた時から、ほら、大学の時。あ、これはお仲間かしらと思ったもん」
「え、うそだ。その時はまだ……」
「ヒョウちゃん柔らかいし」
「どこが、どこでそう見えたの?」
「いや、そんなの何となくだよ」
「お待たせ」
 みやちゃぁぁん!
「みやちゃん! 待ってたよ! ほら、早く座って、ビール?」
「ヒョウちゃん、こんばんは」
「美矢さん、すみません。呼び立てちゃって」
「いやいや、私も飲みたい気分だったし」
 わたしは人の相談に乗るのがこの世の中で一番苦手。ヒョウちゃんもそれをわかっていて、わたしに連絡してくる。お目当てはみやちゃんなのだ。みやちゃんに連絡し辛いからわたしに連絡する。そして、わたしがみやちゃんに一緒に来てと言うことを、ヒョウちゃんはわかっている。なんてずる賢い。
 わたしには愚痴を言って、みやちゃんにはアドバイスを求める。
「美矢さん、お疲れさまです」
「「かんぱいっ」」
「ひゃー仕事終わりの生ビールうまっ」
「みやちゃんお疲れ」
「さく今日締切だったんじゃなかった?」
「うん、全然余裕で入稿」
「相変わらず仕事は早いんだね、さくら」
「仕事はって何さ」
「美矢さんからも言ってくださいよ。さくらに、うちの会社に来てってずっとアプローチしてるのに」
 ヒョウちゃんは建築士。一応わたしも二級建築士の資格を持っている。
「やだよー。また何かご依頼ならお受けいたしますよ。氷山さま」
「さくは、私の言うことなんて聞かないよ」
「えー、みやちゃんの言うことよく聞いてるよ、わたし」
「そうじゃなくて」
「えー?」
「仕事に関してはまったく。さくは誰のアドバイスも聞かないよ、頑固だから」
「そんなことないけどなぉ」
「それでも僕はしつこいからね、さくら」
「たしかに」
 ヒョウちゃんがわたしを睨みつける。うん、カッコ良い顔。
「ま、今日はヒョウちゃんの話を聞きに来たわけだからさ。話は少しさくから聞いてるよ」
「あ、聞いてます? 辰義さん優しすぎじゃないですか?」
「ヒョウちゃんは万ちゃんに何て言ったの?」
 万さんはみやちゃんの四つ下で、二人は友達だ。わたしよりも万さんの方がみやちゃんとの付き合いは少しだけ長い。二人はよく一緒に飲みに行く。万さんをヒョウちゃんに紹介したのもみやちゃんだ。
「朝に帰ってくるってどういうこと? って」
「まあそりゃそうだよね。朝帰りは良くない」
「でも、その子をほっといたら危なそうだったからって」
「でも、家まで送るとかしてないんでしょ?」
「まあ、お店で、酔いが少し冷めるまで見ててあげたと」
「万ちゃんらしいじゃんか。家まで送ったり、どこか別のところで休憩したりしたら、ヒョウちゃんが本当に怒ることよくわかってるよ」
「そうですけど」
「万ちゃんはさ、昔からそうなのよ。断りきれないんだよね。だから部下がしっかりしてるでしょ?」
 万さんは社長さんなのだ。
「はい。そう思います」
「万ちゃんからよく聞くけどさ、秘書さんなんか超怖そうだよ」
「はあ」
「まあ、万ちゃんがもっとちゃんとしなきゃいけないってのはあるけど、でもそんな万ちゃんだから部下たちは支えたいと思ってくれてる気がするんだよね」
「そう……ですね」
「でもヒョウちゃんもやだよね」
「うん。僕だって夜くらい辰義さんとご飯食べたいし」
「そうやって言った?」
「いえ……」
「ヒョウちゃんもご飯作ったら? いつも万ちゃんが作ってるって言ってなかった?」
「はい。でも僕、料理は壊滅的で」
「お味噌汁からさ、やってみなよ。ね、さく。教えてあげなよ」
「あーうん。わたし平日暇だしいいよ」
「僕が忙しいよ」
「あはは、そうですか」
「でも……今度夕方とかに来て。仕事早く上がる日作るから」
「いいよー」
「ヒョウちゃん、今度また万ちゃんとうち来なよ」
「はい。ありがとう」
「仲直りしといてね」
「……でも美矢さん。僕……」
「万ちゃんに、私から言っとくからさ。万ちゃんもさ、きっとヒョウちゃんに怒られて拗ねてるだけだよ」
「うん……」
「日付が変わる前に帰ってくるようにちゃんと言っておく。それがパートナーへの礼儀だってね」
「重ね重ねありがとう」
「さ、日本酒いっちゃいますか」

 みやちゃんが店内の大きな冷蔵庫へ日本酒を見に行った。
「美矢さんて、お酒のセンスいいよね」
「そうなのよ。鼻が効くんだと思う」
「なんでもできるよね、あの人」
「うん」
「僕は日本酒苦手だったけど。美矢さんのセレクトするやつは飲めるもんなぁ」
「ヒョウちゃんが飲めそうなやつ選んでるもんね」
「いつもフルーティなの選んでくれる。それってすごいよ」
「だよねー。……なにさ、そんなにじっと見ないでよ」
「美矢さんはモテるだろうな」
「うん」
「なーんでこんなトンチンカンと付き合ってんだか」
「わたしのこと、トンチンカンって思ってたのかよ」
「まあね」
「日頃の行いが良いとしか言えないね。神様からのプレゼントだよ、みやちゃんは」
 みやちゃんがこの日選んでくれたのは、飯沼本家の『甲子きのえね林檎 アップル』だ。リンゴ酸を多く生成する酵母でつくられているらしく、文字通り、りんごのような華やかな香り。甘みと酸味がちょうど良くて、爽やかな微発泡で飲みやすかった。
 リンゴ酸は白ワインにも多く含まれているらしく、ワイン好きのヒョウちゃんも美味しそうに飲んでた。
 創作アジア居酒屋だから、生春巻きとか、チリソース炒めを頼んだけど、異国料理にもマッチする純米吟醸でした。

 ヒョウちゃんは顔を少し赤くして、ちゃんと万さんが待っている家に帰っていった。私たちも、風に吹かれながら最寄駅から歩く。ほんの束の間、暑さを忘れられる。
「またあの二人喧嘩するよね」
「まーね。恒例行事みたいになってるよね」
「いっつも万さんが人に振り回されて、それをヒョウちゃんが怒るってパターン化しちゃってる」
「万ちゃんはさ、優しいから、ヒョウちゃんがご飯作ってくれてるってなったら絶対に食べたいと思って帰ると思うんだよね」
「なるほど、問題となっている優しさを逆手に取るのか」
「今日中になんとか、明日の朝にはなんとかって。多少帰る時間が早まるかと思ってさ」
「さすがみらさん。名探偵ですな」
「それにヒョウちゃんはさ、さくと話したいんだよ。今日だって、もう万ちゃんには怒ってなかったと思うよ」
「ヒョウちゃんはみやちゃんに相談したいんだよ」
「彼は素直じゃないから。さくのこと好きだよ。なにか話題がないと誘えないんだよ。今度二人で飲んできなよ。私を誘わずに」
「ああ、うん。普通に誘ってくれたらいいのにヒョウちゃんも」
「さくから誘いなよ。年上なんだから」
「ひとつだけじゃーん」
「いいから、さくから誘いなさい」
「わかったぁ」
 人の気持ちって読めないなぁ。なんで、みやちゃんはよくわかるんだろう。
「みやちゃんはさ、もどかしいことある?」
「もどかしい?」
「うん、なんでわかってくれないんだろうとか」
「まああるよ。でもちゃんと言うよ」
「わたしにもさ、ある?」
「さくはさ、そりゃ特別だよ」
「特別?」
「わかってもらわなくても良いんだよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
「さくは私のことわかってるの?」
「うーん。なんとなく? だいたい? いや、まあまあ? オールモスト?」
「あはは。完全に分からなくていいってこと。分かろうとしなくていいんだよ。社会だと分かかったふりしなきゃいけないけど、家では別にいいでしょ」
「あー。そういうもん?」
「だいたいさ、さくはいつも別にわかろうとしてないじゃん。誰のことも」
「あらそれは、失礼な」
「違う違う。いいんだよ、それで。邪推して人のこと見てないでしょってこと」
「じゃすい」
「そうそう」
 みやちゃんの横顔が美しい。林檎みたいな月。その明かりに照らされるほろ酔いの表情。わたしの大好きなつり目が、少しゆるんで下がっている。
「ちゅーしてやろうか」
 みやちゃんを抱きしめる。
「きゃー。やめろやめろ」
「誰もいないからいいじゃん」
「この監視社会で何を言うか!」
 笑いながら避けるみやちゃんのほっぺに無理矢理キッスした。



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